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メメリの本棚 ~眠り姫と滅びの詩~  作者: ゆきこ
◆童話<ブレーメンの音楽隊>◆
7/7

職人横丁

 ―朝。

 水平線から顔を出した太陽から零れた光の粒が夜色の海を白く染め、朝の日差しを波に乗せて港街まで運びます。海鳥の鳴き声と朝を告げる教会の鐘の音が街中に響き、家々からは美味しそうな朝食の匂いが漂い始めると、港は早くも出港の準備で賑わっています。

そうして、街にまた新しい1日がやってきたのでした。


「ふゎぁ~…。お姉ちゃん、おはよ~」


 新鮮な朝の日差しの差し込む食卓へ、大きな欠伸をしながら降りてきたメメリ。そんな妹を温かな朝食とベアトリーチェが迎えます。


「おはよう、メメリ。もう朝ごはん出来てるわよ~」


 ベアトリーチェはそう言って次々と食器を並べていきます。

メメリと姉は4人掛けのテーブルの正面に座り。一緒に「いただきます」と声を合わせました。

 今は空席になっている姉の隣は、仕事から稀に帰ってくる父親が座り、メメリの隣には今は亡き母親が座っていたそうです。…と、いうのも姉妹がまだ幼い頃に母親を亡くしていたので、その記憶はあまり残っていないのでした。


 今日はどのジャムにしようかと、ベアトリーチェが迷っているうちにも、メメリは次々と小さな口に朝食を飲み込んでいきます。


「ご馳走様!

 …大変、早くしないと約束の時間に遅れちゃうわ!」


 さっきまでの眠そうな顔は何処へやら。ベアトリーチェがまだ半分も食べきらないうちに食べ終えたメメリは、元気よく席を立つと慌ただしく朝の準備をしに自室へ引っ込んでしまいました。


「…ぁ、食べてからすぐ走るとだめよ~?」


 疾風のように食べつくし、嵐のように過ぎ去る妹の姿に呆気に取られながら、ベアトリーチェは「たぶん聞こえてないわね…」と呟き、1人ゆったりと朝食を楽しむのでした。



「それじゃ、お姉ちゃん。いってくるね~。

 ふぅちゃんと先生の所に遊びに行くから、お昼はいいわ!」


 今日もお気に入りのポーチを肩から下げ、小さな手には見慣れぬ杖を持った妹を、ベアトリーチェが不思議そうに見つめています。


「ぁ…、はい。でも、ルーティリアさんはお仕事なんだから、あんまり邪魔しちゃダメよ~。

 …それと、昨日も持っていた様な気がするけど、その杖はどうしたの?」


 一拍間を空けてから頬に片手を添えて、小首を傾げるベアトリーチェ。思えば昨日から妹の手には握られていた様な気もしますが、ダンテが帰ってきた事ですっかり見落としていました。


「お姉ちゃん、今頃気づいたの!?

 これは精霊が宿ってる杖で、私が呪術師になった証みたいなものよ」


 一方のメメリは、姉の相変わらずな穏やかというには遅すぎる反応に呆れた様に肩を落としますが、呆れ顔はしながらも何処となく自慢げに小さく胸を張っています。

そんな妹の仕草に、思わずベアトリーチェも笑みが零れてしまいます。


「ぁ、そうだったのね。お姉ちゃん全然気がつかなくて、ごめんなさい。

 それでも、危ない事はしちゃダメよ? いってらっしゃ~い」


「うん。いってきま~す!」


 菜の花畑のような明るい笑顔を浮かべ、元気良く出かける妹を送り出し、ベアトリーチェはまた、まったりとした朝のひと時に戻るのでした。



 家の軒下を抜ければ、坂道を吹き抜ける潮風が鼻先に海の香りを運びます。

青空の下、白い朝の日差しがメメリを包み、仰げば雲ひとつなく晴れ渡った空が広がります。

 軒並み並ぶ家々の前を通り過ぎ、大路にくり出すと、街の住人達が行き交う朝の喧騒の中へメメリも包まれていきました。


 ブルゲリーアの街の東南、比較的裕福な船乗りや商人達の住居が集まる地区から、街を弓なりに貫く大路・馬車道に出て、更に港の方に向かえば市場へと続きます。メメリは活気溢れる市場を横切り、道いっぱいに敷き詰めた赤レンガが目印の横町、通称“職人通り”へと曲がりました。

