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最終話

今思ってみれば


それはなに特別なことなどない、ただどこにでも広がっている平穏な日常の中での出来事に過ぎないことだったのかもしれない

最初に語ったように

私は去年、中三の夏休みに死んだ

…死んだんだ…


それなのに

私は変わらず今を生きている

ただ一つ

…今まで重ねてきた業の代償なのだろうか

気がつけば…死体のような温もりの持たない身体になって


こんな身体で…本物の友達などできるはずがない…

半年前、桜の咲く季節

冷静に悟ったように無気力にそう思ってこの女子高に入学してきた

しかしそんな考えを一瞬にして忘れ去らせるような、私の中ではビックニュースよりもっと凄い出来事が起こった

それはこの学校に入学してすぐのこと


最後列に座る

人見知りで内気で泣き虫な、どこか冷めたネガティブ思考な私

その前に座る

愛想がよくて元気で陽気な、青春が似合いそうなポジティブ思考な灯


全く対象的なふたりは何のへんてつもない日常の中で出会った

表では、けなげにいつも一緒に笑ってきたふたり

しかし、裏では15歳にして深い痛みを背負ってしまったふたりだった

表面的には親友だったふたりには、それ故にこそ絶対に知られてはいけない秘密があった


けれどお互いが仲良くなればなるほど、その裏の顔も相手にじわりじわりと近づいていった


そして今日、9月6日

双方の痛みを引き出して交わったとき、涙が溢れて途方に暮れたとき

ふたりを救済へと差し延べたものもまた、双方の痛みだった

痛みなくして人の痛みを知ることはできない

痛みなくして幸せを知ることはできない

痛みがあるから幸せというものを感じ

孤独をかいま見たからこそ、そこにいる仲間というものも大切しようと思える


それは紛れも無い

私が経験した、この短くて長かった突拍子もなく流れていった一週間というありふれた何不思議となくあり続けた日常の中で得た

ほんの小さな奇跡みたいな出来事だった

痛みは私を傷つけ、泣かせ、苦しめようともする


けれど、その痛みで私は

案外笑うこともできるらしい


そしてそれは、ひとつの真実へと繋がった


………

……


私の胸で泣きじゃくっていた灯も今はようやく落ち着き

ふたりはベンチで肩を寄り添い合って座っていた


「ねぇ ゆり? 」

「なに? 」

「さっきのあれって その…あたしと付き合ってくれるってことでオッケーなのか? 」

「ぇっ!? ぁ ぁっと…それはその…… ごめん 」


落ち着いたと思った矢先、さっきまであんなに泣いて弱々しい姿だったなんて思えないほど平然としたいつもの灯がそこにはいた


「むーっ なんだよ… さっき‘ずっと一緒だよ灯’なんてあたしに言ったくせに 」

「ぃ、いや それはなんていうか その …ぅぅ だって…」

「だって?? だってなんさ? 」

(ぅー こいつ、すっかり攻めキャラに戻ってるし…っ )

というより、痛みを隠さなくなった分 前よりひどぃ気がする


「だ、だって私 今まで恋愛とかには無関係だったし いきなり…それで それもまさか灯に愛の告白なんてされるなんて思ってもみなかったし 」


けれど、灯の顔をまじまじと見ると前とは違いなぜか意識してしまう

久しぶりに見れた灯のうれしそうにくしゃっと笑う大好きな笑顔

ぴょこんと外ハネした栗色の柔らかいショートボブの髪

まだ少しだけ腫れた綺麗な瞳

ちょっとだけ甲高い子供みたいな声も、柔らかい灯の安心する匂いも

全部ずっと今まで私に好意を寄せてきたんだと思うと、どうしても無性にドキッとしてしまう

(灯は今までずっとこんな気持ちだったのかな )

そう思うと自分でもわかるくらいに頬っぺたが染まっていく


「あれぇー? ゆり照れてんのー?? ニヤリッ」

「ぅ、うるさぃっ// 」

灯はうれしそうにからかうような声でそう言うと、私のほうに上半身だけ覆いかぶさるように、まるで甘えるようにぎゅーっと身体を寄せてきた


「ゆりぃ…可愛いよぅ~ すりすり」

「…っ/// 」

灯の顔が近すぎて息がかかるのがわかる

視線が離せないっ//、まさにゼロ距離


「…な、何て言うか 同性との恋愛ってひよりが読むような漫画の中のだけのようなことだって思ってたりしてたから その…// 」

恥ずかしくてまともに目の前の灯の顔が見られない自分がいた

「やっぱり ゆりはひよりのほうが好きなのかぁ…ぅぅ 」

「ち、違うよっ どうしてそういうことになるのっ 」

ひよりの名前を出しただけで私の胸でちょっとだけシュンといじけてる灯にまたドキッとしてしまう

(可愛ぃ…かも )


