攻勢作戦一八九八七六五号 その一
その一とありますが、第二プロローグといった話。
作戦については次回くらいからです。
機体停止用のレーザーチェーンが発射され、着艦用の鉤に引っかかった。
垂直着陸も可能だが、緊急時にしか行われない。
そのまま機体がロボット・アームによって、エレベーターまで引っ張られる。
愛機の『金鵄』44F型より飛び降りた。
「お帰りなさい、一尉」
「おう」
整備士に挨拶され、俺は会釈した。
[冬飼 蒼璽一等空尉以下全コメットバード・ドライバー、帰投確認!]
飛行長に軽く説明した俺は、アナウンスを聞きながら、自室に戻ろうとして――
[冬飼 蒼璽一等空尉、至急、副司令室までお越しください。繰り返します――]
足をとめた。
そして、俺は苦笑しながら、副司令室へと足を向けた。
皇國空軍第八遊撃戦闘空中航空母艦『飛鳥Ⅷ』は、蟹と龍を合わせた様な形をしている。そして、中央部分が円形になっていて、中にX型の滑走路が存在している。
さらに、右舷には空中重砲陣地を形成する空中重砲並の主砲も搭載されている。
搭載機数は四八機。ざっと、一個航空団並の戦力だ。
空中艦には、艦と言うからには艦長や副長、さらに展開している航空団の司令などが乗り込んでいる(但し航空団司令と空母艦長は兼任)。
杜若 穹は、航空団――つまり第一〇八蒼翼鳳兵団の副司令を務めている。
俺は、一応第一〇八蒼翼鳳兵団の戦闘隊長となっている。が、指揮権はあくまで母艦である『飛鳥Ⅷ』にあるので、実質的には唯の現場リーダーにすぎない。
そして、戦闘中にそんな悠長なことをしている暇はほとんどない。
皇國の空中空母には、主に三種類がある。
遊撃戦闘用の『飛鳥』、防衛要塞用の『白鳳』、そして戦略制圧用の『斑鳩』だ。
『飛鳥』は一二隻、『白鳳』は九隻、『斑鳩』は六隻就役している。
遊撃戦闘用の『飛鳥』は、もっとも数が多く、つまり需要が大きい。それだけ出番も多く、戦術蒼翼軍の蒼翼鳳兵団の中でも選りすぐりの部隊が選ばれる。
空母の乗務員や幹部も同様だ。
つまり、副司令である杜若一等空佐は……かなりのエリート。
何しろ、『王制同盟』最年少の佐官、それも佐官のトップである一佐だ。年齢は一八歳。
この時点で普通じゃあない。
が、もっと普通じゃあないのは――――――――その杜若一佐が、俺の実妹だということだ。
「冬飼 蒼璽一等空尉、入室します」
「どうぞ」
感情の無い、冷たい目と声が答えてくれた。
藍色の長髪と瞳、白磁も真っ青になる程白い肌。
背丈は一七〇程で、俺より頭一つ小さい程度。
細身だが、きっちり着こなす純白の詰襟軍服から分る程、スタイルが良い。
要は、美少女。いや、美女だ。
彼女からは、子供らしさが一切感じられない。
軍服姿が、まるで違和感が無い。
藍髪藍眼も、皇國人だったら普通の事だが、彼女に限っては“異様”に見える。アイドルなど目じゃあないくらい、その髪、瞳は綺麗だった。
「任務、御苦労さまでした、冬飼一尉」
「恐縮です」
「貴方は下がりなさい」
彼女はそう言って、横に立っていた秘書官を睨む。
秘書官は頷き、その部屋から離れた。
彼女はそれを確認すると、デスクと一体型のタッチパネル式ディスプレイに触れた。
すぐにカーテンが引かれ、ドアには電波式ロックがかかり、遮音から対盗聴用の警備システムが動き始めた。
その直後、彼女は表情を一変、いや、豹変させ、喜色満面で俺の胸に飛び込んできた。
「お兄様、ああ、お兄様! 穹は、穹はずっとお兄様を恋焦がれておりました」
そう言って、俺の胸に頬をあてる彼女―――――――――――――――――――穹。
「杜若一佐、ここは――」
「お兄様、今は、そのような他人行儀な言葉遣いはおやめください。誰も見ておりません。
お兄様と穹の時間は、誰も踏み入ることは許されません」
そう言って、穹は頬ずりを続ける。
しかたない、か。
穹は、ずっと前からそうだ。
俺にしか心を開かず、俺にしか甘えない。
俺なんかよりもずっとずっと優秀で、才能もあって、努力も怠らない才色兼備な理想の女性なのに。
何時も、ずっと俺の後を追っていた。
俺を軽く追い越せるのに、ずっと俺を待って、そして俺の一歩後ろを歩いていた。
煩わしく思ったことは―――――ない。
一度たりともない。
それが、かえって怖いんだ。
お兄様に抱きついた後、私はお兄様と話(たわいもない雑談だ)をして、お兄様が出て行くのを見届けた。
そして、デスクを操作する。
空中に立体型のディスプレーが浮かび、赤いラインが表示される。
お兄様の乗機の飛行ルートだ。
見たところ、今日はかなりの乱戦になったと見える。
ルートを示すラインが、それこそぐちゃぐちゃになった毛玉のようになっている。まるで、サイクロンでも起ったような有様だった。
そして、別の機、つまりお兄様と同じ部隊の機のルートも表示させる。
さらに、お兄様が撃墜した機のデータも表示させる。
私が少し指を動かすと、部屋の機脳がすぐに察知してくれた。
やっぱり、気が利く駒は良いわね。
表示されたのは……お兄様のルートをさえぎったり、お兄様のスコアを奪った機のリスト。
「これらはいらないわね」
私は再び指を動かし、書類の作成に入った。
色々理由をつけて、お兄様の邪魔をした連中を左遷させたりするためのものだ。
叶うのならば、私自らの手で破滅に追い込んでやりたいところだが、軍隊というのは自殺志願者の集まりだ。
私が殺してやる、と言えば、大抵の連中は泣いて喜ぶ。
まぁ、機体が撃墜されても、大体機体のブレインが自身を転送させると同時にドライバーを強制脱出させるが。
それでも、死亡率はゼロではない。
私が直接手を下せば、一〇〇パーセントの死亡率を保証できる。
冬飼家の資産は、実質的には私の支配下にある。
どんな地獄も牢獄も用意してやれる。
そうだ。
「あの秘書官……」
私は確かに、お兄様を呼ぶように命じた。
が、帰投直後のお疲れになったお兄様を連れてこいとは命じていない。
あの所為で、お兄様は疲れて辛い思いをしたかもしれない。
……いらないな。
まったく、だから秘書官などいらないと言ったのだ。
いったいどこの世界に、私より優秀で、お兄様より私に会う秘書官が……いや、人間がいるというのか。
これだから、軍隊は、組織は……。
いや、これもお兄様のため。
低能な有象無象にお兄様が傷つけられないようにするためだ。そのためにわざわざ、お兄様の所属する航空団の副司令にまでなったのだから。
司令は完全に、私の傀儡だから、この航空団も空中空母も全部、私の配下だ。
それだけではない。
愚かな連中は、皆私の配下になる。
富、容姿などのありとあらゆるものに釣られ、愚鈍な屑共はいくらでも寄ってくる。
鬱陶しいが、同時に好都合だ。
お兄様のためには。
私は立ち上がった。
そろそろ、阿呆な奴らが阿呆な作戦を考え出す頃だ。
こんな調子です。
次はいつになるか不明です。