攻勢作戦一八九八七六五号 その二
年に数回、このような大攻勢作戦は行われる。
ブリーフィングを終えた後は、コメットバード・ドライバー達が任務に向けて準備を行う。
といっても、飛行服を着て、機体に乗り込み、機脳との接続状況をチェックし、ジェミニ・システムの調子を確認するだけだ。
『金鵄』には主に二種類のブレインが搭載されている。
まず、ドライバーの意識や思考を一時期保存(イメージとしては、機械に“憑依”する感じ)、機体の制御を総括する憑依機脳。
そしてもう一つが、自身の脳を丸々コピーした機脳である第二機脳。
このうち、目玉なのがジェミニ・ブレインで、俺のブレインはカナリアと名付けている。初期設定では俺そのものだが、そのうち“個性”が芽生えてくる。ジェミニ・ブレインは機体そのものを総括し、まさに機体とドライバーが一緒の思考を持つことで、機体と人間の連携を密にする、というものだ。
近年、皇國空軍の御偉いさんが、より“個性”を育む教育に重点を置いているのもそのためだ。
つまり、パイロットが優しければ優しい性格のブレインが生まれるし、その反対のことも起こり得る。
此れを開発したのは――――そう、確か朝羽とかいう皇國の研究者だ。
「兵器開発の進化が頂点を迎えた今、次に進化すべきは人間と兵器の“絆”――――連携である」
という持論を掲げる、皇國でも変人として有名だった人だったらしい。
その彼が掲げたシステムが、今では皇國どころか『王政同盟』にまで広がった――というわけだ。
『自由連合』でも、此れと似たようなシステムが開発されている――という話もあるが、俺は詳しく知らない。
軍人という人種は、大抵が死にたがりか、現実逃避したがる連中ばかりだが、ボンバーバード・ドライバーというのは少し違う。
『天照』47SB型とかに乗り込んでいる連中は、人を大勢殺しまくっているくせに、危険地帯に堂々と侵入しているくせに、生きて帰ってきたことを心の底から悔しがるか、不幸だと嘆く。
何トンもの爆弾を載せている大型戦略爆撃機や、対地レーザー砲を腹に搭載している対地制圧機は、敵からすれば確実に撃破しなくてはならない存在だ。
だから、ドライバー連中は、出撃日を命日と勝手に思っている。
死んで当然。それが彼らの考え方だ。
俺達のような戦闘攻撃機に乗るドライバーは、いつかは死ねるとは考えているものの、100パーセントこの出撃で死ぬとは考えていない。
死ぬ直前に、「あ、今か」と思うだけだ。
『天照』という翼竜のような姿をした四発の戦略爆撃機の大編隊の護衛は、つまりは爆撃機乗りの期待を裏切るということで、あまり気乗りする仕事ではない。
幸か不幸か、貴重な爆撃機を護衛抜きで出撃させるほど、此の戦域の同盟軍は逼迫していない。
『天照』だけではなく、王政同盟各国ののボンバーバードやタンクバードも一通り揃っている。
今回のプロジェクトに基づき、俺たちは必死に進撃しているというわけだ。
つまり、此れは攻勢作戦だ。
途中、何度も合流と再編を繰り返し、今ではこの方面の空軍戦力が集合しているのかと思うくらいの大部隊となっている。
皇國海軍の航空母艦から発進したのか、海軍機も混じっており、上を見上げると『斑鳩』が三隻ほどがゆっくりと移動していた。
敵の防空シールドを撃破しつつ、大編隊は徐々に目標へと向かっていく。
おっと、敵機の編隊が接近中。連邦の主力コメットバードの『シャープスワロー』だった。
まるで大剣かと思うような、先端で敵機を切り裂けそうな(実際に粒子ブレードが搭載されているんだが)フォルムの三発機だ。
「よし、行くか。死なないようにな」
――――――いや、俺は死なないよ、バックアップがあるからね。君が死んでも、自律機として生きてゆくからな……。
カナリアが突っ込むが、取り敢えず無視する。こいつはなぜか、俺と違ってやたらとお喋りだ。
が、言っていることは間違っていない。
そのためのシステムだ。自律機戦闘軍団の育成のためでもある、ジェミニ・システム。
まるで、死んでいった先輩方の亡霊のような軍団だ。
ふと下をみると、あっちはあっちで大規模な陸戦を繰り広げていた。地平線の彼方からは、煙のようにどんどん戦車やら自走砲やら戦闘機械やら陸上戦艦やらが近付いてくる。いや、こっちが近付いているのか。
爆撃隊や掃射隊がアクションを起こした。
どうやらこの戦線の向こう側の航空戦力は、全て連邦の自由解放空軍らしい。敵機はほぼ全てが『シャープスワロー』だった。
『黄金の剣と星』のエンブレムをつけた三発単座機の編隊は、『双翼の天日』や『銀の鉤十字』などのエンブレムをつけた航空機群に臆することなく突っ込んできた。エース部隊なのか、あるいは自殺志願者の集団なのか、いずれにせよ、助からないだろう。
『銀の鉤十字』が描かれた『ウンディーネ』の編隊が逆落としに突っ込んでいった。帝国国防空軍の連中だ。
「仕事熱心なことで」
思わずつぶやく。
――――お前が言うか。
カナリアが小声で言った。
五月蠅いなぁ、スコアとって何が悪い。
――――そんなことより、新たな敵機だ。……『シャープスワロー』に護衛された防空掃討機『ブルータートルⅤ』。
ふむ、厄介な相手だ。
