第8話
-9月3日-(水)-
「ふぁ~ 朝かぁ 」
ぅーんと伸びをして、ベットから起き上がる
ベットの隅に置いてある、まだ充電器にさされたままの携帯を開ける、画面を確認すると時間はまだ、6時32分…
そのまま部屋のカーテンをおもいっきりシャーッと開ける
その瞬間、バッと部屋の中に朝の日差しが降り注ぐ
今日の朝はそんな久しぶりに早起きですっきりとした目覚めのいい朝だった
外は相変わらずの景色、しかし今の私にはいつもよりどこか街が光って見えた
手っ取り早く制服に着替えて一階に続く階段を降りる
時間に余裕があったため珍しくテレビをつけて、ちょっとのんびりする
(そういえば… テレビを見るの久しぶりかも )
「ふぁ~ 」
(なんだかこうして一息ついてゆっくりするのも久しぶりかも、…このごろはいろいろとあったし)
そんなことを思いながらテレビのニュースを眺めているときだった
(…?? )
「昨夜、東京都多摩市聖蹟桜ヶ丘駅の駅前通り付近にて仕事帰りの男性が何者かにいきなり後ろから襲われる通り魔事件が起こりました
被害者は右腕を鋭い刃物のような物で切られたものの軽傷
なおこの聖蹟桜ヶ丘の駅前通りでは二日前にも同じ手口での通り魔事件が起こっており、警察はこの事件との関連を調べるとともに犯人を捜査中とのことです」
「ぁ…っっ!!?」
声にならない声をあげる
「こ、これって…っ」
(………っ)
体中の血が冷たくなる感覚…
意味の分からない名前の分からないような汗が頬をつたる…
(まずい…)
目には見えないけれど、でも確かに…着実に…近づいてくる危機感に身体が震える
「一度で…終わりじゃなかったんだ」
そうだ、当たり前だ…
‘通り魔’なのだから…決して一度だけとは限らない
そういう考えをできていなかった私の完全なミスだ
またテレビの画面に目をやる
「現場には手掛かりや証拠のようなものは残っておらず、被害者の証言では右腕を切られた後、凶器は確かに両手に持っていた、とも証言しており、警察は二日前の事件の被害者の証言とともにこの犯人が今までの通り魔とはあまり例にない犯行手口から、ただの通り魔まではない可能性も視野にいれ捜査中、とのことでした」
…通り魔はまだ捕まってない
でも、どうしよぅ…っ
(………っ)
ぃや、落ち着こう私…落ち着こう…っ
(今は深く考えないで…、思い出してよ私…、昨日ひよりと見つけた、‘確かなモノ’を… )
「ふぅ… 」
私は小さく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる
携帯を開き時計を確認すると、もう7時45分…
「…よし、行こぅ 」
できるだけ何事もなかったかようにガチャと勢いよくドアを開けたときだった
「ウーーッ ウーッ 」
目の前を物凄いサイレンの音を響かせながらパトカーが通過していく
…っ!!?
(やっぱり…っ)
…結局、私の家から学校へに着くまでにパトカーのサイレンの音はほとんど絶えなかった
さっき、深く考えないとは思ったものの…ここまでくると不安が大きいのは確かである…
警察の人に、もし触られてでもしたら昨日のひよりのようなことではすまないのだから…
もしまたこの次があったとして死者でも出たら、私が犯人より先に警察に見つかった場合どう言い逃れすればいい…?
家から学校までの短い距離が今の私には途方もなく遠く感じた
(…怖い)
そんな恐怖の中、私はなんとか学校にたどり着いた
そして、またいつものように二階の1年E組の教室のドアの前に差し掛かる
ガラッ…
たったった…ボフッッ!
