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メメリの本棚 ~眠り姫と滅びの詩~  作者: ゆきこ
◆童話<ルンペルシュティルツヒェン>◆
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<ルンペルシュティルツヒェン>

『長い長い、螺子巻きの階段。冷たい石の床。手を伸ばした先も朧に霞む、夜の領域。


「なんなの一体。私、先生の部屋にいたはずじゃ…」


 その声も闇の中に吸い込まれ、シーンという静寂が耳障りに響くばかりです。今さっきまでルーティリアの部屋にいたはずのメメリは、気がつくと見知らぬ暗がりの中に独り立っていました。そこは、弧を描き続く螺旋階段の途中のようです。


「る、ルーテせんせ~!」


 事態が解からず急に寂しくなって大きな声を出してみても、自分の声が冷たい石の壁に木霊しては消えていくばかり。


「…やっぱりダメ。

 ここにいるより、誰か探した方がいいよね…」


 この場にいても仕方ない。そう思ったメメリは勇気をだして、先へ進んでみる事にしました。

 しかし、メメリの前には道が2つ。上へと進む上り階段と、下へと続く降り階段しかありません。数段降りたり登ったりしながらも、どちらに進もうか迷います。時折壁に開けられた窓を見つけて覗いても、夜に浸された世界は黒蒼く広がるばかりで手がかりがありません。


「…ここは、どこかの塔の途中なのね」


 次第に周りの様子がわかってくるうちに、恐怖や寂しさとは別のものがメメリの中に広がっていきました。落ち着いて周りをもう1度見回すと、今まで気づかなかった事に気がつきました。


「上から灯りが漏れてるの…?」


 階段の下よりも上の方が、少しだけ明るいように感じるのでした。

 メメリは意を決し、螺子巻きの階段を登ってみる事にしました。

―コツン、コツン。

 闇夜に木霊する石の階段。メメリは壁に片手を添えながら、一歩一歩夜の中を進んでいきます。

―コツン、コツン。

 何段登ったでしょうか。螺旋に伸びる階段は次から次へと現れて、なかなか先が見えません。しかしそれでも、確実に光は強くなっているようでした。

―コツン、コツン。

 4階いや、5階分は登ったところでしょうか。大きく弧を描くその石段の向こうから、灯りが漏れる扉が見えてきました。それを見たメメリは疲れも吹き飛んで、最後の数段は駆け上がり、勢い良くその扉を開きました。

―ガチャリ!

 扉を開けると、ごうごうと焚かれた松明の灯りに、メメリは一瞬目がくらんでしまいます。そして、その明るさに目が馴染んでくると、その部屋の中に人影がいるのが見えました。


「誰です! そこにいるのは!!」


 突然響いた怒気を孕む声に驚いて固まるメメリ。しかし、その声の主はメメリの倍驚いた様な表情をしています。声の主は部屋の中央に置かれた豪奢なイスに腰掛け、一目で高貴な身分とわかる女性でした。まるで、御伽噺に出てくる様なドレスを纏い冠を乗せ、力強い眼差しでメメリの方を見つめています。


「ぁ、貴女は…? どなたかしら?」


 扉の前に立つメメリの姿を確認すると、どっと疲れた様にその女性が深く息をつき、それでもまだ幾ばくかの警戒の視線をメメリへと向けています。


「ぁ、あたしはメメトゥーリ・グリムモア…です。

 えっとその、ここで迷っちゃっててその…」


 自分がどうしてここにいるのか、説明する事も出来ずに困惑するメメリ。自分自身良くわからないこの状況を人に説明できるわけもありません。


「ま、迷ってしまったの? 貴女、変わった子ね…。

 でも…いいわ、戸口の方は寒いでしょう。こちらにいらっしゃい?」


 しかし、そんなメメリの困惑顔を見てくすりと笑うと、女性が手招きしてメメリを招き入れてくれました。何がなんだかわからないまま女性の元へと進むメメリ。そんな緊張したままのメメリの頭を女性は優しく撫でながら、こう語りました。


「…貴女がどうやってこの塔に入れたのかは聞きません。

 しかし、今この城には恐ろしい妖怪が潜んでいるのよ。貴女まで恐ろしい目に会う前にお逃げなさい」


「恐ろしい…妖怪?」


 聞き慣れない言葉に首をかしげるメメリ。そんなメメリの様子に気づいたのかいないのか、女性は尚も続けます。


「そうよ。その妖怪は、私の赤ちゃんを狙っているの…。

 だから此処にいては、貴女まで食べられてしまうかもしれないわ」


 メメリにはとても信じられない様な話です。しかしそれが子供だましの嘘でも、寝物語でもない事を、悲しそうな女性の瞳を見ればわかりました。


「赤ちゃんって、お腹の…?」


 近くに寄って見ると、女性のお腹が少し膨れているのがわかります。メメリの質問の答えの様に女性は自身のお腹を優しく撫でながら、小さく「ええ」とだけ答えました。


「そんな…、そんなの絶対にダメよ!」


 メメリが言ったその時です! 「ドン!」と大きな音を立て、今通ってきた扉が勢い良く開かれると、鎧を纏った兵士が雪崩れ込んできたのでした!


