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第21話

(今 何時頃だろう )

私と灯は静かにベンチに座っていた

辺りには街灯も点き、背後には賑やかな駅前の光が感じられ、日中はまだまだ夏の暑さが続いているのに夜になると気持ちのいい夜風が髪をなびかせてゆく


頭上には雲一つない夏の澄んだ星空が広がってゆく

地上のからっぽでぐちゃぐちゃな街とは違い、今日も空は、言うならばまるで、きらびやかにちりばめたビーズのような、とにかく本当に綺麗な星空が私たちの上には広がっている


空を見ていて、ふと横目で視線を左に向ければ、同じように空を眺めている親友の姿があった

灯の視線は頭上に広がるこの綺麗な蒼い空に吸い込まれるようにそっと注がれている


お互いは同じようにただただ夜空を見上げているだけ


ただいつもと違うのは


灯の右の手の平がそっと私の左の手に添えられていることだけ

そして、いつもよりちょこっとだけお互いの距離が近いだけ


ただそれだけが、いつもとはちょっとだけ違う…

けれどなんだろう、それが今の私には夏の季節のワクワクするような、でもどこかそっとじっとしていたいような

なんだか、そんな不思議な気持ちが夜風とともに胸をじんわりとさせていた


しばらく空を眺めていて、ふと灯が小さく口を開いた


「…この宇宙の中であたしたちみたいな孤独や苦痛や悩みや涙にはどれくらいの価値があるんだろうね 」


「ぅん 」


この未知の宇宙の何億光年と続いた先には、私たちのように孤独を感じ空を想う誰かや

私たちを感じてくれる誰かが同じようにこの空を眺めているのだろうか…

私がもし今 内に秘めている痛みを叫んだのなら、何億光年と超えたその救難信号を、そこにいる誰かは拾ってくれるのだろうか…


お互い視線は空に向けたまま話しを続けた

「ねぇ ゆり? 」

「…なに? 」

「星空って綺麗だけど…なんか切ないよね… うまく言葉にはできないんだけど…」

「ぅん なんとなく灯の言いたいこと わかるよ 」


「…でもさ 」

「?? 」

「あたしたちの生きる地球には万有引力ってのがあるでしょ? 」


「ぇっと… いきなりなんでそんな科学的なこと? 」

いつもふわふわな灯がいきなりそんなものを話しに出したのには少しだけ驚いた


「私はこう思うんだよね… どうして神様は地球を作ったときにそんなめんどくさいものも一緒に作ったのかなーって 」

いきなりの灯の難しい質問に私は首を傾げた

「ぅーん… 天文学者じゃないし科学者でもなぃし …灯はどうして?? 」


「あたしは それはきっと たぶん…この広い狭い地球の中で誰一人… 独りぼっちで悲しまないように、すべての物体がお互いを引き合うような力なんかを神様は作ってくれたのかなって思うんだよね 」


‘この世界で誰一人 独りぼっちで悲しまないように’


それはまさしく灯らしい考え方だった

「ちょっと…くさかったかもねっっ 」

「ぅぅん 私はその考え方好きだよ 」

「なははっ ありがとぅさー 」


…………

それから一変、灯は声のトーンを急に変えて独り言のように呟いた

「 …でも本当にいつか 心の底からこの空を綺麗だなって、生きててよかったって、そんなふうに思えるようになりたいな…」

「…ぅん そうだね 」


…………

………

穏やかな夜風と重ねられた灯の手の平から伝わる温もりだけが私たちの時間の中を流れていた

「そういえばなんだけどさ… 」

「…ん? 」

「さっき… その…ゆりに大好きだって言ったじゃん? 」

「ぅん 」

「ぁー …で、ぇっと… 」

「…?? 」

お互い視線は相変わらず夜空に向いたまま

けれど、どことなく急に不思議な空気が流れ始める


………

「ゆり? 」

「なに? 」

「ぁ…これ聞いても気持ち悪いとか思わなぃ…? 」

「内容によるけど灯ならたぶん大丈夫 」

「……本当に? 」

「ぅん 」

「 …じゃぁ… 」


(なんだろぅ )

目で見ずとも隣で灯が珍しくそわそわしているのがわかる


…………

長い長いための後に灯が口を開いた


………

「ゆりごめん あたしね… 実は夏休み前からずっと…好きな人がいるんだ… 」


(…!!? )

