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メメリの本棚 ~眠り姫と滅びの詩~  作者: ゆきこ
◆童話<ルンペルシュティルツヒェン>◆
4/7

図書保管塔

 まだまだ人々の賑わいが衰える事ない街の広場に、姉とダンテを残し、メメリは1人街の北側へと目指します。

 メメリの生まれ育った街・ブルゲリーアは、南側の海と大陸側の山に挟まれた港街です。

 海側には港や商店が並び、そこから伸びた運河やメインストリートである“馬車道”から、枝葉の様に路地や階段、細い水路が広がっています。昔の城下町の名残でもある細い路地と水路が迷路の様に入り組み、初めて通る旅人を惑わせますが、ブルゲリーアの街で生まれ育った子供なら自分の家のように迷わず通る事が出来るのでした。

 メメリは、街の中心部にある大広場から小さな路地を進み、階段を登り、時には民家の下を通るトンネルをくぐり、街の北側の高台側へと目指します。街の北側には昔からの建物が多く建っていて、目指す書物保管塔もその1つです。古くから建っていた塔が崩れない様に周囲を取り囲む建物を増設していき、捻じれた様な不思議な外観になっていました。


「…先生、いるかしら?」


 蔦の絡まった大樹の様にそびえる保管塔の下まで来てから、尋ね人の不在が心配になってきたメメリ。それもその筈で、保管塔の司書である筈のルーティリアは、時折どこかへ行ってしまう事も多い人なのです。


 …ぎぃ~


 入り口の古い木の扉を開けると、コルクが抜かれた瓶の様に室内から紙とインクの匂いが噴き出してきました。入り口からすぐのホールは広く、吹き抜けから上階の薔薇窓の光が降り注いでいます。メメリはこの教会の様な厳かで幻想的な光が大好きでした。


「ぁ、ぃぃぃいらっしゃい!」


 戸口に立つメメリに気がついたようで、受付の女性が大分噛みながら迎えてくれました。この女性は最近この書物保管塔の受付になったばかりで、落ち着きが無くしかも上がり性。誰に対してでも噛んだり、頬を赤らめたりして、本当に仕事が出来ているのかメメリには疑問です。


 受付の女性に軽く挨拶しつつ、上の階へと続く木製の階段を登ります。建物の中心で大黒柱の様に建つ古い塔を軸に、取り巻くように螺旋階段が作られ、緩やかに蛇行しながら上へ上へと続きます。種類別、年代別に分かれた階を幾度も通り過ぎ、5階へと辿り着いた時には、歩き慣れた道のりでもほんのりと汗ばんでしまうのでした。

 弧を描き伸びる階段を抜け、メメリの先生が研究室として使っている小部屋を目指そうと本棚の角を曲がったその時、


「ゎ、びっくした!」

「おっと…、申し訳ない」


急に出てきた男性と鉢合わせになり、メメリは男の胸板に小さな鼻を打ってしまいました。


「まさかこんな所に、小さなお嬢さんがいるとは思いませんで、失礼致しました。

 お怪我はありませんか?」


 その言葉とは裏腹に、落ち着き払ったその男。長身に黒衣の外套を纏い、紅い瞳がメメリを見下ろしています。


「うぅ~。私は大丈夫よ」


 鼻を片手で押さえながら、メメリはそう答えました。


「…それは何よりです。

 申し遅れましたが、私はマリス、しがない人形遣いです。以後お見知りおきを」


 街の人々とは違う独特の雰囲気と、感情を感じ取れない瞳が印象的でした。


「私はメメトゥーリ。メメリでいいわ」


「ご丁寧に有難うございます。

 貴女の様な歳の子で、本に興味があるとはなかなか感心ですね」


 丁寧な言葉使いはしているものの、どこか冷たさを感じさせるその男。

 しかしそれも一瞬で、「…それでは失礼」とだけ言い残し、メメリが今しがた登りきった階段をさっさと降りて行ってしまいました。メメリは少しの時間珍客に首をかしげなからも、目的の部屋へと向かったのでした。



「ルーテせんせ~。こんにちは~」


 ノックもせずに開けた扉の向こうには、本棚と積み上げた古書に囲まれた小さな小部屋。出窓からブルゲリーアの街並みが一望できるメメリお気に入りの部屋です。しかし、その部屋の主は留守の様で、誰もいない部屋の中を窓から吹き込んだ風がカーテンレースを揺らしています。


「…やっぱり留守ね」


 もう1度見回して、メメリは小さくため息をつきました。このまま預かったお土産を置いて帰るのもなんとなく気が引けて、しばらく部屋で待ってみる事にしました。


「…あら? これは何?」


 見慣れた部屋…のその筈が、ルーティリアの机の上には見慣れぬ本が置かれています。どことなく古びたその本は立派な装飾が施され、表紙にはかすれた文字でタイトルが刻まれています。


「…先生のかしら?」


 そうは言いながらも、すでに本に手を掛けていたメメリ。先生の本を勝手に読むのは悪いけど、帰ってくる間までの暇つぶしに丁度良いかもしれない。

 古びた本をそぉっと机に置き、強くめくればすぐに痛んでしまいそうなその表紙をめくります。久しぶりに陽の光の元に開かれた頁は少し湿った紙の匂いを香らせます。

 ―その時です!


「な、なに!?」


 開いた頁から霧のような渦が立ちこめ、一瞬でメメリを中心に部屋中を包み込んでしまいました。


「ぅ、うわぁ~~!」


 文字は霧となり、頁は舞い踊り、メメリの視界を包みます。そしてその環をどんどん広げ、一瞬で彼女を飲み込んでしまったのでした。


 そして誰もいない部屋の中、パタリと小さな音を立て再び閉じられる古書。

こうして、メルヒュンを巡る少女の冒険の旅が始まったのでした。


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