Prologue 〜はじまりはいつも桜色で〜
窓が仄かに紅く染まる放課後の小部屋に、軽やかな足音が猛スピードで近づいてくる。
放課後のこんな場所へ訪れるとは、一体どれだけ化学という授業が大好きな人間なのか。校舎の北端に位置するこの近くには、どこか薄暗い印象が漂う化学室と化学準備室しかない。明確に隔離された場所。ただそれも理由の一つか、俺は近づく足音の正体にすぐ気づいてしまった。足の飛び跳ねる音からしてそもそもおかしい。なぜ人間の足が走っている音に、踵が床から離れる音まで混ざっているのだろう。第一廊下は走るなって、中学までに教わってるはずだろ。
やがて奇怪な音は最高地点まで近づき、だけどそのまま化学準備室のドアの前を通り抜けていった。廊下最奥にある化学室の前でぴたりと止んだんだ。
隣の化学室は確か物理化学部が活動場所としていたはず。部活勧誘期間中の説明でそんな話を聞いた記憶があった。もっともどんな人がどれほどの規模で活動してるかなんて知る由もない。たとえ俺がすぐ隣の化学準備室で文芸部員を黙々と粉していても、興味ないものにわかるはずもなかった。
あいつもしかして、物理化学部にでも入部するつもりなのか。生徒会の仕事だってあるだろうに。
あいつはいつも俺をそわそわさせてくる。つい一ヶ月前、初めて会った時からそうだった。
母親に言われるがままアパートの一室に足を踏み入れると、最奥の部屋の片隅にちょこんとあいつが座っていたんだ。小さく幼い瞳を輝かせながら、無鉄砲なまでに無邪気な微笑みをぶつけてくる。思春期の同じ年の異性がこんなにも無防備でいいのかって、だけど俺の邪な部分を一瞬で殺せる程の破壊力が間違いなくそこにあった。
「これから一生、わたしの傍にいてくれますよね」
その名の通り、桜色の花びらを身に纏って、あいつはか細い小さな声でこう叫んだんだ。
彼女の名前は嵯峨野桜花。俺と同じ苗字なのは、養子として俺の家に迎え入れられたから。
いつも全てをほったらかしにして、俺の影の心を闇雲に揉みくちゃにする。
少しは俺の緊張感というものを、あいつにも分けてやりたいと思うほどで。
一度遠ざかったはずの足音がこちらへ戻ってきたのは、数分と経たなかったと思う。
ただし今度はもう一人分の足音を引き連れていた。間もなく化学準備室のドアが開き、キラキラした桃色の声が小さな化学準備室の中で大きく反響したのだ。
「タイシくん。今日で文芸部は廃部になります。代わりに物理文芸部に入ってもらいますね!」
「…………はい?」
ドアの向こう側には、俺の義妹となった桜花の姿と、そしてもう一人の女子生徒の姿がそこにあった。確か彼女は俺と同じクラスで、そういえば俺と桜花の代わりに新入生代表の挨拶をしていた女子生徒だ。名前はなんだっただろう。
ところで、何が廃部で、物理何部が何だって??
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登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部部
嵯峨野桜花: 俺の義妹。生徒会庶務
※カクヨムでも連載しています
https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829




