異世界召喚された聖女ですが、恋のライバルが最強の魔道士で、しかも攻略対象が鉄壁の天然でした
◆〜第一章:光の渦の向こう側 ──聖女の降臨〜◆
それは、あまりにも唐突な出来事だった。
日本の大学生だった白石マユリが、大学の図書館で古びた本を手に取った瞬間、視界は真っ白な光に包まれた。
次に目を開けたとき、そこは大理石の床が広がる、厳かな聖堂の中だった。
「おお……! ついに、ついに現世に聖女様が降臨された!」
見知らぬローブ姿の老人たちが跪き、歓喜の声を上げている。
マユリは混乱し、震える声で尋ねた。
「あの……ここは、どこですか? 私は、どうして……」
「ご安心を、聖女様。ここはエリュシオン王国。闇の魔力が満ちつつあるこの世界を救うため、貴女様を異世界よりお呼びしたのです」
マユリの頭は真っ白になった。
『異世界』『聖女』『世界を救う』。
どれもフィクションの中でしか聞いたことのない言葉だ。
周囲を見渡せば、腰に剣を帯びた騎士たちがずらりと並び、鋭い視線をこちらに向けている。
その威圧感に、マユリは思わずその場にしゃがみ込み、頭を抱えてしまった。
「……怖い、帰りたい……」
小動物のように震える彼女の姿に、その場にいた男たちの胸には、ある種の衝動が走った。
「守らなければ」
「この儚い少女を、我らが全力で庇護しなければならない」
この瞬間、マユリを巡る「過保護な王城」の日常が始まったのである。
◆〜第二章:右も左も分からない日々〜◆
召喚から数週間。
マユリは王城の一室を与えられたが、毎日が困惑の連続だった。
この世界には電気もガスもない。
お風呂に入るのにも魔法具が必要で、食事の作法も、歩き方も、この国の言葉── 聖女の加護によって言葉の壁はないものの、独特の古風な言い回し──には苦労した。
ある日、マユリは廊下で迷子になってしまった。
「どうしよう……あっちに行けばいいの? それとも……」
半泣きで立ち尽くすマユリの前に、一人の男性が通りかかった。
輝くような金髪を短く整え、誠実さを具現化したような顔立ち。騎士団長エイベルトだった。
「お困りですか、聖女様」
その声は、春の陽だまりのように温かく、マユリの心を包み込んだ。
騎士たちが「マユリ様、私をお頼りください!」「誰が彼女を支えるか、勝負だ!」と鼻息荒く寄ってくるのに対し、エイベルトだけは、ごく自然に、困っている子供に接するように手を差し伸べた。
「あ……はい。お部屋に戻りたいのに、でも、広すぎて……」
「そうですね。この城は少し複雑ですから。よろしければ、私がご案内しましょう。……さあ、怖がらなくて大丈夫ですよ」
エイベルトは、マユリの震える指先を優しく包み、歩調を合わせてゆっくりと歩き出した。
マユリの胸が、ドクンと大きく跳ねた。
それは、異世界への恐怖による鼓動ではなく、一人の男性に対する、生まれて初めてのときめきだった。
◆〜第三章:爆発した「女の勘」 ──秘密の露見〜◆
聖女がやってきて数ヶ月。
マユリは、いつも自分を優しく、それでいて特別扱いせずに接してくれるエイベルトに、深く心を寄せるようになっていた。
城内では「お似合いの二人」と噂されているが、肝心のエイベルトは、誰に対しても平等に接するため、進展はない。
そんなある日。
