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第7話

……………

………


「ぁ、あのね…ひより? ……私…ね? 」


空気が重い…、怖くてひよりの顔をまともに見ることができなぃ

ひよりの顔を見てしまったら…、どんな顔をして泣いてしまうかもわからない…、喉元まで押し寄せている胸を締め付ける痛みに震えた声を…ぐっと必死に必死に押し殺す


もしひよりに私の秘密がばれてしまえば、警察に見つかってしまう可能性だって大きい…

そしてなにより、もし通り魔と同じような力が私にもあることをひよりが知ったとき、ひよりは改めて友達でいてくれるのだろうか…

今日できたばかりの友達が、こんな私を簡単に受け入れて…にっこり笑って抱きしめてくれるのだろうか…

あらゆる不安と暗い考えが私の喉の奥に詰まり、渇ききった口の中はざらざらになる


「その…ごめんなさぃ…」

何で謝っているんだろう…私


「……… 」

ひよりはそれに何も言うわけでもなく、何も語るわけでもなかった

ひよりは今、どんな顔で私のことを見つめているのだろう…


しかし、私は次の瞬間、ひよりの行動に驚いてしまった

なぜなら…ひよりは、その細い腕でスッと私の頭を撫でてくれたからである


「…冷たいね 」


「……っっ」

自分の頭の上を何度も優しく往復しているひよりの手の温もりがじんわりと伝わってくる…

予想外のことに私は今度は恐怖感とは真逆の理由で声が出なかった


「ゆりちゃん…ごめんなさい」

そっと私の頭を撫でていたひよりはそう呟いた

「…どうして、ひよりが謝るの…? 」

「だって…あのとき、お昼に一回だけ私がゆりちゃんの頭を撫でたとき、ゆりちゃんが…人の身体とは思えないほど冷たくて、だからつい気になってしまって、聞いてしまって」

「…でも、ゆりちゃんが今、そこまで怯えるほど震えているっていうことは、やっぱりこれには触れてほしくないような秘密が…あるんだよね 」


「………ぅん…」

私は俯いたまま…そう小さく頷いた


…違ったんだ


ひよりのさっき言った「その体温…どうしたんですか…? 」という本当の真意は、疑問や偏見などではなく、心配や気遣いに対しての問いかけだったんだ

…今日できた友達を信用できていなかったのはひよりなんかじゃない、私のほうだった…

(馬鹿だなぁ… 私… )


「灯ちゃんみたいに察っして気付かない振りみたいな気の利いた配慮もできなくて、本当にごめんなさい」

…そっか、そうだ、…灯はそうだったんだ

(にぶいなぁ… 私…)

ひよりは何にも謝る理由なんてない…、なのにひよりは何度もその正直な「ごめんなさい」を私に向けて連呼してくれた


表に見せない隠れた優しさが灯の優しさなら、ひよりはその素直な優しさこそが良さなのかもしれない

上手く言葉に表せないけれど

確かなことは、今胸に感じる…この心の温かさがそのまま答えでよさそうだ…


……………

夕暮れの空はだんだんと遠く遠くの空に沈み込んでいく

秋の風に吹かれまた今日という一日も流れて去っていくこの道

私とひよりが静かに腰掛けるその古いベンチの前の道には、自転車に二人乗りをした高校生のカップルや、買い物の帰りなのだろうか大きなビニール袋を手に微笑みながら歩いてゆく若い夫婦や、家への帰り道の途中なのだろうか賑やかな子供たちが走りながら通り過ぎていく

その道の下の川辺の芝生や土手に続く雑草が生えかけている階段の辺りにはせわしなく飛んでいるトンボたちの姿が見える

なぜかその当たり前の光景が今の私の心にはじーんと染みる…


「ひより …私もひとつだけ質問してもいい? 」

そんな風景を見ていて、とっさに私もひとつだけひよりに気になっていたことを質問したくなってしまった

「はい 」

「…どうして こんな暑い日にひよりはカーディガンを着ているの? 」

私が、なにより気になっていたことだった


………

「そうだね、……ゆりちゃんになら…話しても大丈夫かな 」

(……?? )


