1.
魔都上海
中国大陸の混沌を表すのに、この街ほど相応しいところはない。
その租界の一角に、古びた道具点がある。見かけ上はなんの変哲もない、色々なものが雑多に置かれたいかにもな店舗の正面とその中身だ。
しかし、目の前の光景は予想外だった。目の前の床に広がる紅、鉄さびた臭いと生臭さ・・・これは血か?そして、もはや原型を留めていない何かの塊
むせかえるほど充満した血の匂い。久方ぶりの上海上陸で、馴染みの店に入った時に嗅ぐとは思わなかった匂い
『美鈴!』
店の女マスターの名前を叫ぶが、答えが無い。あるのは広がった鮮血と肉の塊だけ。この量は明らかに致死量を超えている
彼女との出会いは偶然だった。上海での上陸の際、通り掛かったところで彼女が店から出てきたのだ。手には大きなアンモナイトを持って
・・・中国大陸は二次大戦以来、国家とは名ばかりの軍閥により分裂したままであり、せいぜいが省でまとまりがあるかどうかの国家組織でしかない。そんな中で、著名な化石産地は軍の護衛、あるいはほぼ脅迫に近い軍閥への護衛依頼を行って発掘をしているのが現状だが、今まで発掘された代物や、小規模の産地からの出土物は手付かずのままだった
だから、偶然にも両親が外国製品の導入・斡旋を行っていた彼にとって、彼女の扱っていた学界からフリーな中国産の化石は、良い小遣い稼ぎになると共に、知的好奇心を満たすことも出来る出会いだった。
そして、上海に上陸するときは足繁く通うようになった客と女店主は、恋愛感情より先に、必要性から肉体関係を結んだ。帝國海軍の士官と付き合っている女の店に因縁をつけるような輩はそうは居なかったからだ。
『官警を呼ばないと』
電話のダイヤルを回す。繋がった
『大至急、ええ、救急車は要りません』
電話を切ると、脱力感に襲われた。彼女とは、そう、悪くない仲だった。抑えていた涙が落ちる。
『・・・?』
血に混じって、なにか不可解な匂いがする。なんだ?その臭いで、上陸前に美鈴から届いた手紙のことを思い出す
親愛なる晴明さんへ、
ご無沙汰しています。
以前の上陸の際は、とても楽しく過ごさせていただきました。次に上海で上陸される際には、ぜひ私のお店に立ち寄っていただけませんでしょうか?近々、珍しい出土物が手に入る予定なので、それを是非見てもらいたいのです。
『化石はどこだ?』
そう、今までどこか腑に落ちなかった点。おそらくは届いて居たはずの代物が、無い。いらしてくださいという事は、俺がここに来る前には到着しているはず
『おかしい』
店にあるもっと高級な品物にはまったく手を付けていない。そんなバカな
そのあと急行してきた官警に連行されて取り調べを受ける。だが、地域の抗争に巻き込まれたのだろう程度で解放されてしまう(当人の疑惑は、上陸からの時間では死体の処理等が無理だとあっさり釈放された)自分が取り扱っといてなんだが、上海での化石の流通先はそう多くない。貴重なものならなおさらだ。釈放からすぐに片っ端からそれを訪れて、何か物の移動が無かったか調べる。せっかくの上陸に何をしているのか・・・クタクタになって宿を取る。くそっなんて一日だ
『ふうっ』
ベッドに倒れ込むと同時に、脇の机にあった何かが落ちる。手紙?
JFK
手紙にはこれだけ書かれていた。
『JFK?JFKといやぁ・・・』
ホテルの窓に近付く。窓の外の港にはその巨体、上陸前の合同訓練で一緒に訓練した米空母が横たわって
ビシィッ
『なっ!?』
見に行った窓に、銃口が開く。これは・・・警告という事か。上等じゃないか
いいだろう、徹底的に付き合ってやるよ。
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短く3話くらいで終わると思われます