葉っぱのガイド
「わたしが葉っぱのガイドです。葉っぱの一枚一枚に運命があり、国があり、住人が暮らしています。あなたの探し物がこの世に無かったなら、それはきっとこの世の葉っぱの中のどれか一枚の国の中にあるはずです」
男は、皮膚にも葉脈が刻まれた葉っぱのガイドに導かれて、千切れた葉っぱの国の端からうっかり滑り落ちそうになったり、虫に食べられそうになったり、動物の足に踏み潰された葉っぱの国から命からがら逃げ出したりをしょっちゅう繰り返しながら、世界中の葉っぱを旅しました。
しかし男の探し物は見つかりませんでした。
男は葉っぱのガイドから石のガイドを紹介され、二人は数々の紙一重の危機一髪をともに乗り越えた仲としてお互いの健闘を称えた抱擁をして別れました。
「わたしは石ころのガイドです。巨人のような岩から砂場の小さな小石にまで物語があり、村落があり、人々が勤勉に働いています。この世にあなたの探し物が無かったなら、それはきっとこの世にある無数の石の中の、どれか一粒の石ころの中に必ずあるはずです」
口上を述べ終わると、石のガイドは無言で自分についてくるよう示しました。
男はそびえるような体つきの石ころのガイドに導かれて、ゴツゴツした腕で重い扉をこじ開けてもらい石の国をいくつも巡りました。
あるところは真っ暗闇の夜ばかりの国で、そうかと思えば光が乱反射する目が潰れそうな宝石の国でした。さらにあるところは燃え盛る炎の記憶を眺め崇めている国でした。
険しい地形が多く、男は幾度も潰されそうになったり、挟まれそうになりましたがその度に石のガイドが頼もしく男と危険の間に割って入って、男を助け危険を押し返しました。
ほぼ住人が一言も喋らないどころか動かない石の国を、住人一人一人の顔を覗きこんで辛抱強く巡りましたが男の探し物は見当たりませんでした。
石のガイドは唸りながら腕組みして、じっくり考え込んでから、ようやく口を開いて夢のガイドを訪れるようアドバイスしました。
二人はがっちり固く握手して別れました。
男は石のガイドに教わった昔の祭祀に使われた巨大な石の上で眠り、夢のガイドを訪ねました。
「わたしが夢のガイドです。この世には無限に夢があり、一人の人間だけでも持ちきれないほど多くの夢を持ち、また夢は様々に姿を変えて、いくつもいくつも国が生まれていきます。わたしは特A級のガイドですから、例え本人が忘れてしまった過去の夢でも、捨ててしまった未来の夢でも入り口を見つけて中に入ることができますよ。あなたの探し物は誰かの夢のどこかの国にきっとあるに違いない。なにしろ夢の世界にないものなんてありませんから」
男は夢のガイドに導かれて、シャボン玉で空に飛んだり、巨人になったり小人になったり、有名人になって赤いカーペットの上をしゃなりしゃなり歩いたり、お金の雨を避けたりと、目まぐるしい体験をしながら、星よりもたくさんある夢の国を旅しました。
男の探し物の幻影はいくつも現れて振り回されましたが、本物の男の探し物は見つかりませんでした。
涙を流して男が希望を失う度に夢のガイドは、自分を虹色に光らせて夢の国の名物になった美味しいものや楽しいものを紹介しては気をまぎらわしました。
それでもとうとう探すところが尽きてしまいました。
夢のガイドは途中にあった悪夢の国でついてきてしまった幽霊やお化けをしっしっと追い返しながら、心身ともにくたびれはて落ち込む男を見つめました。
「まさか、見つからないとは。困りました。死者の国を探すこともできますが、あそこは粗悪なガイドが多くって。優秀な人はこの世に手助けで出払っているから。それにあそこにまともな探し物があった試しがない。例え見つけても影だけで、手に入ったとしても腐って消えてしまう。あそこで腐らないのは言葉だけ。それだって有益な助言は稀で、みんな自分のことを愚痴っぽく湿っぽく語るだけ」
夢のガイドは旅の間何度も励ましてきたように、男の肩をポンポンと叩いて言いました。
「風のガイドを紹介しましょう。どこに連れていかれるかはわかりませんも途中で振り落とされて置き去りにされるのもよくあることです。彼は気まぐれですから。見るべきものを効率よく網羅したコースでもなく、安全でもありません。それでもなぜか彼らが、最も優秀なガイドなんです」
二人はほほえみを交わしあって別れた。
風のガイドは自己紹介もせずにさっさと目を瞑って自分の背中に乗るように言いました。
「いいか、目を開けたら最期、目を回して落っこちるぞ」
男が片足をかけている間に風は世界に向かって飛び出しました。
男は大急ぎで目をぎゅっと瞑りながら、触っても感触のない風の背中によじ登らなければなりませんでした。
風は興味の赴くままに好きな方向へ、激しく吹いたり優しく吹いたり、突然静止したりしました。
男が探し回ってきたこの世と、葉っぱの世界と、石ころの世界と、夢の世界と、まだ行ったことのない死の世界を縦に通りすぎたり横に通りすぎたり、逆さまに通りすぎたりしました。
最も男は目を瞑っていたので、切れ切れの匂いや音や空気から見当をつけるほかありません。
これで探し物を見つけることができるだろうかと不安になった時、ふと男は心安らぐ香りを感じました。
無意識に風の背中を握る手に力を込めてしまい、風は機嫌を損ねて荒っぽく男を振り落として行ってしまいました。
「自分の探し物は自分の心で見つけるがいい。いつだって自分の心こそ最高のガイドだ」
捨てセリフを残して。
男は身体中強く打ってしまって、イテテと体をさすりながら立ち上がりました。
風との奔放な旅のせいで視界がぐるぐるします。
仕方なく男は、また目を瞑り手探りで懐かしい匂いと懐かしい音と空気を感じる方へと向かって行きました。
男の胸が高鳴りを増します。
男のお腹がぐーっと鳴りました。
よく知っている大好物の匂いを嗅ぎ付けたのです。
男は閉じていた目をぱっちりと開きました。
そこは自分の故郷で、目の前の丘に自分の家が建っています。
神様が世界を作ったときからそこにあったように、当たり前に。
男は駆け出してバーンと扉を開けて家に飛び込みました。
「お帰りなさい、あなた。どこに行っていたの」
男は食事の用意をしていた奥さんを抱えて大喜び。
男の探し物は大好きな奥さんだったのです。
「君を探して世界中を旅してきたんだよ。君が家にいないから胸が潰れそうだったんだ。一体どこに行っていたんだい」
奥さんが呆れたように答えます。
「相変わらずおっちょこちょいで、困った人ね。わたしはどこにも行きはしないわ。ずっと裏の畑でさやえんどうの筋取りと野菜の皮剥きをしていましたよ」
男は奥さんを探して、家中、世界中、世界の中の葉っぱ中、世界にある石ころ中、夢の中まで隈無く探したことを話しましたが、まあ到底語り尽くすことはできないでしょう。
大好きな奥さんの作った好物のスープが冷めてしまいますからね。
チーズとトマトとさやえんどうの熱々スープ!