「王妃様!! お逃げください! “奴”が現れました!!」


 そう叫ぶや否やその兵士の背後から青白い稲光が襲い掛かり、「ぐわぁ!」と悲鳴の残してその場に倒れ伏してしまいました。

 一瞬の出来事に目を見開いたまま硬直するメメリと女性。兵士の悲鳴が木霊し消えたその奥から、柱が揺れる歪な音が何処からか響き部屋中を包んでいききます。


―ギシギシ、ミシミシ、ギシギシ、ミシミシ。


「嗚呼! ついに来てしまったわ!」


 その音を聞いた途端、先刻までの落ち着きが嘘の様に女性が肩を震わせて怯えています。メメリはまるで金縛りに襲われた様に、兵士が倒れる戸口から目を背ける事が出来ません。


「…ペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェン」


 それは唄でした。奇妙なリズムを刻みながら、部屋中を軋ませる唄。戸口から覗く影は奇妙な唄を楽しげに謡いながら、その姿を現しました!


「ルンペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェン。さぁ、なまえをあててごらん?

 ルンペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェン。子供を貰いにやってきた」


 奇妙な唄を口ずさみ、光を飲み込み宙に浮くその姿は天井を突き破りそうな大きな影で、歪なその唄も相まってとても奇怪に見えるのです。


「ま、待ってください!

 私の命は差し上げます。だからこの子は…、お腹の子は許してください!」


 先に動いたのは女性でした。立ちすくむメメリを庇う様に前に立ちはだかり、その化物と対峙します。


「ルンペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェン。ダメだダメだ。約束が違う。

 ルンペルシュティルツヒェンルンペルシュティルツヒェン。願いを叶えれば子供を貰う。

 さぁ、名前を当ててごらん?」


 奇妙な唄を謡い、ピョンピョン飛び回る妖怪の影。楽しげに冷酷に、懇願する女性に今にも襲い掛からんと構えます。その様子をただ見ていたメメリの中に、ふつふつと怒りの炎がほとばしりました。


「わかったわ!

 そんなに名前を当ててほしいなら、あなたの名前は私がつけてあげる!」


 メメリは息をめいいっぱい吸い込み、お腹から出た今までで一番大きな声で叫びます。


「ルンペルシュティルツ…、なんだって!?」


 突然の闖入者に驚いたのは妖怪でした。唄も変なところで途切れてしまいます。


「いいわ、なら貴方は今日から“ペルティル”よ。

 そんなにその唄が好きなら、お似合いだわ!」


 自分でやっておいて、多少無理がある様にも思えたメメリですが。何故か妖怪は苦しみだしました。


「ぐわぁぁぁ! 何故だ!? 正解ではないのに、力が、力がなくなっていく~!!!

 物語と違うじゃないか!」


 苦しげに悶える大きな影。するとどうでしょう。自分で自分の身体を引き裂き、子供より小さな姿へと変わってしまったのです!


「くっそ~、力ずくでも子供は貰うからね!」


 しかし、小さな姿になっても尚、蒼い閃光を撒き散らし、メメリと女性へと向かって突っ込んでくるのです!


「きゃぁ!」


 思わず目を瞑り身体を縮こませるメメリ。

―バチバチ!!

 物の怪の身体から迸る電撃が火花を撒き散らし、今にもメメリを撃ち貫かんとしたその時です!


「そこまでよ! “ルンペルシュティルツヒェン”!」


 戸口から現れた影がメメリ達の足元へ小瓶を投げると、小瓶が割れて中に詰まった光の粒が飛び散り、松明の光を乱反射して物の怪の視界を奪います。

―バリバリバリ!

 放たれた電撃は宙を舞い、目標を失い四方八方を撃ち貫いていきます。


「…ふぅ。危ないところだったわね」


 メメリが硬く瞑った瞼を開くと、そこには見知った女性が立っています。


「…ルーテ先生!」


 可愛いレースの刺繍が施されたケープを纏ったメメリの師匠。ルーティリア・アグリッパの姿があったのでした。

 おまたせ。と言わんばかりに、小さな丸縁メガネの奥の瞳でウイングしてメメリの歓声に答えます。


「メメリ、怪我は無い?」


 ルーティリアの優しい瞳がメメリを見つめ、「頑張ったね」と頭を撫でてくれました。


「…は、はい! でも先生、ここは一体何処なの?

