桜花との出逢い
母はいつも仕事帰りが遅く、起きてから寝るまで、一日中ほぼ一人暮らしのような生活を過ごしていた。
別に両親が離婚したわけでもない。父は仕事の関係で、今はロンドンにいる。俺の実妹である英葉も父についていった。『パパの面倒はワタシが見るから、ママのことはよろしくね!』なんてことを言ってくるのだから、もしかすると俺なんかよりよほど頼りになるかもしれない。年齢も俺の一つ下で、特段仲の悪い兄妹なんてこともなかった。シスコンじゃないかって? さすがにそこまででではないだろう。多分。
父と英葉が日本を離れてから、二年ほど経つ。間もなく高校入学を控えた俺に、母は突然『家を出なさい』と命令したのだ。春休み中ずっと一人で特にやることもなく、頭も常にぼおっとしていたものだから、ついに俺の中で何かが壊れたのかと思ったくらいだ。何が? 頭かな??
同時に手渡されたのは、高校からすぐ近くの住所、及びアパート名と部屋番号だった。聞けばここには既に『俺の妹』が住んでるのだと言う。もちろん英葉が帰国してきたなんて話は一切聞いていない。ではなく、妹は妹でも、最近母が養子として引き取ることになった義妹のことなのだとか。当然寝耳に水だ。なお父には既に相談済みで、じゃなくて、何故俺には一切相談しなかったんだ!??
古い建物ばかりが並ぶ一角に、そのアパートは存在した。やはり同様に古めかしさはあるが、どことなく風情というか奥ゆかしさというか、立派と呼ぶには程遠いが、それなりにお高そうなアパートだ。部屋は二階一番奥の二〇四号室で、玄関ドアを開けると一番手前にダイニングキッチン、その先に二つのドア、つまり部屋があることに気がついた。所謂2DKというやつだろう。
誰もいないのだろうか。俺がダイニングルームに足を踏み入れても、他に物音は一切せず、人の気配そのものを感じさせない。母の説明では『中学にほとんど通ってない女の子がいるはず』と聞いていたのだが、もしかして本当に文字通りの引き籠もりなのか?
とりあえず、一つ目のドアを開ける。そこは引っ越し直後と言わんばかりの何もない空間が広がっていた。カーテンさえ何もついていないものだから、二階のこの部屋は近所の住宅から丸見え状態だ。窓の外のどんよりとした雲が『何か用でもあるか?』と俺に尋ねてきてるようでもある。
気を取り直して、二つ目のドアを開ける。その瞬間、互いにびくっとする。……いや俺の方が驚いたんだって。そんな部屋の隅の方で体育座りした女の子が固まってたら、本気で幽霊かと思ったぞ。
「……誰?」
「…………」
おっかなびっくり、彼女は少しだけ顔を上げて俺の顔を見ると、またすぐに視線を逸らした。よく見ると肩が少し震えている。別に悪い事したわけではないのに、俺は気持ち反省せざるを得なかった。
これが桜花との、一番最初の出逢いだった。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野英葉: 泰史の実妹。今はロンドン在住
読んでくださり、ありがとうございます。
引っ越したばかりの部屋のカーテンのなさ、あれ少しびっくりしますよね(?)
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