重なってしまった言葉
「高校へ行くの、そんなに楽しみか?」
そう尋ねると桜花は、首を右斜め二十度くらいに傾げる。
「わからない……です……」
それはどちらとも取れる反応で、というより当然の反応でもあった。そりゃ中学にまともに通えてなかった女子生徒から自信満々に『高校楽しみ、わくわく』なんて返ってくる方が嘘くさい。期待と不安、本来なら後者の方が圧倒的に勝ってるはずで、高校へ行けば自分の人生が変われるとか、そう考えられる方が楽観論のそれでしかない。
ただ、それでも『わからない』という回答は、期待値ゼロのものよりずっとマシなものであるに違いはない。もしかすると何かが桜花の気持ちを押し上げているのか、それともただの空回りなのか。
「高校行って、やりたいことでもあるのか?」
「タイシくんと遊びたい……です!」
「俺と……?」
そもそも高校って、遊ぶ場所ではないと思うのだが。
「はい。タイシくんといれば、わたし、大丈夫だと思うので」
「ちょっといくらなんでも俺に何かを期待しすぎてないか?」
桜花はまた、首を右四十五度くらいに傾げた。ここまで傾けると『ちょっと何言ってるかよくわからないんですけど』みたいな反応に見えてくる。待て待て。わからないのはこっちの方だぞ?
「……だって千鶴さんがタイシくんなら大丈夫だって言ってたから……」
「さすがに持ち上げすぎでしょ……」
でも、桜花の反応のトーンが落ちたように思えたのは、気のせいではなかった。
「一人で行く学校、怖い……。だから……」
すっかり窓の空も暗くなっていて、そろそろ照明を灯さないと桜花の姿が俺の視界から消えてしまいそうだった。桜花がずっと体育座りの姿勢のままでいられるのは、ここが和室であるせいかもしれない。洋室の床だったらお尻が痛くなって仕方ないだろうに。畳の井草の香りが落ち着きのある空気を膨張させ、どこか幻想的な、あるいは桜花が今にもここから消えてしまうのではないかって、そんな気配さえあった。
……そうか。この感覚は、英葉との過去のそれだ。
あいつ、俺の実妹である英葉は、どっちかというと兄である俺のことが大好きだったように思う。ブラコンとまではいかないまでも、俺より一つ年下の英葉は、小学生の間いつも俺の側にいた。『だって一人でいるお兄が心配なんだもん』と、そればかりを言い訳にしていたように思う。おいおい。別に妹に心配されるようなことをした記憶ってあまりないはずなんだけどな。
とはいえ、俺は元々友人があまり多かった方でもない。別に誰かに嫌われていたわけでもないと思うが、友達と遊ぶより、一人で読書をする時間の方が確かに長かった。英葉にそんな兄の姿をずっと見られていたのかもしれない。
だから英葉は俺と同じ中学校に入学すると、こんなこと言ったんだ。
「これから一生、お兄の側にいてあげるからね」
その屈託のない笑顔は、まるっきり桜花の言葉と重なってしまったんだ。
ちなみに英葉の方はそれから一年後、父とロンドンへ飛び立ったわけだけどな。残された俺はますます一人で読書する時間が増えたというか、積まれてた本があっという間に消費されたというか。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野英葉: 泰史の実妹。ロンドン在住
嵯峨野千鶴: 泰史の母親。お仕事忙しい
読んでくださり、ありがとうございます。
一生って、、やだこの子重い!!
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