第5話
-9月2日-(火)-
「…ふぁ~ もう朝… 」
昨日一日の出来事が嘘かのように、また何事もなかったかように始まる朝
…少し目が痛ぃ…
(……そうだった 昨日は…確か泣いちゃって、それで…そのまま )
ベットからのろのろと起き上がり、昨日のことを思い出しながら鏡の前に立って自分の顔を見てみる、鏡に映る私の顔は微かに充血した目をしていた…
それだけで昨日どれだけのことがあったのかを物語っていた…
(はぁ… )
(もう…しっかりしよぅ、こんなこと悩んでうじうじしていてもしょうがないし…)
充血した目にそっと指で上からなぞる…
(昨日あれだけおもいっきり泣いたんだから、…もうちゃんとしよぅ)
そう自分に言い聞かせて、半分無理矢理気分をリセットしていつもどうり学校へ行く支度を始める
結局昨日は、お風呂も入らず制服のまま寝てしまったせいで…身体も髪も少し汗っぽい
軽くシャワーを済ませてドライヤーで髪を乾かす
さっぱりした身体の上に新しいブラウスを腕に通し、また制服を着なおす
朝ごはんは適当にパンで済ませて、携帯の時計を確認する…7時45分
(気分一新してまた今日もがんばろぅ)
昨日のことを打ち消すようにそう心の中で自分に言い聞かせて家のドアを開ける
いつものように歩きながら空を見上げていると、髪がなびき、それと同時に首筋に気持ちのいい風が通り過ぎていく
「~♪ 気持ちぃぃ風~ 」
もう9月だというのに今日は朝から真夏日のような天気だった
太陽が味方をしてくれているかのような眩しいほどの日差し、雲一つない青空には悠々と渡る白い飛行機がひとつ、その後に直線上に真っ白な飛行機曇が描かれてゆく
何も変わらない穏やかな街並み、いつものように通学路をのんびり歩くと視界の両脇には青々とした緑が広がり、残暑の今日の朝はそんな風景に包み込まれていた
学校の近くに生えているひまわりも、その大きな黄色い花をゆらゆらと風とともに揺らしている
そんな風景を見ているだけで、…さっきまで一緒にいた憂鬱な私の心は風とともに青い青い空の中へと消えてゆく気がした
そんなことを考えながらいつものように学校に着く
二階へ上がり、相変わらずまた教室のドアの前に立つ…が、しかし、昨日のように…そーっと開けることができなぃ
灯からの昨日のメールの文章がとっさに頭の中に蘇る…
このドアを開けた後の灯の反応を少し不安に思う…
(抱きしめて…くれるのかな…)
一瞬そう思いつつも教室のドアを開ける
…………
…たったった、ガバッ!
「ゆり~ おはよーっ」
「…!? 灯…おはよぅ 」
(よかった…っ、私が思うほど、あんまり…気にする必要なかった…のかな )
灯はいつもとなんら変わらない灯のままで接してくれた、内心…灯だって気付いているはずなのに…、そう思ってしまうが、それでも灯がこうやって普段のようにいじってくれることが、…私なんかよりずっと大人なんだって実感してしまう…
「ゆりは今日もひんやりしてて気持ちいいね~♪ すりすり… 」
「しかたないでしょ 体温……低いんだから…っ 」
本当に…ありがとう、灯…
「こうゆう暑い日は、ゆりはあたしだけの特製ひんやり抱き枕だね~♪ 」
…抱きしめられたまま話しは進められる
「ぁ そういえばね、ゆりと一緒に行こうねって言ってたBUMPのライブチケットだけど…実は…」
ビクッ…っとする
「ぇ…っ もしかして取れなかったの…??」
「いやぁ…実はね、その…BUMPの10月2日のライブチケット、イープラスでパソコンと携帯の両方で掛け持ちで予約したら、…まさか両方二組、計四人分も取れちゃって… 」
「…ぇーっ!? もぅ…ばかじゃないの… …やっぱり 」
「やっぱりってどうゆう意味っ!? 」
もぅ…やっぱり、灯は…大人なんかじゃなかった
「で、でね…ゆり? 実はあたしが前に委員会で一緒で知り合った子が同じBUMPファンでね、それで…もしゆりが嫌じゃなかったら、…一緒に誘っちゃだめかなぁ…なんて」
「ぅーん…… 」
(…ちょっと不安だった 私は昔から人見知りで… 現に今も灯以外の友達もいなぃ、…でも…、まぁ、その灯の友達なら… )
「ぅん… 多分平気 」
「本当っ!? 」
「多分…だけど… 」
「よかったぁ♪ ありがとうゆりっ じゃぁ、適当にあとでお昼ご飯のときとか誘ってくるねー 」
「ぁ…ぅん わかった 」
(灯もあんまり友達が多いってほうじゃないし、あの灯の友達なら…多分 )
…………
-4時間目-授業 -生物-
生物の授業は1階の小汚い生物室で授業をするが…、小汚いのはまだ我慢できるものの、その独特の臭いは相変わらず苦手でしょうがなぃ
何やらつまらない生物関連のビデオが流れているけれど、私には正直、灯のその友達のことが朝から気になっていてそれどころではなかった…
(ん…? )
ふと自分の座っている机を見ると、シャーペンで小さく書かれた落書きを発見する
やっぱりほかにここに座っていた違う誰かも退屈だと思っていたのだろうか…、そう思うと何だか少し妙に親近感に近いものを感じてしまう
その落書きをよく目を凝らして見ると…
(…文章…? )
本当に小さな字で書かれていた文章…
「誰か…助けてくださぃ 」
…!?!?
(…どういう意味だろぅ)
どういう理由から分からないけれど、ただ私の机にはぽつんと一言、そう書かれていた…
(いつの落書きなんだろぅ…)
先輩の人が適当に書いたのだろうか…
なにがどうあれ、もしかしたら次の生物の授業のときには返信が来てるかもしれない、…そんなちょっとした期待感と暇つぶしの気持ちで私もその落書きの下に落書きをする
「大丈夫ですか? 」
そう書いておいた…
4時間の生物の授業が終わってクラスに帰ってくると、すでにそこには本当に灯が朝言っていた子を連れて来ていた…っ
「ゆりーっ 呼んできたよ~♪ 」
私は一目見て…驚いた
…とても私や灯やほかの子と同い年とは思えないほど大人っぽくて綺麗な人だった…
背は灯と同じくらいで、可愛い…というよりは綺麗、と言うべきだろうか
灯のふわっとした柔らかくて明るい栗色とは対照的で…
私と同じ…いや多分それ以上の長さがある黒髪は、私のような…チョコレート色ではなく、本当に美しい清潔感のある真っ黒な綺麗な黒髪で
目が悪いのか黒ぶちの眼鏡をかけていて
しかし何より印象的だったのは、…こんな真夏日のお昼にも関わらず、この人が紺色のカーディガンを羽織っていたこと
…体温が30℃の私ですら今日は暑いと感じるのに…
そのちょっとだけぶかぶかなカーディガンの袖から見え隠れしているちょこんとした指先がかわいらしく思う
…本来なら冬に着るべきカーディガンをこんな真夏日に着ていたこと
それが印象より先にこの人に疑問に感じたことだった
図書室にいそうな静かな文化系な、でもそれでいて優しそうな目をした清楚な印象…
そんな不思議な印象が、私が初めてこの人に会ったときの第一印象だった