「ふにゃ…!?」
……っ!?、なっ、分からないっ、なんだろぅ…、何かが私の顔面におもいっきり飛んできた…
「ゆりー おはよ~♪」
はぁ…考えるまでもなかった…、ぅぅ…やっぱりか…っ
「ぉはよう… 灯 」
ぎゅうぎゅう~っ
「今日もゆりはひんやりさんだぁー♪ 」
「しかたないでしょ ……低体温なんだから」
(本当は灯が一番私の体温のこと気付いてるんだよね…)
「冷たくて気持ちいいよ~ ゆり~ …すりすり」
…ぅぅ…
「おはようございます」
灯とじゃれているときだった、後ろからそう聞こえた
「…ぁ ひより、おはよう 」
ひよりだった
相変わらず今日も紺色のカーディガンを着ていた
「なんでしょうか、朝からパトカーがうるさいですね 」
「あれー? ひより知らないの? 今日、めっちゃニュースで流れてたのに 」
そう灯が言って、私は少しビクッとしてしまう…
それをひよりには気がつかれてしまったのだろう、いきなり頭をそっと撫でられてしまった
灯が熱心にひよりにあの第二の通り魔事件のことを説明している、いや…灯だけではなかった、よく見ればクラス中の子の誰もが今朝のニュースのことを話していた
私もただの無関係な学生なら、自分の街で起きたニュースにワクワクもするのだけど
学校の中も…安全とは言えないかもしれない
…………
……………
-5時間目-授業 -生物-
「…はぁ 」
切羽詰まった午前中とは違い、さすがに午後はだんだんと冷静さを取り戻しつつあった
(…そういえばっ )
ふと、私は今自分の座っている生物室の机の落書きのことを思い出した
机に広げてあった無意味な教科書を静かにどかして机の書き込みを捜す
これもまた、一つの学生の暇つぶしの方法なのかもしれない
(……あったっ!)
本当に目を懲らして見ないと分からないほど小さな字で書かれた文章、そしてその下にさらに小さく書かれた私の文章
ワクワクした気持ちでその下を見る
………
が…結局その下に更なる返信メッセージは書かれていなかった
(はぁ、そうだよね…そんなにうまくはいかないよね )
昨日の今日ではまだこの書き込みをした人が授業を受けていない可能性もあるかもしれないが
ただ…ちょっと小説のような展開に期待してしまった自分に少しだけ悲しくなる
「ウーーッ ウーッ 」
外の景色を眺めればまだパトカーのサイレンの音が街中に響いている
(もし今…駅前にでも行ったら… )
警察だって馬鹿ではないはず、きっと今の私が警察と鉢合わせになったらいつも通りの自分でいれる自信は全くない…
ただでさえ、もう警察には二つの代償のことがほぼ見つかっているような状態だというのに
その代償の証拠は私自身だ…
………
…………
そんなことを考えているうちにそのまま5時間目も終わり、6時間目の体育の授業も終わって教室に帰ってきたときのことだった
ずっと今日一日中通り魔のことを考えてぼうっとしていたかからだろうか、体育着から着替え終わって、ふぅ…と一息ついて席に座ったときだった
いつもなら机の中に必ず入れてあるペンケースがどこにも見当たらないことに気がついた
毎日見る、毎日触る、ぺったんこのフラット型の…ウサギのようなふさふさした生地が特徴的なペンケース
なにより絵柄が水玉模様なので一目でわかる
ベースは黒に近い紺色、水玉のところだけ白色になっていて、雑貨屋さんで見つけたときに一目惚れで購入してしまったちょっとお気に入りのペンケース
机の中にもカバンの中にもやっぱり見当たらない
「ねぇ灯? 私のペンケース知らない?」
前で着替えていた灯にも聞いてみる
「ぇ? 知らないー なんで?、…無くしちゃったの?」
「ぅーん…わかんなぃ …ぁ、でも5時間目のときに向こうに置いてきちゃったのかも 」
机の周りをごそごそ探していた私は灯と話していて、ふとそう思った…
「灯、ちょっと探してくるね 」
「ホールルームには帰っておいでね~ 」
灯にそう言い残して私は一人一階の生物室に向かった
(まだこっちは授業中なのかなー)
生物室の前には着いたものの電気はまだ点いたままで
近付いてみると中から先生の声がしたため、やっぱりまだ授業中らしい
(ぅーん、…ちょっとだけ待ってみようかな )
……………
…………