マユリは庭園で、一人の女性と対峙することになった。
王宮魔道士のミュウミュウ。
彼女は派手な杖を抱え、不機嫌そうにマユリを睨みつけていた。
「ちょっと、聖女様。あんた、さっきエイベルトに稽古の差し入れしてたでしょう?」
「え……あ、はい。お疲れかと思って、お水を……」
マユリはビクッと肩を揺らした。
「ふん! 見え透いた真似を。エイベルトはね、ああいう気遣いには慣れてるのよ。だって、私が子供の頃からずっとやってきたことなんだから!」
ミュウミュウの言葉に、マユリは思わず顔を上げた。
「えっと……ミュウミュウさんは……エイベルト様のことが、好きなんですか?」
その問いに、ミュウミュウは顔を真っ赤にしながら、しかし隠すことなく言い放った。
「あ、当たり前じゃない! 私はあいつの隣に立つために、必死で魔法を勉強して、魔道士になったのよ。横から来た『聖女様』に、おいしいところを持っていかせるもんですか!」
その言葉を聞いた瞬間、マユリの中に、今まで感じたことのない感情が芽生えた。
いつもなら怯えて逃げ出すはずの彼女が、グッと拳を握りしめた。
「……私も、譲れません」
「え?」
「私も、エイベルト様のことが大好きなんです。右も左も分からなかった私を、一番最初に救ってくれたのは、あの方でした。だから……聖女とか関係なく、一人の女の子として、あの方に振り向いてほしいと思っています!」
「……は?」
二人の間に沈黙が流れた。
風が吹き抜け、花びらが舞う。
先に口を開いたのは、ミュウミュウだった。
「……いい度胸ね。ただの泣き虫かと思ってたけど」
彼女は「フン!」と鼻を鳴らすと、不敵な笑みを浮かべた。
「いいわ。どっちがエイベルトの心を射止めるか、勝負しましょう。聖女の奇跡か、魔道士の知略か……正々堂々、奪い合いよ!」
「はい! 望むところです!」
こうして、王城の誰もが予想しなかった“恋の全面戦争“が、ここに幕を開けたのである。
∮∮第一手:聖女マユリのターン【手作り弁当作】∮∮
マユリは考えた。
異世界──日本──の知識を活かすなら、やはり“胃袋を掴む“のが定石だ、と。
彼女は慣れない手つきで、【おにぎり】──この世界に、お米と似た穀物があった──と【卵焼き】を作り上げた。
訓練終わりのエイベルトを見計らい、マユリは震える足で駆け寄る。
「あの、エイベルト様……! もしよろしければ、これ、食べていただけませんか?」
上目遣いで、少しだけ頬を赤らめて差し出された竹皮──に似た植物の葉っぱ──の包み。
周囲で見守っていた騎士たちは「マユリ様が手料理を!」「なんて健気な……!」と涙を流して感動に打ち震えていた。
エイベルトは、いつもの穏やかな、誰にでも平等で慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「これは珍しい料理ですね、聖女様。わざわざ私のために? ありがとうございます。大切にいただきます」
【結果】
エイベルトはそれを完食した。
さらには「清女様が一生懸命作ってくれたのだから、皆にも分けてあげよう」と、部下たち全員に一口ずつ配り歩く始末であった。
マユリは心の中で絶叫した。
(違うんです! あなただけに食べてほしかったんです……!)
