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メメリの本棚 ~眠り姫と滅びの詩~  作者: ゆきこ
◆童話<鉄のアイリッヒ>◆
3/7

中央大広場

 劇が終わり幕が閉じると、集まった人々が拍手と歓声を送ります。その喝采に応えるように、大広場の小さな舞台の裏手から各々人形を手に持った劇団員達が出てきました。


「ご静聴頂き、ありがとうございました!」


 両手に騎士の人形を抱きながら、団員達の先頭に立つ男性が恭しく頭を下げます。その動きに合わせるように、再び拍手の音が鳴り響きました。


「面白かったね~、メメリ。お姉ちゃんちょっと感動しちゃったわ」


 人形劇が終わり、広場に集まっていた人々が満足げな表情で徐々に散っていく中、メメリの表情は対照的に曇っていました。


「どうしたの? 気分悪くなっちゃったのかしら?」


 そんなメメリの変化に気づいたベアトリーチェが、屈んで妹の顔を覗き込みながら聞きました。


「お姉ちゃん。今の話、なんだかおかしくない?」


 眉根を寄せて真剣な瞳を向けるメメリ。しかし姉のベアトリーチェには理由がわかりません。


「そう言われても…。昔からあるお話だし、お姉ちゃんは不思議に思ったことはないかなぁ…」


 頬に手を当てながら小首を傾げる姉の姿を見て、メメリは「もういいわ!」とそっぽを向いてしまいました。


 今の人形劇、「鉄のアイリッヒ」は、ブルゲリーアで育った子供ならば1度は聞いたことがある、有名なお話です。勿論、メメリも何度も聞いた事がありました。しかし、その度に感じていた違和感が、物語を聞く度に積もっていったのです。

 しかしそんなメメリの思いは伝わる訳もなく、ベアトリーチェは困るばかりです。

 彼女が肩を落とし、突然腹を立ててしまった妹を持て余していると、その耳に何処からか懐かしい声が聞こえてきました。


 休日の大広場は、人形劇一座の興行が終わったと言っても、まだまだ人で賑わっています。旅の吟遊詩人達や旅の一座が各々の詩や踊りを披露し合い、街の人々は穏やかな昼下がりを楽しんでいるのでした。そんな人垣の向こうから、ベアトリーチェの大好きなグァルネリの音色と詩が聴こえてきたのです。


「…この音。メメリ、こっちきて!」


「ぇ? ゎ! お姉ちゃん急にどうしたの!?」


 今までしょんぼりとしていた姉が一転して元気になると、グァルネリの音色の聴こえる方へと小走りに駆け出しました。メメリと繋いだままの手からも力強く姉の鼓動が伝わってくるかの様です。


「ごめんなさい。通してくださ~い」


 そう謝りながらもぐいぐいと人垣をすり抜けていくベアトリーチェ。勿論、手を繋いだままのメメリもそれに引きずられて行きます。


「ちょっと! お姉ちゃんどうしたの?」


 メメリの問いかけも、今のベアトリーチェには何処吹く風。それでも、人垣を抜けた時に、その答えが立っていました。


 人垣の向こう、人々がうっとり見つめるその先には、吟遊詩人の男性が1人。皆の視線が集まっても動じることなく、瞼を瞑りゆっくりと弓を動かしグァルネリを奏でています。


「ダンテ! 帰っていたのね」


 その男の姿を見つけたベアトリーチェは花が咲いた様に嬉しそうに、それでも演奏の邪魔をしない様に小さな声で囁きました。

 一方メメリはと言えば、この展開に、何やら嫌な予感がして仕方がありません。しかし姉にしっかりと握られた小さな手を振りほどくわけにもいかず、乙女になった姉の横顔を呆れながら見つめるだけでした。


「ん? 今の声は…」


 そんなベアトリーチェとメメリの想いが届いたのか届かないのか、グァルネリを弾いていた吟遊詩人の男性、ダンテ・エレギアールが長い睫毛を揺らし、瞼を開いてこちらへと涼しげな視線を送ります。


「…ビーチェ!」


 そうして、ベアトリーチェの姿を見つけると口元に優しげな笑みを浮かべ、嬉しそうに此方へとやってきました。


「ビーチェ。来てくれていたんだね」


「もぉ、帰っているなら知らせてくれればいいのに…」


 そうは言いながらも、姉が普段の何倍も嬉しそうな顔をしている事は、妹でなくてもわかります。


「すまなかった。先刻の馬車で着いたんだが、留守だった様で広場まで出ていたんだ」


 衆目を気にする事無く、見つめあう2人。

 ベアトリーチェとダンテは街でも評判の恋人同士なのでした。想い人と再会した2人は、周囲の冷やかしの声も耳に届いていないようです。


「メメリも、しばらく会わない間に、随分と大人になったな」


 いまだに姉に片手を握られていなければ、今すぐにこの場から走り去りたいメメリ。そんな事もお構い無しにダンテが百点満点の素敵な笑みで微笑みかけます。

 メメリの悪い予感は、見事に的中していたのでした。


 ・・・。


「ごめんね、メメリ…」


 申し訳無さそうに縮こまる姉を見て、メメリの口からまた1つ大きな溜息が零れます。

真上にあった日も少しだけ西に傾いた、穏やかな昼下がり。

 冷やかしに見ていた人々も散り、メメリ達3人は仲良く並んで広場のベンチに腰を下ろしていました。


「…久しぶりっていうのはわかるけど、いちゃつくなら人目のない所でやってほしいわ。もぉ!」


 吟遊詩人達の集うブルゲリーアの中でも、とびきり人気のあるダンテと、メメリの姉・ベアトリーチェは、誰もが知る仲良しな恋人同士。身体が弱くほとんど家にいるベアトリーチェの為に、ダンテは諸国を旅してその思い出や情景を詩にして持ち帰ってきているのでした。


「…そうだメメリ。1つ、お使いをお願いしてもいいかな?」


 ご機嫌斜めになっているメメリを、優しげな眼差しで見つめていたダンテが、急に思い出したように懐から小瓶を1つ取り出して言いました。

 ぶっきら棒に「…なによ」と応えながらも、メメリは小瓶を受け取ります。


「何これ! 綺麗~!!」


 メメリとベアトリーチェはその小瓶を覗き込み、思わず感嘆の声を上げてしまいました。

手渡された小瓶の中に入っていたものは、陽光の欠片を詰め込んだ様に輝く粉でした。


「これは、『光の粉』。

 すまないがこれを、アグリッパさんに届けに行ってもらえないだろうか?」


「ぇ、先生に?」


 ダンテのお土産の送り先の意外な名前に、思わずメメリは聞き返してしまいました。

アグリッパさんとは、街の高台に建つ『書物保管塔』の司書であり、とある理由からメメリが『先生』と慕っている女性です。


「なんでも、術の材料に使うらしい

 私が直接届けたいところだが、フルートさんにも楽器の材料調達を頼まれていてね」


 そう言って、すまなそうに頭を下げるダンテ。見ればダンテは、他にも大小様々な荷物を楽器と一緒に持っている様です。


「…メメリ、どうする?」


 ベアトリーチェもその隣から心配そうにメメリの表情を伺っています。そこまでされて、メメリも断るわけにはいきません。


「仕方ないわね。私も先生の所に用事があるし、折角だから一緒に届けて来てあげる。お姉ちゃんは、私がいない間にしっかりといちゃつき尽くしておいてね」


 それでも渋々という演技はしつつ、ダンテのお願いを聞いてあげる事にしたメメリでした。


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