バケモノ飼育係
「はい、今月もご苦労様」
私はそう言ってストーカーから一ヶ月分のノートを受け取る。
ストーカーは俯き消え入りそうな声で、いえ、だの、大丈夫ですと言う。
「・・・、あのさぁ、もう少し声のボリュームを上げてくれない?何か私がイジメているみたいじゃん」
イライラして少し早口で言うと、ストーカーはビクッとなりこの日、初めて私の目を見て答える。
「はいっ!」
その声が室内に響き思わず笑ってしまう。
それに安心したのかストーカーは、ほっとした様子で立ち上がる。
「何、帰るの?」
ストーカーは再びビクッとなり何か言おうとしたが、先程の私からのしっせきもあり、やや甲高い声でどもりながら言う。
「あ、いや、あ、きょ、今日はもう終わりだと思って。で、でも、いて、いて良いのならまだ」
「アハハハ、どもりすぎ。いいよ、いいよ、帰りなよ」
私は立ち上がり玄関までストーカーを送ると、夕方から降ってきた雨は止んで月が出ていた。
「月が綺麗だね」
私が空を見上げながらそう言うと、
ストーカーは恐怖で引きつりそうな顔を何とか笑顔にして答える。
「・・・、月は昔から綺麗です」
その声はまたもや消え入りそうな声であり私はため息をつきながら、ストーカーへ追い払うように手を振る。
背中を丸めながら一人夜道を行くストーカーを見ながら私は再びため息をつく。
何であんなのを好きになってしまったんだろう?
「迷惑です。もう付き纏うの止めて下さい。あなたの事は何とも思っていませんから。これからもです」
私は弁護士事務所で、対面に座るストーカーにきっぱりとそう言う。
直接会って話すことに恐怖はあったが隣には毅然とした女性弁護士がいてくれたし、彼の両脇には屈強な事務所職員が座っていたし、長机の幅もあり机の上には武器になる物は何も置いていないから強気に出られた。
本当は直接会う必要ななかったし弁護士からも書面で伝えられるから、刺激するのも良くないと言われたが、何故被害者である私が遠慮しなければいけないのか?ストーカー被害にあってから護身術を習い、防犯ブザーだけではなくスタンガンや催涙ガスも購入した。何かあればまず使用するのは当然武器でその次が護身術、それらで苦しむこいつの姿を想像することで、私は恐怖を乗り越えてきたのだ。
身長は150センチ程で体重も軽い、どう見ても気弱で貧弱に見えるこいつが私のストーカーになったのは1年ほど前だ。
大学生の私はバイトリーダーとして、新人のこいつに仕事を教えた。
見るからに覇気もなく気弱そうで仕事の覚えも悪かったこいつは、当然のように仕事のたびに社員から注意され、バイト仲間からバカにされ、後輩からも軽んじられた。
そんなこいつを私は見かねて優しくフォローし続けたがそれがまずかった。必死に励まし付き添って何度も同じ作業を教える私にこいつは理解できない感情を抱いた。好きになった、などという綺麗な感情ではなく、信じられない言葉を面と向かって言われたのだ。
ーだって、先輩、僕のこと好きなんでしょ?ー
ある日、バイトが終わり駅まで歩くと、突然後ろからこいつに声をかけられ告白された。
当時彼氏と別れたばかりであったが浮気を繰り返す元彼に未練などなかったし、そもそもフリーであろうがなかろうが、こいつと付き合う事などありえなかったから、お礼を言ってから好きな人がいるため付き合えないと断った。
そして、言われたのが、その言葉だ。
どれだけ呆然としていたか分からなかったが、私達の間に流れる不穏な空気に気づいた駅員から、どうしたのかと声をかけられ我に返った。私は何でもないことを笑顔で駅員に伝え、そのままの笑顔でこいつに言った。
『違うよ。ごめんね、好きな人がいるから。またバイト先でね。これからもバイト仲間として宜しくね』と。
今思えば全てが悪手であったが、後悔先に立たず、だ。
そいつは私に振られそのままバイトを辞めると、そのまま私に付き纏うようになる。
バイト先に現れたり、駅まで待ち伏せされたり、一人暮らしの自宅を知られた。
恐怖を感じ警察からそいつに警告をしてもらうも、一ヶ月もすると偶然を装い視界の隅に現れるようになった。
自宅付近や最寄り駅ではなく、人通りが多い場所等の雑踏、距離にして約20メートル程だろうか。私がそいつを確認して見ると、そのまま気づかない振りをされどこかへと消えていく。あくまで偶然であると、自分はここに来ることも出来ないのかと、付き纏っている証拠はあるのかと?
警察に出先でのそいつの写真や動画を提出して相談するも、私への接触がないため引き続き警告はするが、偶然性が高いのではと相手にされなかった。だから弁護士に相談したのだ。
初めて彼に会った時に密かに歓喜した
ごく稀にいる異常という言葉では足りない内なるものを持つ選ばれた者たち。このような者たちに逢うために私は弁護士になったのだ。
こんな小娘などに勿体ない、彼は私のものだ。
小娘と彼が対面で話した後、私は依頼者である小娘の要求通り被害届を作成した。そしてその日の夜、彼に連絡をした。
もし裁判になれば必ず負けるし慰謝料も請求されるが、私なら慰謝料も請求もさせず全てなかったことに出来ると。その条件として、私のストーカーをさせ、一ヶ月ごとの私の行動をノートで提出させた。
いつからだろう。初めて事務所で逢ったあの日か、ストーキング条件を提案したあの日か、いつの間にか、私は彼に恋をしていた。何度目かの彼の来宅時、酒の力と法律で脅して彼の身体を求めた。20歳の男など性欲の塊だろう。それから彼は恐怖と興奮の半々で私を抱く。あくまで私が求めた時だけなのが寂しいが。
本当に月は昔から綺麗だったのだろうか?
そうであれば嬉しいなと、私はもう彼の姿が見えない夜道を見て思う。




