木箱
灰色の雲に遮られて、窓から入ってくる陽の光は本当にごく僅か。そのせいか、彼女が着ている白色のルームワンピースが微かに光ってるかの如く、明るく映し出される。ただし、無地で装飾も何もないその服は、この季節からするとどう見ても薄着に思えた。今でも彼女が小さなその身を震わせているのは、突然部屋に現れた俺が怖いからとかではなく、単に寒いだけなのではと、そう推察することもできるほどだった。
「母さん……千鶴から、何か聞いてないか?」
「千鶴……さん……?」
とりあえず小さく縮まってしまった彼女を落ち着かせようと、俺の母の名前を引き出す。するとその名前に心当たりはちゃんとあったのか、顔からみるみると緊張の糸がほぐれていくのが目に見えてわかった。
「俺は千鶴の息子、泰史だ」
「タイシくん……?」
まるで片言の日本語を覚えたばかりのロボットのような反応であったが。
「ああ。突然驚かせてごめんな。もしかして母さん、俺のこと何も伝えてなかったのか?」
「ううん。聞いてた。タイシくん。千鶴さんの子供。ここで暮らす……」
全然単語が繋がっていかない。ロボットというより、外人さんがやっと覚えた日本語でどうにか日本人の俺とコミュニケーションを取ろうとしているみたいだ。それでもその顔は次々と花が咲いていくように、口元が少しずつ華やいでいく。目元はあまり変化なく薄灰色の瞳を灯しているだけなのだが、もしかしたら感情表現というものが上手くできないだけなのかもしれない。
てゆか、え、この少女が俺と同じ年だと?
その痩せ細った体つきのせいだろうか、やっと小学校を卒業したばかりの中学一年生くらいに見えてしまう。俺の実妹、英葉より年下に思える程だ。毛先が跳ねてる以外まるで飾り気のないショートボブに、カサカサに乾ききってしまった唇。ほぼ白色に近い肌には、ところどころで黒ずみが目立ってしまっている。明確にオシャレという言葉をまだ知らない幼い女の子のようだ。
そもそもこの部屋、ほとんど何もない。六畳の和室に広がってるものと言えば、やっと一人が座れそうな小さな円卓と座布団が一つ。段ボール一つによく詰め込んだなと感心してしまう教科書一式に、押入れの前にちょこんと飛び出している桃色の寝具。おいまさか着替えって、今着てるその服とそこの寝具しか持ってないとか、さすがにそんなことはないよな!?
それほどほぼ何もない部屋の中でより異彩を放っているのは、彼女のすぐ隣に置かれたおよそ十五センチの立方体の形をした木箱だ。絶妙に厳かな存在感を示しており、どういうわけかこの和室に似つかわしくもないようにも思えたんだ。
「その箱は……?」
そう何気なく彼女に尋ねたはずなのに、彼女の目は急に鋭くなる。
「駄目。絶対に触らないで!!」
「わかった。絶対に取ったりしないから」
突然の猛反発に驚きつつ、俺は冷静に彼女を落ち着かせることを最優先した。
「……何か、わからないの。わたしの全て。それ以外、何も、わからない……」
彼女の、全て? それほど大切なものを、どうして何もわからないのだろう。
この時俺は、彼女が何らかの記憶を失っている事実を初めて理解したんだ。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野千鶴: 泰史の母親。お仕事忙しい
嵯峨野英葉: 泰史の実妹。今はロンドン在住
読んでくださり、ありがとうございます。
本章のキーワードとなる木箱が出てきました。
中身が何であるか、想像しながら読んでいたけたらと思います。
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