なんだろう、友達としてではなくこういう新しい灯の一面を見ると、ついいじりたくなってしまう

(たぶん、いつもの灯もこういう気持ちなのかな )


「なら キスしてー 」

「っ!!? 」

シュンとしていたと思うと、今度は灯はさらにぐいっと私に覆いかぶさって顔を突き出して目を閉じてきた

「だ、だめだよっ// それは…さすがにできなぃから// 」


「どうしてー?? 今ならこの灯様をゆりだけが好き勝手してもいいんだぉー? 」

「そ、そんなこと… できないよぅ// 」

ちょっとだけ喜びそうになってしまった自分がいた


「むーっ  …だったら 」


「だったら?? 」

今度はまた何かひらめいたようにゼロ距離でぎゅっと寄せていた身体をいきなりガバッと離れたと思うと

「だったらあたしはゆりに交換条件を主張するっ! 」


「交換…条件?? 」

落ち着いたと思ったら、この子はまたいきなり何を言い出すんだろう


「そうっ 交換条件! 」

「ゆりやあたしをこんなに泣かせた原因 この街のどっかにいる通り魔をあたしが捕まえてやんよーっ♪ 」

「…??? ぇっと なんの話し?? 」


「だからっ ゆりの悩みの通り魔を捕まえる変わりに、もしホントに捕まえれたらお礼にあたしと付き合ってー♪ 」

「ぃ、ぃや なんかもう言ってることがめちゃくちゃだけど

それこそ無理だよ …そんなの… 」

「ふぇ? どうして?? やっぱり…やっぱり…そんなにあたしと付き合いたくないのか…?? …ウルウル 」

「それは…そうじゃなぃ というかそっちじゃなくてっ// 」


「通り魔捕まえちゃうぞ作戦のほう? 」

「そう そっちっ …たかが灯みたいな女子高生一人がただでさえ今 何十人と警察が追っている通り魔を捕まえることなんてできるはずないじゃん」


「誰があたし一人だなんて言った? 」

「…??? 」

「あたしには頼もしい仲間が三人もいるんだぉーっ 」

「三人って…?? 」

「ひよりにぃー 有珠にぃー 」

「あれ…もう一人は? 」

「なに言ってるんさ もちろん ゆりしかいないでしょー 」


(……… )

「…ぁの灯さん…これ 交換条件じゃなくないですか? 」

「ぇー でも捕まえればゆりがもうビクビクしなくて済むし、その身体を治す方法もわかるかもしれないんだよー? 」

「それは そうかもだけど」


「それにさ… 」

「それに?? 」

灯のふざけた声のトーンがいきなり真剣なときの声に変わる…


「なんだか 今なら負けない気がするんだ… このままはったりや夢じゃなくて、めっちゃ手を伸ばせば届きそうな気がするんだよね 」

「…?? 」

「あたしたちはこのままなら…この街に負けたままな気がするから 」

…負け、確かに私たちはそうかもしれなぃ


「だから 全部この街もひっちゃか散らかして巻き込んで一発やってみようよっ 」

「…全部? 」

「ゆりはこのまま逃げてていいの? もしゆりがこのままビクビクしながら実際に捕まったときに後悔しない? 」

「傷つくことなんか恐れてたら この先ゆりはなんにも勝てないよ? 」

「勝つとかは別に… 」

どうせまた灯の勢いだけのはったり事だと思っていた


「あたしたちは敗者だよ… でも今からでもそれは絶対変えることのできる、でもそれは誰もは味わえない滅多にない今しかないチャンスなんだよ? 」

「チャンス…なのかなぁ」

「人の勝ち負けは負けた者が負けで終わらないから… どれだけの挫折や情けなくてぶざまな人間でも 」

「ぅん… 」

「その先を どれだけ早く起き上がって行動できるか、どれだけあがいて歯を食いしばって抵抗してみせるか、本当の勝者と敗者の違いだとあたしはそこだと思う 」

どうしてこの子はこんなに今を必死になっているんだろう…


「あたしたちは…負けてないっ これからあがけば勝てるってあたしは信じてるっ 」


「だからさっ! この街にっ」


「“世界一の悪あがきで逆らおうよ”」


…っ!