灯は悲しそうな声でそう呟いた…


「…そぅ…なんだ 」

「…ぅん 」


それほど驚きはしなかった、それよりもショックな気持ちのほうが大きかったから

やっぱり私にさっき言った大好きは友達としての好きだったのだと…

そして、灯に男子との接点があったことが…なぜか私の胸を苦しめた


けれど親友として大切な灯の恋愛相談に乗ってあげらずにはいられなかった


「灯の…その好きな人?はどんな人なの? 」

「その人はね いつもどこか寂しそうで でもそれなのに誰かが傷ついているときは自分のことなんか忘れちゃうくらい優しい人なんだ… 」

「不器用で実はとっても泣き虫で だからなのかな… そばにいるとついお世話してあげたくなっちゃって…」


「灯はそういうのはほっとけないもんね 」

…もう、仲もいいんだね


「本当に…あたしは1学期くらいからずっとその人のこと大好きで… でも決してその想いはその人には伝えることなんかできないんだ…っ 」


「ぇっと どうして…? 」

灯の声が震えているのがわかる


「…だって 」


「だってその人は…‘異性じゃないから’…っ 」

「……?? 」


「ぇっと…それって 」

つまりそれは


「そうだよ… あたしは自分が女なのにも関わらず女の子を好きになった気持ち悪い女で…」


「好きになられてしまったその不幸な女の子は 」


「正真正銘…‘ゆり…’だよ 」


「……!!? 」

血の気が一気に引くような衝撃が身体を駆け巡った

首筋を冷たい嫌な汗が流れる…

空を見続けていた視線もばっと灯のほうに向ける

私には、灯がなにを言っているのか一瞬理解できなかった


「…ぁ…灯? 」

隣にいた灯はうっすら目を潤ませて座っていた


「毎朝…ゆりを抱きしめるときはいつも本当に幸せで ずっとぎゅってゆりを抱きしめていたくて 」

「けど…それは決して恋人でも恋愛でもなくて 毎朝変わらずゆりは親友で…っ 」

「ゆりに会えて、一緒に笑える日々は…本当によかった うれしくてうれしくて…っ 本当に言葉にできないくらいうれしかった 」


「でも…ごめんね あたし…いつの間にかこんなになっちゃってた……」


「灯… 」

嘘や冗談ではなく

それは…本当に優しい優しい灯のずっと隠していた真実だった

「今日までずっと親友…に無理矢理なってみたけど でもだめだった …あたしはゆりのことが好きで」

「ふと思うといつもゆりのことばっかり想っちゃって…」


「ゆりにお弁当作ってあげたり、ゆりと一緒に手も繋いだり、、ゆりと一緒にデートしたり…っ」

「授業中も後ろにいるゆりからはどんなふうに自分は見えてるのか…一人でドキドキしたり 」


…………

「馬鹿だよね…気持ち悪いよね…っ どれだけその先のふたりを想像しても叶えられるわけなんて…ないのにさ…っ」


………

今にも涙が溢れそうな瞳や震えながら喋る唇からは、次々と紛れも無い私を想う気持ちが溢れ出していた

それは、ずっと…

ずっとずっと長い間、灯が心の奥底に秘めていた、純粋な少女としての恋心だった


毎日恋を想って触れる灯と、毎日変わりないただの親友だと思って触れられていた私と


(灯…ごめんね )

しかし、あまりに受け止めるには大きな出来事に言葉にはできない

言い方は酷いかもしれないけど、私は灯のことをそんなふうに思ったことは今まで一度もなかったから…


だから、こういうどうすればいいのかも私にはわからなかった

残酷なまでに打ち付けられた真実…

もう目の前の少女はただの親友ではなくなってしまった


…………

………


けれど

けれど、だからといってずっとずっと今まで長い間一緒に笑ってきた大切な友達を簡単に切り捨てられるほど自分は弱い人間でもなかった


本当の灯の痛みとは


‘親友を好きになってしまったこと’


だとしたら今私がすべきことは簡単だった


私は涙を必死に堪える強がりな灯の肩にそっと手をやった

そして、そのまま…私より少しだけ大きなその身体を精一杯優しくぎゅっと抱きしめた

(これが灯の言う‘万有引力’なのかな )


「…っ …ゆり!? 」


「気持ち悪いわけないよ? 灯 」

「私のほうこそ 気付いてあげれなくてごめんね… 」


「…ぅ…っ…っ 」

今まで我慢していたのだろうか、まるで灯は子供のように私の胸の中で泣きじゃくった

灯の手は私の腕を強くにぎりしめていた、ブラウスもくしゃくしゃになり、胸にかかる灯の息や涙をすする声が星空の下、小さなベンチに静かに響く


さっきとはまるで逆の立場になって…


「…っ…ぅ ……ぁ…っ 」

「もう我慢しなくても大丈夫だから …もうどこにも行かないから 」

灯の身体は、どれだけの痛みを堪えてきたのだろぅ

もしかしたら、私やひよりや有珠ちゃんの痛みよりも遥かに大きかったのかもしれない


………

……


初めて知った親友の想いに、私も堪らず涸れたはずの涙が溢れ出しそうになっていた


しかし、私が今ここで泣いてしまってはいけない

(灯を受け止めてあげられるのは私だけだから… )

そう心に強く語り掛けて溢れ出しそうになっていたものをこらえる

そして私は灯にただ一つだけ本当に短い自分なりの言葉を伝えた


本当にありきたりの言葉


「これからも‘ずっと一緒だよ 灯’」


ありきたりで、心の底から発した決して生涯忘れることのない

本当に大切な言葉だった…

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