<鉄のアイリッヒ>
『昔々のとある国。その国には誰もが勇敢で忠実と讃える、1人の騎士がいました。
彼の名は、「アイリッヒ」。鋼鉄の甲冑と黒毛の愛馬を持っている事から、皆に「鉄のアイリッヒ」と呼ばれていました。
勇敢で信頼の厚いアイリッヒを、王様は自分の愛娘の婿にしたいと考えていました。お姫様とアイリッヒは互いに惹かれ合い。王国は春の様に穏やかな時を過ごしていました。
しかし、その平和も長くは続かなかったのです…。
平和な王国を妬む夜の国に住む3人の魔女達が、お姫様に死の呪いをかけてしまったのでした。
呪いを受け余命幾ばくとなったお姫様を悲しみ、王様は寝込んでしまいました。そうして、王国は極寒の真冬の様に暗く沈んでしまったのです。
そんな中でも、アイリッヒは挫けませんでした。姫の呪いを解く為、1人夜の国へと旅立ったのです。
呪いに冒されたお姫様は自分の首飾りと、鋼鉄の鎧を旅立つ騎士に贈りました。そうして、アイリッヒは馬を走らせ、魔女達の住む夜の国へと旅立っていったのでした。
夜の国を目指す途中、森の中で丸々と太った1人の老婆が現れてこう言いました。
「騎士様、騎士様。そんなに急いで何処に行かれます?
腹が減ったでしょう? どうぞ私の家におこしなさい」
森の奥に建つ老婆の家には、この世の物とは思えない程の御馳走が並んでいました。
「食べたい物を言ってごらん。なんでも私が作ってやろう。
腹ペコはもう御仕舞い。不思議な竈で作ってやろう」
御馳走を食べようかと思ったアイリッヒ。しかし鋼鉄の鎧がきつく絞まり、アイリッヒに食べてはいけないと忠告しました。そうして、老婆をよく見てみると、火が焚かれただけの竈から、次々と御馳走を出していたのです!
「この老婆は魔女に違いない! 私をここに留まらせるつもりなのだ!」
そう思ったアイリッヒは竈に向かう老婆の背中を突き飛ばし、燃え盛る炎の中へと突き飛ばしてしまいました。
「ぐゎゎゎ! おのれ姫の騎士め!
魔女の力に敵うと思うでないぞー!」
魔女はそう呪いの言葉を叫び、黒い灰へとなってしまいました。
そうして、アイリッヒがやっとの思いで深い森を抜けた先に、美しい女が1人立っていました。
「騎士様?騎士様? そんなに急いで何処へ行かれますの?
世界で一番美しい私と、一緒に暮らしましょう?」
そう言って女が手鏡を取り出すと、鏡は揚々と歌い始めました。
「世界で一番美しいのは、まさに貴女!
どこぞの姫など相手にならない、永遠の美貌♪」
その歌を聴いていると、アイリッヒは女がとても美しく思えてきました。しかしその時、懐に大切にしまった姫の首飾りがカチリと音色を立てました。
我に返ったアイリッヒは、手鏡を見つめる女に、その首飾りを手渡しました。
「まぁ、美しい首飾り! これを私にくださるのね?」
そう言うや否や、女は首飾りをつけ、鏡を見つめました。しかしどうでしょう? 鏡が歌う歌を変えてしまいました。
「世界で一番美しいのは、まさにマレーン姫!
どこぞの魔女など相手にならなぬ。ゆるぎなき美醜♪」
その歌を聴いた女は、怒り狂って鏡を地面に叩きつけました。しかしその破片が心臓に刺さり、鏡と一緒に死んでしまったのでした。
「危ない処だった。姫が私をまた助けてくれたのだ」
アイリッヒは、姫へと感謝の気持ちを胸に抱き、遂には夜の国へとたどり着きました。
魔女達の暮らす夜の国。しかし既に魔女は1人しか残っていません。夜の城でアイリッヒを迎えた少女の様な小さな魔女は、そんな事は気にもしていない様で笑みさえ浮かべて言いました。
「騎士様、騎士様。貴方は勇敢で賢い男。
死にぞこないの姫など捨てて、私と共に暮らしましょう?」
その魔女の誘いにもアイリッヒは首を横に振り、剣を抜くと魔女へと向けて構えます。
「私の命は姫の為。魔女などに屈する事など有得ない!」
「貴方の大事なお姫様。でもその命も後僅か。
私のモノになるのなら、ネズミを人へ。カボチャを馬車へ。なんでも変えてあげましょう」
そう言った魔女が水晶球を取り出すと、寝台の上で今にも事切れそうな姫の姿が浮かびます。
「ならば私の望みを叶えて欲しい…。
しかし、何にでも。というのは本当か?」
そう問いかけたアイリッヒ。魔女は自慢げに応えます。
「そうまで言うならこうしましょう。
貴方の願いを私が叶える。もし出来なければ私は死に、出来れば貴方は私の僕になる」
「わかった。ならばお前を姫に、姫をお前に変えてくれ。
さぁ、魔女よ。出来るのか?」
アイリッヒの意外な言葉を聞いた魔女は、「そんな事でいいのか」と、早速魔法を使って姫と魔女を入れ替えてしまいました。
ボン!と煙が立ち、目の前には姫の姿の魔女が立っていました。
「どうかしら。これで満足?」
姫になった魔女が余裕げに微笑んだ瞬間、魔女自身がかけた呪いが芽吹き、その命を吸い尽くしてしまったのです。
そうしてアイリッヒは、魔女と入れ替わってしまったお姫様と、幸せに暮らしたのでした。
めでたし、めでたし。』