攻勢作戦一八九八七六五号 その三
データが消えかけ、何とか復旧しました。
おかげでえらく時間がかかってしまい、申し訳ありません。おまけに短いです。
愛機が格納庫に牽引されるのを眺めながら、俺は真横で煙草をふかしている男に声をかけた。
「最近、攻勢作戦が増えていないか?」
「増えているなぁ」
晦日 虚桐は眼鏡をあげ、俺のほうを向いた。
相変わらず、微妙に焦点が合っていない目をしている。
彼は俺の僚機で、今時眼鏡を昔の使用目的で使っている珍しい奴だ。
生体改良技術が進化した現代では、視力を落とさないようにすること、あるいは落ちた視力を回復させるのは、それこそコンビニで栄養ドリンクを買いに行くような気軽さでできるようになった。必要コストも、小学生でも払える額まで落ち込んでいる。
今時、軍人だろうが誰だろうが、人体改良に手を出さない人間のほうが珍しい。
まぁ、俺も穹も出していないのだが。
要はこの御時世、眼鏡は唯のアクセサリィ以外の何物でもなく、本当に目が悪くて眼鏡をかける人は滅多にいない。
晦日は、そんなマイノリティの一員だった。
「お前、他の戦線が如何なっているか知っているか?」
「さぁ……少なくとも、大敗北したって話は聞かないなぁ。だったら、こっちの戦線からも数人引き抜かれているはずだ。
だが、それがどうだ……」
煙草をふかしつつ、晦日は前方を顎でしゃくった。
俺もそっちに目を向けると、其処には数人のコメットバード・ドライバーが屯していた。スーツには、此処の航空団所属であることを示す真新しいバッジが付いている。
それだけで、新入りだと分かった。
今回の攻勢作戦と前回の哨戒任務で死傷したドライバーは五人。それと全く同じ数の新入り。
つまり、きっちり過ぎる補充要員だ。
今回の攻勢作戦が終了して損害報告が提出されてから、まだ半刻も経っていない。恐らく後方の空中輸送艦で予め待機していて、報告が上がるたびに順次此方に回されてきたのだろう。
まさに怒涛のペースだ。
通常、ドライバーが死傷して数が減った場合は、半壊状態でもなければ定期的に一度に数十人規模で補充される。他の戦線から引き抜くとかすればある程度の時間がかかるし、顔見知り同士をまとめて送り込んでもらった方が前線としても編制を組むとかの手間が省けるからだ。
「君たち」
俺が話しかけると、屯していたドライバーは俺の胸の指揮官バッチと一等空尉の肩章を見て即座に敬礼を返した。此方も返す。
「此処には来たばかりか?」
質問すると、全員異口同音にイエスと答えた。
「全員、同じ戦線からか?」
「いえ、二日前に空中輸送艦『竜灯』にて会ったばかりです」
代表者らしき女性ドライバーが答えた。
「あ、申し遅れました。梅雨水 淑兎と申します」
二等空尉のマークを付けた梅雨水は、そう言って敬礼した。残りの全員も自己紹介をする。当然、俺と晦日も返した。
藍色の髪をボブカットにしたツリ目の女性士官は、ジッと俺を凝視した。
「……冬飼一等空尉?…………失礼しました」
スウッとそのまま一歩引いた。幽霊が浮いているようだ。彼女は幽霊かもしれない、と馬鹿げた考えが頭に浮かぶ。
「梅雨水二尉、今まで何処に?」
「オカリナです」
オカリナ。
『王政同盟』は、何故か各戦線を意味する呼出符丁に楽器の名前をあてている。オカリナは『統一共和』と相対する戦線で、言い方は悪いが激戦区でも要警戒区でもない、もっぱら練成部隊が派遣されている戦線だ。
もっとも、それは“今は”という前置きが付く。昨日まで閑散としていた前線に、突如大規模兵力が送り込まれるなんてそれほど珍しくもない。
ちなみに、今俺たちがいる戦線のコールサインはファゴット。
「オカリナは、どういう具合だ」
「私が此処に転属する前までは、いたって平穏でした」
「ほう」
詳しく聞こうとすると、艦内アナウンスが流れた。
「おい、もう出番か」
「さぁ」
出撃用意を報せるBGMが鳴り響く中、梅雨水 淑兎はじっと俺を見つめていた。
「……何か?」
「……いえ、御無礼を」
口頭では謝ったが、その視線は俺に向けられたままだ。
……やばいな、穹が怒るぞ。
その後、俺は飛行長に呼び出された。
皇國海軍の水上航空母艦部隊の攻撃隊が残敵掃討を開始したらしく、其れを支援せよ、という命令だった。
どうやら、今のところはこっちが勝っているみたいだ。
「その友軍の空母航空隊は?」
「更級級航空母艦四隻で、統合戦力は二〇〇機程だ」
二〇〇機、相当な戦力だ。
俺は敬礼すると、部下に伝えて速足で歩きだした。
「更級か……確か、五万トン程の航空母艦だったっけな」
「さぁ、海軍のことに詳しくないし」
晦日の呟きに返事をして、俺は再び愛機に乗り込んだ。