わからなぃ

ただ灯が私に向けたその言葉には本当に灯なら変えてくれそうな

強いなにかがあった気がした

冷めていた心を撃ち破るようにビビッと伝わる衝動


こんな生活を、本当に変えれそうな何かがあった


新たな世界の入口が間近に迫っているような気がした


「…わかった 私も参加する 」

不安のほうが圧倒的に大きい

けれど、それより今は今を仲間と変えてみたいと、ささやかにこの胸に何かワクワクするような期待に近いなにかが身体を震わせていた


「ぅん♪ ぁ、それでー 交換条件だから 」

「ぁっ… ぅん 」

「もし捕まえたら あたしと付き合ってほしぃっ それと…キスも…してほしぃっ♪ 」


「わ、わかった もし捕まえれたら…ねっ// 」


「よっしゃーっ やってやんよー!! 」


( …ビクッ!? )

そう言っていきなり灯は立ち上がると

天高く腕を掲げ、夜空へと高らかに声を響き渡らせた


(灯なら本当に叶えてしまぃそうで怖ぃ )


「恋も青春も遊びも 全部勝ち取ってやるー 」

「ぇっと ぅん 」


「よし じゃぁ誓いの証に指切りしよー 」

「指切り…? なんか子供みたいだね 」

私は立ち上がった灯に小指を差し出した

「ノンノン ゆり君 違うんさー 小指の指切りは子供のときまでっ 」

「ぇっと… 」

私は首を傾げた

目の前の灯はなぜか薬指を差し出していたからである


「あのにぇー 指切りはにぇ 」

『 親指の指きりは‘男の誓い’

人差し指の指きりは‘秘密を守る’‘また会う日まで’‘友情の証’

中指の指きりは‘絶対裏切らない’

薬指の指きりは‘永遠の誓い’‘愛の誓い’

小指の指きりは‘小さな約束’』

「って言うんさ♪ だからあたしたちは薬指で指切りっ♪」

「へぇー なんか初めて知ったかも… 」


子供のころにやった小指同士の指切りや掛け声はなく


ただ二人 夏の夜空の下、静かに薬指を強く結んだ


このとき、始めて私は青春というものに憧れを抱いた


これから始まる、私たちの戦いへ

これから始まる、私の…私たちの


    ‘弱者の反撃へ’


淡い期待と不安の混ざった気持ち

私たちの少し遅いこれから始まる夏


「んじゃ もうめっちゃ夜だしそろそろ帰ろっかぁ 痛みの同士に依存しあい平和と陽気を奏でる、あたしらのあの空間へー♪ 」


「そうだねっ 」


「ひよりと有珠のことだから どうせまだあの教室で待ってるかもだしにぇー 」

「そういえば灯? 」

「なんらー?? 」

「灯が通り魔を捕まえるの、ひよりや有珠ちゃんも仲間だって言ってたけど二人には了解済みなの??」

「ぅぅん 全然っ だって今さっき思いつきでゆりに話したんだし♪ 」

「ぇっと…それって二人は承諾してくれるのかなぁ… 」

「絶対大丈夫っ あの二人ならっ 」

「…根拠は? 」

「現にこうしてあたしらを助けようとしてくれたこと 」

「…わかった 」



…………

………


ずっと長い時間座っていたベンチから立って、灯の自転車の後ろの荷台に乗せてもらう

直ぐさま、自転車は夜道へ車輪を前へとゆっくり回し動き始める


遠ざかってゆくお世話になったあの古いベンチに心の中でそっと別れを告げた


学校へと戻る帰り道

自転車のタイヤから伝わる振動とともに、前に自転車を漕ぐ灯の背中の温もりが本当に優しくて

灯に気付かれないようにそっと灯の背中にもたれかかる…



「ゆり 冷たいね… 」

「 ごめん… 」

「ぅぅん でもなんか あったかぃよ… 」



「…ぅん 」


「ありがとう…灯 」


前には、だんだんと学校の校舎が見えてくる

こんな時間、明かりなど点いているはずないと思っていた


けれどふたりの見た光景は


4階の隅の教室だけ蛍光灯の光を教室いっぱいに発し、私たちの自転車からもばっちり見えるほど、星空以上に黄色い光を放っていた教室



それはまるで、ボロボロなふたりの帰りを優しく待っていたかのようなあったかい目印だった




これで まぐろ剣士 1部 は終わりです

続編は書き終わり次第 載せます


読み終わってみて感想など いただけたらうれしいです

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