 私達…、帰れるよね?」


「えぇ。勿論一緒に帰りましょう。

 …でも今は、目の前の事に集中する時よ。油断しないで」


 安堵感から矢継ぎ早な質問をするメメリを制すると、ルーティリアはルンペルシュティルツヒェンの方へと意識を向けさせます。

 一方のルンペルシュティルツヒェンは、突然の目暗ましに訳も解からず自身を傷つけてしまった様で、標的をルーティリア1人に絞ると溜め込んだ電撃を今にも撃ち出さんと構えています。


「呪術師が、よくもやってくれたね!」


 メメリを庇う様に前に飛び出したルーティリア。それを撃ち落そうと物の怪の閃光が迫りますが、光から作った幻に阻まれなかなか命中しません。しかしその時です!


「きゃあ!」


 ルンペルシュティルツヒェンの放った電撃がルーティリアの身体を貫きます。幸い弱い電撃ですが、ルーティリアの身体を痺れさせるには十分過ぎる量でした。


「先生!!」

「待ちなさい!」


 倒れたルーティリアの姿に動揺し、弾かれた様に物の怪との間に飛び出そうとするメメリを、後ろから抱き止めたのは先ほどの女性でした。


「離して! このままじゃ先生が危ないの!!」


 女性の腕の中で尚も暴れるメメリ。しかし身重の筈の女性はそんなメメリの抵抗も通用せず、未だに震えの残る両腕で一層強く抱きしめられます。


「お待ちなさい…、メメトゥーリ。貴女にこれを渡します。

 …本当は、生まれてくるこの子に授けるつもりでしたが、貴女ならきっと使えるでしょう」


 そう言って女性がメメリに手渡したのは、温かな木漏れ日の様に明るく輝く小さな珠でした。


「これは、子供を護る“神歌の輝石”。この城にずっと保管されていたものよ。この石の力を使えばもしかしたら・・・」


「え…。あ!ありがとう!」


 突然渡された小さな珠に困惑するも、そうしているうちにルンペルシュティルツヒェンが今までより一際大きな電撃の塊を作り上げ、倒れたルーティリアへ止めを刺そうと今にも振り下ろさんとしているのです!


「ペルティル! これでも受けなさい!!」


 メメリは何を思ったのか、手に持った小さな珠を勢い良くルンペルシュティルツヒェン目掛け投げつけてしまいました。

 勢いよくメメリの手から放たれた珠は眩い光を放ち、ルンペルシュティルツヒェンの中心に当たります。


「ぐぁわ~!!!!」


 意表を付かれたからか、当たり所が悪かったのか。妖怪は宙に浮いている事も儘ならず、歪な悲鳴を上げ石畳の床へと落下してしまいました。

 突然の事にルンペルシュティルツヒェンは勿論、珠を授けてくれた女性まで唖然とした表情です。しかし、ルーティリアはそれを見逃しませんでした。素早く詠唱を行い、石の床に両の掌を合わせます。

―ゴゴゴゴゴ…!!

 ルーティリアの動作に合わせる様に鈍い地鳴りの音が建物全体を揺らし…、

―ゴボー!!

 という地面がせり上がる様な大音を響かせ、落下したルンペルシュティルツヒェンを塔丸ごと撃ち抜いて、太い間欠泉が吹き上がりました。


「ぐ、ぐゎゎゎゎゎゎゎ~~~~!!!」


 吹き上がる間欠泉は天井まで達し、ルンペルシュティルツヒェンは悲鳴にならない悲鳴を発すると、朝日の前の陰の様にかき消されてしまいました。

 こうして、物の怪・ルンペルシュティルツヒェンは退治されたのでした。



「先生~、何か落ちてるわ!」


 戦いが終わり、穏やかな時を取り戻した室内。先ほどまで建物中を包んでいた不気味な夜の気配はとうに消え失せ、今は窓辺から優しい月明かりが覗いています。

 ルーティリアは、まだ多少痺れの残る身体を引きずりながら、メメリの示す先へ視線を向けてみました。


「…杖かしら? 随分と古いわね」


 メメリが見つけたのは、ルーン文字が掘り込まれ、不思議な事に先ほど投げた“神歌の輝石”が中央にはまりこんだ杖でした。中央に輝くその輝石を見た途端メメリは、先ほど貰ったばかりの大切な物をすぐに投げつけてしまった事を思い出し、とても気まずく女性の顔を見ることが出来なくなってしまいました。


「…そういえば昔、母から聞いたことがあります。

 長い年月使われたものは、生命が宿り物の怪となって夜の間動くものだと…。先ほどの妖怪も、その一種であったのかもしれません…。

 …メメトゥーリ。貴女には感謝しています。その杖は、貴女が持っていきなさい」


 そう言って微笑んだ女性は、まるで真っ暗な夜にも空から街を見守る満月の様に優しく、温かい笑みを浮かべていたのでした。』


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