∮∮第二手:魔道士ミュウミュウのターン【古傷ケア作戦】∮∮
マユリの失敗(?)を見て、ミュウミュウは鼻で笑った。
「甘いわね、聖女様。エイベルトはああ見えて、自分のことには無頓着なのよ」
ミュウミュウは、訓練後のエイベルトの執務室に先回りして陣取った。
彼が戻ってくるなり、彼女は最高級の薬草オイルを取り出し、彼の肩に手を置く。
「エイベルト、また無理したでしょ? 昔の古傷が痛む前に、私が魔力でマッサージしてあげる。ほら、座って」
「ああ、ミュウミュウか。いつも助かる。お前は本当に、気の利く妹のようだ」
「いもう……っ! 違うわよ、私はあなたのパートナーとして……!」
「ははは、そうだな。戦場でのパートナーとしても、君ほど頼りになる魔道士はいない」
【結果】
エイベルトはリラックスして熟睡した。
しかし、その寝言で「聖女様がくれたあの“おにぎり“という食べ物、不思議な味がしたが温かかったな……」と呟かれ、ミュウミュウは枕を涙で濡らすことになった。
∮∮第三手:聖女マユリのターン【涙のあざと大作戦】∮∮
“妹“扱いに苦しむミュウミュウの姿を見て、マユリは次なる決意を固めた。
「こうなったら、病気になったふりをして、か弱いところを見せるしかない!」
ある雨の日、マユリはわざと傘を持たずに庭へ出た。
びしょ濡れで震える姿を見せれば、騎士団長なら必ず助けてくれるはずだ。
「ひっ、くしゅん……。あ、エイベルト様……わたくし、帰る道を忘れてしまって……」
計算通り、パトロール中のエイベルトが現れた。
彼は驚いた顔をして駆け寄り、自分のマントをマユリの肩にかけた。
「聖女様! こんなところで何を……体が冷え切っている。すぐに医務室へ。私がお運びします」
お姫様抱っこ。
これこそが、マユリの狙いだった。
彼女は勝利を確信した。
……が、エイベルトはそのまま大きな声で叫んだのである。
「ミュウミュウ! ミュウミュウはどこだ! 聖女様が風邪を引かれた、至急、温熱魔法で暖めてやってくれ!」
【結果】
マユリは、宿敵であるミュウミュウに一晩中「何やってんのよアンタ」と呆れられながら、魔法でホカホカに温められるという、屈辱的なケアを受ける羽目になった。
∮∮第四手:魔道士ミュウミュウのターン【博愛のハーブティー作戦】∮∮
ミュウミュウは考えた。
正攻法が通じない相手には、魔道士としての技術を注ぎ込んだ“絡め手“が必要だと結論づけた。
「いい、聖女様? 誠実な態度で振り向かないなら、本能に訴えかけるしかないのよ」
ミュウミュウが用意したのは、妖しげな光沢を放つ液体が詰まった小瓶であった。
それは、彼女が古文書をひっくり返して調合した特製の“魅惑のハーブティー・シロップ“だった。
「それ……まさか、禁断の惚れ薬!?」
驚愕するマユリに対し、ミュウミュウは「失礼ね」と胸を張った。
「そんな不潔なものじゃないわ。これは『リラックス効果を極限まで高め、一番近くにいる相手を慈しみたくなる』魔導調合薬よ。さあ、これをお茶に混ぜて、今度こそ彼を陥落させるわ!」
作戦決行の日。
ミュウミュウはエイベルトを執務室に誘い出した。
「エイベルト、いつもお疲れ様。たまには私が淹れた特別なお茶でも飲んで、ゆっくりしてちょうだい」
「ん?珍しいな。ミュウミュウがお茶を淹れてくれるなんて。……どれ、いただくとしよう」
エイベルトは疑うこともなく、その薬入りのハーブティーを口にした。
扉の陰から固唾を呑んで見守るマユリと、目の前で期待に胸を膨らませるミュウミュウ。
薬の効果はすぐに現れた。エイベルトの瞳が潤み、頬がわずかに上気する。
「……ああ、なんだか。急に、目の前の存在が愛おしくてたまらなくなってきた……」
ミュウミュウは「きたわっ!」と勝利を確信し、マユリは「ずるいっ!」と涙目になる。
エイベルトは震える手を伸ばし、ミュウミュウの肩を抱き寄せようとして──。
「……ああ、ダメだ。こんなに愛おしいのに、私は……」
