連れ去られた相棒を探せ!
『連れ去られた相棒を捜せ』
ちょっとぼやぼやしていたら昼休みに遅れをとり、慌てて外出しようとした私を引き留めたのは、そんなメッセージだった。
靴箱には、私の靴が片方。その片方の靴の中に入っていた、紙片。
つまり誰かが私の靴を片方、連れ去ったということなのだろう。
冗談はやめろ。そう思う。
ぐずぐずていたせいで、お昼休みを20分も回ってしまったのに。今日は外で食べるつもりだったから、何も持って来ていないのに。
って言うか。どこのどいつだ。靴を片方隠すなんていう、小学生みたいなことをやっているのは!
残された紙片を、もう一度じっくりと見なおす。
『連れ去られた相棒を捜せ。
毎朝、毎夕挨拶する場所。時を刻みつけるその場所に、相棒の元へ向かう道しるべがある』
これは、ヒントだ。このヒントに沿って行動をすれば必ず、私は「相棒」の元へたどり着ける。
時を刻みつける? その表現に、ひっかかった。
刻むじゃなくて、「刻みつける」? そして、毎朝毎夕挨拶する?
あっと、声に出して叫んでいた。
「タイムカード!」
事務所に戻る。タイムレコーダーの下に、やはり紙片が置いてあった。
してやったり。少し嬉しくなってそれを広げる。
『輝くのは、本物ばかりとは限らない。イミテーションにも美しさはある』
イミテーション? 美しさ?
偽物。輝くもの。美しいもの。なるほど。
私は、エントランスにダッシュする。
エントランスには、大きめの花瓶に生きた花さながらの造花が飾られている。手入れは勿論いらないし、月に一度、業者が取り替えてくれる。
三日前に取り替えられた百合の造花は昼の日だまりの中に輝いていた。勿論造花なので、百合独特の芳香は、ない。
花瓶の下に、また一枚。
『赤い顔をして、玄関先に立つ……』
ポスト!
全部読まずに玄関に向かう。
勿論、会社のポストは赤ではないが、ポストと言えば「赤」だろうというのが、私の持論だった。
スリッパ履きのままそっと表に出てポストの中を覗く。大きさからしてビンゴだろう。と思いきや、中にはやはり紙片。
そろそろ、お昼休みも残り少ない。苛々としながら、私は紙を広げた。
『よくぞ、ここまでたどり着いた。連れ去られた相棒は、居るべき場所に居る。元いた場所に戻り、頭上を探したまえ』
これは、ちょっと解らない。元いた場所っていうのは、事の起こり? 事の起こりは靴箱の中に靴が一足しか入っていなくて……。
靴箱の前に立って、見上げてみる。もちろん天井に靴が張り付けられているはずもなくて。
靴が居るべき場所。そして頭上……二階?
二階の靴箱か!
慌ててスリッパを共用サンダルに履き替えて二階に向かう。私が勤める会社ビルは、一階が事務所、二階より上には様々な部署がある。
二階の企画室には、現在つき合っている浩平くんが居るのだ。社内恋愛禁止だから、公にはしていないんだけどね。
二階の靴箱をのぞく。待ちに待ったご対面。私の靴が片方、ちょこんと置かれていた。中には、紙片が一枚。
『おめでとう。連れ去られた相棒は奪還出来たようだね。では、僕からのお祝い。19時に「楽神」で待つ』
なるほど。この一連の出来事は、浩平からのデートの誘いだったのだ。
なかなか粋なことをしてくれちゃうじゃない、普段の私ならそう思っただろう。
今も、一瞬はそう思い。彼の手に触れた靴をそっと抱きしめたりもしたものだ。
そう、昼休み終了のチャイムさえ鳴らなければ。
19時前。
私は「楽神」という喫茶店で浩平を待った。
覚悟しておきなさい。
さっきから悲鳴を上げている私の今の相棒――お腹をさすりながら、考える。
食べ物の恨みは、怖いのよ。
〈了〉
あえて、言います。
実話がかなり混じっています。(笑)
こういうセンスのある悪戯ってすごい好きです。お腹減ってなかったらね(笑)