 この職人通りは大広場と並ぶこの街の名所で、腕自慢の職人達が集い、自分の工房を開いているのです。狭い路地に犇めき合って並ぶ店々や工房の大窓には、自慢の商品が並び。パイ職人が焼く美味しいそうなパイの香りと、誰が弾いているのか陽気なリズムが横町全体を包んでいます。

 昔まだブルゲリーアの街が小さな港町だった頃に、各地を修行し回っていた職人達が船待ちの客相手に定住し店を構えたが、この職人通りの始まりだと言われています。その為なのか、異国情緒溢れる色使いの店も多く、ブルゲリーアの中でも華やかなから独特の雰囲気の場所となっているのです。

 …そして、メメリの友人“ふぅちゃん”ことフローラ・アマティエリの家も、この通りにありました。


 通りが交差する角地に建つ、赤い三角屋根の弦楽器専門工房。ガラス戸の上部に掛けられた楽器を模した看板には「ドワーフ堂」の文字。その店こそが、フローラの家なのです。

メメリは、早く友人に昨日自分の身に起こった出来事を話したくて、うずうずしながらその店のドアを開きます。


―チリンチリン。


 入り口の戸を引くと、金属の棒が触れ合い来客を告げる音を奏でます。


「いらっしゃい、メメリちゃん!」


 作業台に並ぶ特注の工具達と、壁に立て掛けられ朝日を照り返す数台のグァルネリ。香ばしく漂う脂の匂い。その奥からメメリの来訪を笑顔で迎えてくれる小柄な店主が出てきました。


「おはよう、おじさん。ふぅちゃんいる?」


 朝の挨拶もそこそこに、メメリの矢継ぎ早な質問にも「あぁ、いるとも」と笑顔で答えた小柄な男性は、フルート・アマティエリ。幼馴染のフローラの父親で、この工房の主です。小柄な背丈でいつも温和な笑みを浮かべているフルートですが、こう見えて街一番のグァルネリ職人として吟遊詩人達の中では有名なのでした。


「フローラはさっき起きたばっかりだから、まだ上で支度しているんじゃないかなぁ」


 メメリを店の奥に招き入れたフルートは、仕事道具の手入れをしながらも娘の話をするだけで何処か楽しげです。彼はグァルネリ職人としてだけでなく、街一番の親馬鹿としても有名でした。


「ふぅちゃんは、相変わらず寝ぼすけね~」


 自分も先ほど起きたばっかりな事は棚に上げ、片手を腰に当て「やれやれ」という苦笑いを浮かべるメメリ。そんな階下のやり取りが聞こえたのか聞こえていないのか、2階へと伸びる階段から、ひょっこりと件のフローラが姿を現しました。


「ぁ!メメリ。おはよ~♪」


 スカートにはフリフリフリル。フリルとレースがたっぷり施された夢見がちなワンピースを着た小柄な少女、フローラ。同じ歳の女の子達の中でもそれ程大きくないメメリと並んでも、尚低い背丈は、この父親譲りのものかもしれません。


「うん。おはよう」


 メメリを見つけて満面の笑みを浮かべるフローラに対して、メメリは涼しげな表情で片手を振るだけで答えます。


「ぁ、じゃああたしの部屋で、はなそ」


 フローラは今降りてきたばっかりの階段をまた数段上り、メメリを自室へと手招きして誘います。それにメメリが「うん」と頷き返すその前に、何故か父親のフルートが口を挟みます。


「うぅ~ん。お父さん今お店の準備で忙しいから、行くまでちょっとかかっちゃうかなぁ」


 丸い顎に手を当て、参ったなという表情を浮かべるフルート。勿論フローラには呼ばれていません。


「もぉ~、お父さんはお仕事あるでしょ~」


 トンチンカンな父親の言葉に頬を膨らますフローラですが、その返答もまた少し違う気がしたメメリでした。


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