ミサイルを撃て、そう思った瞬間、カナリアが勝手に反応してくれた。“鐸兎”という空対空誘導弾がきれいな白煙を残しながら飛んで行った。
『ブルータートル』シリーズは機体のあらゆるところに機関砲を搭載しているから、危なっかしくて近付けやしない。
さらに対空砲火が酷い。爆撃隊は、ちゃんと仕事をしているのだろうか。
とくに、あのセンスの悪い積木の塔のような陸上戦艦は、活火山かと思いたくなるような対空砲火を撃ちこんでくる。まさに怒涛の奮戦ぶりだ。奮戦、といっても向こう側にとって、という意味で、こちら側からしてみれば邪魔で仕方がない。
僚機から連絡が入る。思ったより陸上部隊の進撃速度が速いらしい。
そろそろ、武装や燃料が心許なくなってきた連中は補給に戻るころだ。戻るといっても、今回戻るのは空中補給ステーションか、最寄りの航空基地だ。『飛鳥Ⅷ』は、もっと離れたところで待機している。
浮遊要塞『斑鳩Ⅱ』がようやく対地制圧を開始したのを尻目に、僚機とともに最寄りの基地であるペンギン基地へと向かった。
補給し終わったころに、まだ戦闘が続いているかは微妙だが、どの道一旦補給する必要がある。
ペンギン基地の滑走路は四本。長い滑走路が、まるで記号のような形で並んでいる。真っ白な雪原のど真ん中にあるその基地は、大部分が地下にあるとはいえ目立つことこの上ない。
おまけに管制官からの指示が引切り無しに届いてくる。
別に混乱しているわけではない。
基地に着陸する、あるいは基地から離陸する航空機が多すぎるのだ。
おまけに帰還組の中には、被弾している機も少なくないはずだ。付け加えると、本来は他の基地に属している他国の航空機まで混じっているうえに、ボンバーバードなどの大型機も混じっている。
全く、よく衝突しないものだと感心してしまう。
人材と機材、その両方が優秀なのだろう。基地に居る方の人間は、ドライバーと違ってそれ程死にたがりではないのもあるだろうが。
敵が爆撃してしてこないのが唯一の救いというべきか、ペンギン基地は騒がしいことを除けば被害は皆無だった。
管制官の指示に従い、なんとか無事に着陸する。地面に激突して死ぬのは、ドライバーにとっては二番目に嫌な死に方だ。
ちなみに一番いやな死に方は、地上で死ぬことだ。これには病死とかも含まれる。
後は勝手に補給、そして簡易整備・点検が行われる。
俺は、整備員から飲み物を渡されると、それを一気に飲み干した。
一方、僚機のパイロットはシートに深くもたれて目をつむっている。
こいつ、寝てないか。
空中モニタに映し出された顔に向かって大声で怒鳴ると、見るからに機嫌が悪そうな視線を向けてきた。
本当に寝ていたらしい。
あいつのジェミニ・ブレインはマイペースな性格だから、きっと文句ひとつ言わずに勝手に自動操縦に切り替えたのだろう。
というか、普通は着陸時の衝撃で起きるだろうが。
この相棒は、時々任務中に爆睡するのが欠点だ。腕は確かだし、嫌いなタイプでもない。初任務時からの仲だった。
管制官から離陸許可が下りる。誘導員の指示に従い、機体を動かしていく。この機は垂直離着陸も可能なのだが、燃料の消費が激しいためにあまり多用されない。
轟音とともに、再び空へと帰ってゆく。
戻ると、かなりややこしいことになっていた。いや、空は完全にこちら側の支配下にあるのだが、陸がややこしい、という意味で、だ。
具体的には、膠着状態にある、といえる。
なんでも、向こう側が艦隊を投入してきたらしく、海軍機は大慌てで戻っていったらしい。
それから少し経った後、敵の新型タンクバードが攻めてきて、通り魔的な一方的攻撃を行い、こちらの陸上戦艦が停止してしまったのだ。
運悪く、一番先頭で。
つまり、動けない陸上戦艦が超巨大な障害物となって、あちらもこちらも困ってしまっている状態らしい。
こちらの陸上戦艦は『唐獅子』という、皇國陸軍のシロモノで、亀と獅子を合わせたような姿をしている。
問題なのは、これに連邦自由解放陸軍の陸上戦艦『サイクロプス』がちょうど寄りかかるように倒れてしまっていることだ。どちらも脚部をやられてしまい、動きようがない。
しかも、停止してしまった『唐獅子』や『サイクロプス』は一隻や二隻ではない。
陸上戦艦達は戦闘能力の方は健全らしく、シールドを展開しつつ、ミサイルやレーザー砲を乱射していて、完全に固定砲台と化している。
動ける『サイクロプス』が同盟軍を攻撃していたみたいだが、それらはとっくにボンバーバードの餌食となっていた。
そのため向こう側は一方的に攻撃を受けているのだが、残念なことにこちら側も巨大な障害物にせいで身動きとれない。
動けるのだが、動いた瞬間に敵から撃たれまくるのは明白だった。
そこで、いつの間にか自然停戦ともいうべき形になっていたらしい。
「どうなっている?」
「分からんが、陸サンが動くのをやめたぞ」
「何だ、何時作戦終了の無線が入った」
「さぁ、こっちも聞いていないが」
あちらこちらで無線が飛び交う。
司令部も判断に困っているのか一向に連絡が無く、俺達は半分冗談、半分本気で混乱していた。
と、向こう側が急に後退し始めた。
ようやく、全軍に作戦終了を告げる無線が入った。
管制官の指示に従い、俺達も帰還した。
少なからずの脱落機が出たらしいが、それもいつものことだった。