エイベルトは突如、ガバッと立ち上がった。
そして、そのまま窓を乱暴に開け放ち、外に向かって絶叫したのである。
「我が騎士団の諸君! 私は君たちを愛しているぞーーっ!平和とは、なんて素晴らしいんだ!」
【結果】
ミュウミュウが作った薬の効果が強すぎたのか、彼の“全方位への平等な愛“が限界突破してしまった。
個人的な情愛を通り越し、国全体、全人類への“友愛“へと変換されてしまったのである。
その夜、エイベルトは非番の騎士たち一人一人を抱擁して回り、「君たちがいてくれて幸せだ」と熱烈な感謝を伝え歩いた。
翌朝、正気に戻ったエイベルトに「昨日のことはあまり覚えていないが、なんだか清々しい気分だ」と爽やかに笑われ、ミュウミュウは魔法の杖を地面に叩きつけた。
「あのバカ! 博愛主義にも程があるわよ!」
∮∮最終決戦:舞踏会での二人同時のターン【直球勝負】∮∮
交互に作戦を実行して数週間。
二人の仲は“公認“を通り越し、もはや“騎士団長を巡る二大派閥“として王城を二分していた。
「聖女様なら、必ず騎士団長の心を射止めるはずだ!」
「そうだな。彼女の、庇護欲をそそる儚さは、男心に突き刺さる」
「いや、ミュウミュウの方が有利だろう。なんと言っても、あの二人は幼馴染同士だからな」
「確かに。騎士団長も、ミュウミュウの前では気を許しているみたいだしな」
なぜか、恋心を持つ二人よりも、騎士たちの方がヒートアップしていた。
もはやどちらが勝つか賭けの対象にまでなっていた。
そして、建国記念舞踏会の夜。
マユリは、異世界のドレスを模した、白く可憐な衣装に身を包んだ。
ミュウミュウは、大人の色香を漂わせる深い紫のドレスで着飾った。
二人は同時に、エイベルトの前に立った。
「エイベルト様! 私と、一曲踊っていただけませんか!」
「エイベルト、私と踊るのが先よね? 幼馴染の特権、使いなさいよ!」
周囲は固唾を呑んで見守っている。
王子たちも、国王も、「ついに決着か」と身を乗り出した。
エイベルトは、困ったように眉を下げ、いつもの「誰にでも優しい」笑顔を作った。
「困ったな……。私はダンスがあまり得意ではないんだが、レディ二人を待たせるわけにもいかない」
彼は、マユリとミュウミュウのそれぞれの手を取り、優しく微笑んだ。
「では、こうしよう。最初の曲はマユリと。次の曲はミュウミュウと。そして最後の一曲は、ここにいる騎士団の仲間たち全員で、この国の平和を祝して踊る、でどうだろうか?」
「「……えっ?」」
マユリとミュウミュウは、呆然と顔を見合わせた。
彼は、何も分かっていないのだ。
彼女たちがどれほど必死に、彼一人の“特別“になろうとしていたかを。
ただ、エイベルトは、自分は“王国の為の騎士団長“であることを、一ミリも疑っていなかった。
◆〜エピローグ:終わらない戦い〜◆
舞踏会の後、裏庭であずまやに二人の女性がぐったりと座り込んでいた。
「……エイベルト様、天然すぎる……」
「……そうね。あの平等さは、ある種の暴力だわ」
マユリが溜息をつくと、ミュウミュウも同意するように頷いた。
しかし、二人の目はまだ死んではいない。
「でも、私、諦めない! 次は『バレンタイン』という文化をこの世界に広めて、本命チョコを渡します!」
「何よそれ!? なら私は、魔導具で『絶対に二人きりになれる部屋』を開発してやるわ!」
聖女と魔道士。
異世界から来た少女と、この世界を支える才女。
正反対の二人は、今やエイベルトへの愛を語り合える唯一のライバルにして戦友となっていた。
そんな彼女たちの視線の先で、エイベルトは部下たちに囲まれ、屈託のない笑顔で笑っている。
「今日も平和だな。マユリもミュウミュウも、仲が良くて本当に安心したよ」
鈍感すぎる騎士団長の心に、愛の矢が突き刺さる日は、果たしてやってくるのだろうか。
〜〜〜fin〜〜〜
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