白い雪に覆われた顔
物理文芸部として活動初日の幕が、薄暗い落日の訪れと共に閉じようとしていた。
春とは言え、十八時を過ぎれば少し肌寒さを感じる。闇夜は間もなく近づいてきて、灰色の空にどれくらいの雲がかかっていることか。空を見上げても、分厚い雲に覆われていることしかわからなかった。
「タイシくん。今日のご飯は何にしますか?」
隣を歩く桜花が、甘い声で尋ねてくる。
「そうだな……。とりあえずスーパーへ行ってから考えるか」
「はい。わたしはタイシくんの作る料理なら何でも大好きなので、それで大丈夫ですよ」
今はもう散ってしまった桜の花弁のような、桃色の横顔。それが高校入学以来、毎日と続く下校途中の光景となっていた。
「貴方、桜花さんの料理まで自分で作っているわけ?」
唯一違う点は、桜花の向こう側に霜宮がいることくらいか。
「あ、ああ。……親が、遅い時間まで仕事してるからな」
「そう……」
少し言葉を濁らせて答えたが、そういえばまだ霜宮には、俺と桜花が二人っきりで暮らしていることを話していないことに気がついた。互いの親元を離れて、男女の高校生二人がひとつ屋根の下に暮らす。いやだって兄妹だぞ? ただし頭に『義理の』って付くけど。……そんなこと正直に霜宮に話したら、何言われるかわかったもんじゃない。ま、いずれバレるだろうが、それを話すのはきっと今じゃないと思ったから。
霜宮はやや不審な顔で俺と桜花の顔をちら見してくるが、邪気を一切感じない桜花の微笑みのせいで、ふぅと一つ溜息を溢していた。その溜息の理由を俺は確認していないが、それとなく気づいてしまう。この屈託のない彼女の笑顔が、逆に何処か、嘘っぽく思えてしまうのだ。
人はどうして笑っていられるのだろう? そんな何気ないことを考えていると、昔見た、『諦めを感じさせない』笑顔が俺の脳裏にちらつく。紛れもない『諦め』が本当はあるはずなのに、それを白い雪で覆い隠して、嘘の顔を作り出してしまう。
俺は、そんな笑顔を以前にも見たことがあったんだ。
あの日も、こんな曇に覆われた空模様だった。
今にも泣き出しそうな灰色の空で、俺は母に渡された住所のアパートを訪れた。一見古くて安いボロアパートかと思いきや、建物の中に入ると、多少は古くても足音は思いの外静かなことに気がつく。
ドアの鍵だって今時のちゃんとしたものだった。もちろん、鍵など使わなくても裏技で簡単に開けられそうということもない。自分の高校生の息子を預ける鍵だから、そんな防犯性が低いはずないよなとは思っていたけど。
ただ、唯一想像と違っていたのは、その部屋には俺の義妹を名乗る彼女がいたこと。
「これから一生、わたしの側にいてくれますよね」
俺は混乱した頭を掻き分け、ただその顔から昔見た記憶を思い返していた。
それは俺の実妹、英葉の屈託のない笑顔と瓜ふたつだったんだ。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野英葉: 泰史の実妹。今はロンドン在住
読んでくださり、ありがとうございます。
ここから少しだけ回想編が続きます。
実妹と義妹、その間で揺れ動くタイシくんの気持ちをお楽しみください。
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※カクヨムでも連載しています
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