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第4話

扉一つ開いた…その先

………


「…私を助けてくれたあなたは、凶器ですか…?」

「それとも… 魚の形をした別の何かですか…?」


…小さく震える唇から、微かに発したかも分からないようなこぼれ落ちた問い掛けは…、どんよりとした空間の中に溶け込んでゆく

ほの暗いこの闇の中にひっそり横たわっていた…命の恩人

その前に立ちすくむ私…


まだ震え続ける両手で、ゆっくりとそっとバスタオルに包まれているまぐろに触れる…

(!? 冷たい…っ )

反射的に手を引っ込めてしまう

もう一度ゆっくりまぐろに触れ、縛っていた紐を少しばかりてこずりながら解き、包んでいたバスタオルも剥がす


一年間のホコリを浴びたバスタオルは、確か…水玉模様だったはずなのに、今では洗濯しても元の色には戻らないほどにホコリがこびりついている

まぐろ自体に関しては全くの変化が見られないものの

…季節を通し、湿気によってぼろ雑巾のような布きれになってしまったバスタオルだけが閉じ込めた月日と歳月の重みを感じさせる…


薄暗い押し入れの世界から異常なほど冷たいまぐろを…ザザッと半分引きずりながら抱え出す

…そして、一年ぶりに光のある世界へと放つ


その瞬間、私は初めてまぐろのその明確な色と形を知る

死体…などでは到底なかった…

腹部を中心に全体的にかかる綺麗な銀色は、動かすたびにあらゆる角度で部屋の蛍光灯の光を反射し、宝石のようにキラキラと光っていて

反対に、背や尾びれに染まる青みがかった黒色は、まるで深海の深い暗い重い色のように、見とれてしまうほど綺麗な色をしていた

尾びれは力強い三日月形をしていて、付け根だけが異様に細い

(…きれぃ )

見た第一印象の感想はまずそれだった

「これが…あなたの姿なんだね 」


そんなとき、ふと、まぐろの腹部を見る

(なんだろう…これ )

銀色のまぐろの肌を指でなぞると、何やら小さくマークか目印かバーコードみたいなものが刻まれている

普通のまぐろには絶対ないものである

それをよく目をこらして見ると、パソコンで打ったような黒い字のローマ字で、小さく「Lilys」と刻まれてあることに気付く

「…? …Lilys…?」

(どういう意味だろぅ…)

いったんまぐろを床に置いて、慌てて机に置いてある英和辞典を開く

(…Li…Li、… あったっ!)

………

(ぇーと、なになに…)

……

(っっ… !?!? )

…驚いた…と同時に、ぁぁ…そうか…、そういう意味だったんだ…と納得してしまう


-Lilys-(リリス)

意味は日本語に直すと、-ユリ-

そぅ…私の名前…

何の因果なのだろう


このまぐろの名前なのだろうか、わざわざ「YURI」という私の字ではなく、花の百合を表示しているあたり…、きっとこれは私の名前の意味を含めた、このまぐろの名前なのだろぅ…


「…Lilys(リリス)…」

そう呟いて…、今度はまぐろの尾びれの付け根あたりを右手でぐっと握り、…左手も同時にそっと添えてる

なぜだろぅ…、さっきとは違い、今は全くまぐろの冷たさに痛みを感じない、それどころか気持ちいいくらいにグッと握る掌がしっくりくる


チラッと視線を横にずらすと窓に映る今の自分の姿が見えた


まぐろ…いや、リリスを構えている私の姿は、…まるで大きな刀を構えているかのようだった…

鋭く尖った刃物の先っぽのように銀色に光るリリスのしなやかな身体、力強い印象を与える青い尾びれ…

その身の丈ほどもあるリリスを軽々構えている私の姿…


(………)

確かめるまでもない…その光景を見ただけで私は、何かを斬るや叩くなどの動作をしなくても…分かってしまった

なぜなら…窓に映っている私は、それは間違いなく…‘凶器’を手にしていたのだから


(……同じなんだ… )

結局、私は…、通り魔と同じ力の持ち主だったんだ…


全身から力が抜け、まぐろは手からすっぽ抜け、床にドンッと凄い音をして落ちる…

それと同時に崩れ落ちるかのように、命尽きるように…私はその塲にしゃがみ込んでしまう…


リリスが武器だったからどうということよりも、…今から通り魔として自分が警察に誤認されてしまう不安や恐怖感が…恐ろしくて…

今までこれほどまでに大きな秘密や隠し事なんてほとんどしないで生きてきた私が、ニュースに出るほどの事件の未だに捕まっていない犯人の重大な秘密を知り、それどころかその重大な力をも持っている…

これがどうゆう意味を示すこになるのか

もし通り魔がこれからも捕まらなければ、私は…拳銃を隠し持っていることとほぼ同じ意味を示すことになる…

今まで平和に暮らしてきた私には、この事実があまりにも大きくて辛くて…痛くてしょうがなかった


もう一度…今度はバスタオルも巻かずにリリスを押し入れに乱暴に入れ、ドアを勢いよく閉める


(…はぁ……はぁ)

…私はその塲で…もう一度、俯きしゃがみ込んでしまった


………

……

「ぅ…っっ…ぅ……っ」

一息つき、周りの音がなくなると今度は孤独感がぐっと押し寄せてきて

そして…急にとめどなく…惨めなほどに涙が溢れてきた…


(新学期なのに、何でこんなことしてるんだろぅ…私)

(どこから…後悔すればいいんだろぅ…)


…死んでしまったこと…?

…もう一度生きてしまったこと…?

…通り魔事件が起きてしまったこと…?


(何で…私なんだろぅ…)

…………

「っ…グスッ…ぅっ… もぅ…もぅ…寝よぅ… 」

……もういいや、今日はいろいろとありすぎて疲れた


(早く…寝てしまおう)


部屋の電気を消してベットの上に倒れ込む…

「…っ…ぅ…ヒクッ…」

ぽろぽろと溢れ出る涙が枕を濡らし、自分の頬っぺたに触れて冷たい感触があたる…、目が涙でジンジンする…

だけど…涙は止まりそうになぃ…


……

…………

…30分は経ったのに全く眠れなぃ…、もう何度目とも分からない寝返りを打つ…


その時だった

ヴーッ… ヴーッ… ヴーッ…


…!?!?

いきなり、ベットの隅に置いてあった携帯がマナーモードで鳴る

暗闇の中で手に取った携帯を開くが、画面の光が泣いていた目にしみる…


新着メール一件

そう表示されている画面…


(ぁ …灯… )

灯からだった…


-本文-

「今日さ、後半あんまり元気なかったっぽいけど大丈夫? ^ ^

ちょっといじりすぎちゃったかな?w

悩み事とかなら、この灯さんにいつでも相談してね ^ ^ 」


「…っ…ぁ…灯…っ」

灯 やっぱり…気付いてたんだね…

…ごめんね


…ありがとう…

…うれしくて……言葉にできなぃ…っ


きっと灯はこのことは知らなぃ…

でも、それでも…っ

どうしてだろう… 灯のメールの言葉一言一言が胸にじーんとしみる…

…いつの間にか隙間が開いていたはずの心が満たされて、…恐ろしくて泣いていた心がゆっくりと安心へと変わってゆく…


…ただ、うれしくて…うれしくて…っ


お世辞でも綺麗とは言えない涙でぐちゃぐちゃな顔で灯にメールを送る、…精一杯のただ一言


「ありがとう 灯 」


結局、今日はそこで私は目を閉じた

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