すべてが異なる少女
一旦、ここで話を整理しよう。
俺は文芸部員だ。今は入学式を終えてから三週間目という四月。とっくに桜など散ってしまったが、部活動の仮入部期間も終わったばかりで、所謂ようやく文芸部の新入部員というやつだ。ただし先輩方は三年生しかいなくて、受験も忙しくなりそうだからと四月早々幽霊部員と化しているが。
隣の化学室では物理化学部が活動している。活動内容などあまりまともに聞いたことなかったが、確かうちの高校で唯一パソコンを駆使してあれこれ実験してる部活だと聞いた覚えがある。
当然ではあるが、文芸部というのは間違えなく文系で、物理化学部は理系だ。
ここまでは一般常識であり、見間違わない程度には間違えていないよな?
「で、桜花。そもそもこの女子は誰なんだ? 何故ここにいる?」
「この人は化学室にいた方なので、とりあえずこっちへ連れてきただけです」
すまんそれは本当に回答になってるのか? とりあえず物理化学部員ってことで合ってる?
「桜花お願い。私にもちゃんと説明してもらえるかしら。私がここに連れてこられた理由を」
「あ、失礼しました。えっと……あ、すみません。そういえばお名前伺ってませんでしたね。物理化学部の方も廃部手続きを生徒会の方で進めておきますので、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「え……?」
生徒会庶務として淡々と処理を進めようとする桜花を前に、この女子生徒の顔は一瞬にして固まってしまった。手続きとか書類とか明らかに順番が間違ってるという話は今は置いといて、黒髪の真っ白な顔は薄い赤色から青色へと変わっていくようで、やがて厚い氷の中に閉じ込められてしまったような具合だ。
そう、話の流れとして桜花だけが完全にずれている。桜花は恐らく……。
「……すまん。こいつ、桜花は」
「説明不要よ。私もわかっているから。ただ……」
なるほど。それほどの仲だったというわけか。ただ、ショックだったのだろう。
かつて名前で呼び合っていた友人に、自分の名前を忘れ去られていたことを。
「? あの、わたし、なにか失礼なことをしてしまいましたでしょうか?」
「ううん。何でもないわ。私の名前は霜宮朱実よ。よろしく頼むわね、生徒会庶務の……桜花さん?」
「はい、霜宮さんですね。初めまして。生徒会庶務の嵯峨野桜花です。こちらこそよろしくお願いします」
もしかしたらその頃とは、呼ばれ方も名前も声色さえも異なっているのだ。嵯峨野は俺の家の苗字で、養子になった桜花は、その頃と異なる苗字になってるはず。挙げ句の果てに、かつて名前で呼び合っていた頃の記憶さえも残っていない。
そんな彼女に『初めまして』と挨拶をされたら、俺ならここから消えていなくなりたくなる。
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登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 俺の義妹。生徒会庶務
※カクヨムでも連載しています
https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829




