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第19話

一つの大切な決意を胸に

私は毎日通うこの生徒玄関を力強く踏み出した


校庭に出た瞬間、頭上に広大に広がる邪魔するものは何もない雨上がりの夏空がこんなにも眩しく私の身体を包むこむ


(どうしてだろぅ )

子供のころに無くした…忘れたようなワクワクした懐かしいような優しい気持ちがじわっと胸いっぱいに広がってゆく


(…不思議 )

5分前まであんなに教室では、あの日食い違えてしまった親友を不安にも追いかけようとしていたはずなのに


不思議と今はなにも怖くない

不思議と今は

この空を見ると心なしか今日中に答えが出そうな

なんだか、そんな気がして一人で笑みがこぼれそうになっている自分がいる


残暑溢れる景色

この空いっぱいに広がる澄んだ青い空も、清々しく眩しいキラキラしたオレンジ色の太陽も、空に舞うもくもくしたわたあめみたいな入道曇も

そしてこの雨上がり独特の夏の匂いも

全部が全部、私の味方をしてくれているようで

真っ白なブラウスの襟を夏のそよ風に乗せて眩しく光りが横切ってゆく

ほんのちょっとだけ立ち止まり、もう一度だけこの懐かしい匂いを息いっぱいに吸い込んで深呼吸をする


そして

また私は慌ただしく走り出すっ

ガタガタのちぐはぐな慣れない足音にたった一つの想いだけをこの胸に抱きしめて…

私は今、疲れることも忘れて夢中でこの夏風に吹かれている

朝から続いた雨に校庭の土はぐしゃぐしゃにぬかるみ

しかしそれでも、ローファーにへばり付く泥など気にすることなく、大きな水溜まりは勢いよく水しぶきを跳ね上げて私はひた走っていた


「はぁ…っ はぁ…っ 」

ふと見上げた白昼の空に浮かぶ気まぐれな雲に、おもしろいくらいに君の顔が浮かぶよ


校庭の回りを見渡せば

隅では雨の雫をまとった雑草が日に照らされて水玉を宝石のように小さくキラキラと輝かせ

陰ろうの中で花は涼み、学校の目の前の小さなひまわり畑はきれいに初々しい黄色に咲き誇る

そんな風景を感じながら、私は校門の前に着いた

「はぁ…っ はぁ…っ 」

全力疾走の連続でさすがに息が苦しぃ…

足元からはアスファルトが太陽の日光を私に照り返し、ビルの間からは風の声が吹き抜ける


(…どっちだろう )

私は校庭の前で足踏みをしていた


右か…  左か…


きょどきょどしながらも…

それは、ただの勘だった

私はただ何も考えることなく、やみくもに左の道へと踏み出した

…ただ単に、右の道が自分の家と続く帰り道だったからなのかもしれない…

このまま帰る道なんなんてないっ、そう思った反動なのだろうか

私は左のほうへと思いきって踏み出した

真昼のなに一つ変わらない街で、私は身体から光る汗を弾き、喉を震わせながら

ただ風に全ての答えを委ねて走ってゆく


(灯の行きそうな場所…っ)


そこからはしらみ潰しだった


灯の行きそうなお店、灯の行きそうな所、好きそうな場所、

息をきらしながら駅前周辺以外の灯の行きそうな場所はほとんど回った


…けれど


…………

………

どれだけ走ってみても

大切な親友の姿など、どこにも見当たらなかった


「はぁ…っ はぁ…っっ 」

髪も汗だくになって町中走った

(もう日が暮れる… )

昼下がりに学校を出て、空はもうすっかり茜色に染まり、暮れ始めた

静かな自然と騒がしい町並み、音の絶えない駅前、それを見渡す高い丘、二つのモノが確かに共存する私たちの街

聖蹟桜ヶ丘は、また今日という日を終わろうとしていた


(もしかしたら…家にいるのかなぁ… )

その可能性は考えたくなかった…


信号待ちの間、喉もカラカラになり、少しだけ膝に手をついて足を休める


(どこにいるのかなぁ… 灯…っ)

悔しくて、焦って、辛くて涙がぽろぽろ溢れるそうになる目を必死にごしごし擦って、唇を噛んでごまかして

また強がって必死に踏ん張ろうとする

もうボロボロな身体なくせに、誰より泣き虫なくせに、

また精一杯灯を探そうとしている


信号が青になっても立ち止まったまま、頭の隅々まで意識を集中してもう一度考える


灯の…いそうな場所

今の灯が行きたいと思う場所

………

わかるはず…ずっと一緒に笑ってきた私なら…っ


それが、有珠ちゃんやひよりが私に託したモノなのだから


(………考えろ、私っ )


……


(…! )

頭に一瞬光がかかる

輝く夕焼けの光がさす方向にそってゆっくり目をやる


(あった…っ! )

灯が行くかもしれない場所がまだ一つだけあった

(どうして真っ先に気がつかなかったんだろう )


………

(もう… あそこしかなぃ )


思い当たる最後の場所に祈りをかけ、走ることなど全く慣れていないこの華奢な細い足にまたちぐはぐな力を入れて私は走り始める


…駅前へと続く並木道


「はぁ…っ はぁ…っ 」

並木道の木漏れ日が眩しい

高一なりの仲間と、身体と、経験で

弱々しい心と震える唇を食いしばりながら、逢いたい一心で一歩一歩、しっかりと前へ進んでゆく


この行為に…


この‘弱者の反撃’に


間違えた君との旅路に、最後の最後に正しさを祈りながら


ただ一つ


   君との再会を祈りながら


「はぁ…っ はぁ…っ 」

雑踏の人並みをかきわけて、駅まで続く並木道を横道へと曲がり、夕日に染まる太陽を背に感じながら、胸の痛みを必死に堪えて最終の力を振り絞って小道を走り抜けた


バッとその道を抜けた瞬間!


「はぁ…っ はぁ…っ 」


ここは

灯との思い出がたくさんある場所

何度も一緒に歩いた


そう…あの川沿いの道


そして、いつもの私たちが座っているベンチのある場所まで疲れきった鈍い足で歩く


すると

すでにそこには誰かが座っていた


…ドクンッ

不意に心臓が脈を打つ


きっと、この何日間、ずっとこのときを待ち焦がれていたんだと思う


夕日に照らされたその後ろ姿


栗色のショートボブ

風にふわふわとなびく柔らかいくせっ毛

…秋の空が似合う少女

近くには漕いできたであろう自転車



「やっと見つけたよ…」




         「灯… 」


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