………

……

「これはね 私が去年…中学三年生のときの夏休みのときのお話 」

そう言ってひよりは話し始めた

「もう夏休みが間近まで迫っていた時期、私は学校の帰り道で運悪く通り雨に当たっちゃってね、制服もビショビショになって歩いているときだった

本当に偶然だったのかもしれないけど、後ろからカーディガンをそっと私にかけてくれた人がいてね

向こうは自分がビショビショになって地肌が透けちゃうほどずぶ濡れになることもお構いなしに、私に笑顔でカーディガンをかけてくれたの

びっくりもしたけど、それよりもその人が私と同じ学校の男子だったことのほうに驚いてしまって

それがこの人と出会った瞬間だった…

私たちはそのことがきっかけで仲良くなった

夏休みに入って私たちは毎日のように遊ぶようになって、夏休みも終わりに近づいた日だった

私は、…ちょうどこの川沿いの道で告白された

私も好きになりかけてたし、私たちはすんなり付き合うことになった


楽しかった、毎日一緒にいて今までの毎日とは比べものにならないほど楽しかった

けれどある日、本当に幼かった私たちは浅はかな知恵と勢いでホテルに入ってしまってね…


…ゆりちゃん…ごめんなさい、そこであったことだけは省かせね…、どうしても、今でも口にして言えないの…

でも私は、それ以来…その男子とは関係を絶ってしまった

どうしても…

そこからは…苦しくて息もできないほど、毎晩は孤独との戦いだった…、幸せだった日々は、一変して悲しみが絶えない日々へと変わってしまった

…もう抱きしめてもらうことも、もう横で笑うことも、もう顔を見ることも、もう名前を呼ぶことさえもできない…、心を繋ぎとめておくものは何一つもなくなっていた…

それがどんなに辛いものか…


そして私は、それ以来過度の接触過敏になってしまった

私の場合の接触過敏っていうのはね、他人に少しでも触れることだけでパニックを起こしてしまう症状で

病院にも通ってみた、けれど一向によくはならなかった

それも含めた理由で私は女子校に入学した

それでも今ではさっきみたいにゆりちゃんの頭だって自分から撫でられるほどに改善はしたのだけれど、だけどやっぱり今でもいきなり相手から触られるとパニックになってしまうときがあるの

…そして結果、唯一私に残ったもの、それがこの始まりのカーディガン

あの人にはもう会えない…

自分から拒絶したはずなのだから

でも唯一残ったこのサイズの合っていないぶかぶかのカーディガンを捨てることは…どうしてもできなくて、…今では接触の危険からこれに守られているような気がして、おかしい話だよね…


それでもあの人に会ってしまったことを後悔はしていない

むしろ大切なものをたくさん、楽しかった日々をたくさんいただけたことに感謝している

私がただ一つ今でも後悔していることは…あのあと怖くて逃げ出してしまった中三の私に対してだけ

もしあの日、勇気を持って走り出せた自分がいたなら、今の私もまた少し違った世界を見れていたのかもしれない


ちなみに…そのときに私の気持ちを前向きにさせてくれたのが、その当時偶然ラジオで聞いたBUMP OF CHICKENの曲だったの

そして女子校で友達を作ることが怖くて一人ぼっちだった私にできた唯一の友達が灯ちゃんだった

そして今日、こんな私にも二人目の友達ができた、ゆりちゃんに出会えた

挫折した世界に生きているはずの今の私は、どうしてだろうね

…そんなに気分は悪くないんだよね 」


…………

長い時間話していたひよりはそう言い終えると、空を見上げた


…………

この人は…同じだ


去年の同じ時期に私とは違う痛みを抱えて生きている

…私もいつか、この人のように今のこの痛みを思い出話のように空を見ながら他人に語れる日が来るのだろうか…

話しを終えて、空を見上げていたひよりの顔はなぜか私には輝いて見えた


「…ありがとう 」

最後にひよりはそう呟いた

その恋人だった人に向けてなのか、昔の自分に向けてなのか、灯や私に向けてなのか、…誰かに向けた言葉を呟いた


その後、…私もひよりに今抱えている痛みのことを勇気を振り絞って全てを語った…

通り魔とのこと、二つの代償のこと

途中、涙がこぼれそうになった私はひよりとは違って途切れ途切れでしか言うことができなかった…

その間、ひよりはただ私の頭をずっと撫でてくれた


お互いそのあとは、励ましや感想を述べることなく、でもそれでも言葉の外側で伝えれたことはきっとお互いに感じれたはず


今日はそのままお互い手を大きく振りながら別れた

「また明日ねっ 」

…今の私たちにはきっと魔法のこの言葉を使いながら



…………

………

……


そして今日は、私は綺麗なほど早く眠りにつくことができた…


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