本の紹介46『鉄鼠の檻』京極夏彦/著
箱根山中の謎多き寺で巻き起こる連続僧侶殺害事件
中学3年生の時にミステリー好きのクラスメイトに勧められて、京極夏彦さんの作品を読み始めました。そのクラスメイトはパズルやミステリーが好きで、卒業前に何冊かその系統の本を貰いました。卒業後は会わなくなりましたが、確か棋士を目指していたはずです。今頃どうしているのでしょうか。
最初に読んだのは「姑獲鳥の夏」という作品で、終盤のとあるシーンにたどり着いた時の衝撃は今でも忘れられません。電車の中で読んでいたのですが、その時の衝撃があまりに大きくて、電車内の風景とセットで記憶しているほどです。これまで生きてきた中でかなり画期的な読書体験であったことは間違いありません。
まあ、そういった記憶、人間の認識などは本人が思うほど盤石なものではないというのが京極作品でよく扱われるテーマですが、それはさておき。
京極堂こと中禅寺秋彦が活躍する「百鬼夜行シリーズ」は「姑獲鳥の夏」から始まり、番外編やスピンオフを挟みながら30年以上続いているシリーズですが、その中でも本作「鉄鼠の檻」が特にお気に入りです。作品全体の醸し出す空気感というか、情景が非常に魅力的だと感じます。
脳波測定により禅を科学的に分析しようという企画のために、雑誌記者たちが箱根山中のとあるお寺を目指すのですが、寺の麓の宿屋の庭に僧侶の遺体が出現したことを皮切りに、箱根山中で次々と僧侶が殺害される事件が発生するというストーリーです。
由来が不明で、雪に覆われ俗世から隔絶された寺という舞台設定、雪山を童歌を歌いながら放浪する振袖姿の少女と少女を養う仙人のような寺男、寺に集められた様々な流派の僧侶たちなど個性豊かなキャラクターが物語を彩ります。
シリーズお馴染みのキャラクターも登場するので、いわゆるキャラクター萌えな楽しみ方も出来ますし、もちろん殺害事件の謎を主眼としたミステリーとして読んでよし、物語に深く関わる仏教的要素に注目して教養小説として読んでもよし、多様な楽しみ方の出来る奥深い作品になっています。
本作は仏教の成り立ちが事件に大きく関わってくるため、その点についての解説に結構な分量が割かれているのですが、ともすると説明的で退屈に感じてしまうところ、本作はそういった部分を飽きさせず、むしろ読者を夢中にさせることに成功していると感じます。
単に知識を押し付けてくるのではなく、受け手に伝わりやすいように工夫がされているのですが、そのためにどれだけの時間と努力を要したのかと思うと頭が下がります。
京極堂が言葉を巧みに操って事件を収束に向かわせるのがシリーズ恒例の流れですが、プレゼンテーションのお手本として読んでみるのも一興かも知れません。あくまでもエンタメ作品ですが学ぶところは多いように思います。
僧侶たちを寺に閉じ込めるために張られた結界の正体、その結界を作り上げた張本人の真意が明らかにされ、最終的に寺を覆っていた檻は崩壊することになるのですが、そこから脱出できた者もいれば、最後まで檻に囚われたままで終わってしまう人間もいます。
檻から出ることの方が幸せと考えるのが普通かと思いますが、結局は本人の心持ち次第なのではないかという視点が本作をより奥深い作品にしています。
人間に認識があてにならないということは、幸せの形も一様ではないことを意味します。これはシリーズ全体に通じるテーマかと思いますが、常識的に理解できなくても本人だけの幸せの形がある。それはおぞましく、悲しい形である場合もあるけれど、それこそが人間という生き物の特徴づけているものだという柔軟さが好きです。
世の中、何かを決めつけるような物言いほど嫌なものはないですからね。終わり




