第13話
昼下がりのア然とするまでにフリーダムだった光景が終わって、今は放課後
私たち四人は集まる約束をするわけでもなく、またE組の教室に集まっていた
お昼のときとは違い、今は教室はがらんとしていて、窓からはまた一段とオレンジ色の夕暮れが教室全体を照らしていた
もう夏が終わる…そんなことをどこか感じさせる夕暮れ空だった
この時間にもなれば、学校にはもう部活の人以外は残っていない
そんなほとんどからっぽの校舎の中、私たちはひよりの紹介で、ひよりいわく‘秘密の場所’に案内されていた
その存在があったこともわからないような4階の隅の古臭い地味な教室の前に来た、何にも使われていないようなこの部屋は同じ校舎とは思えないほどひっそりがらんとしてる
ひよりが教室の扉の前に立つと古びた扉に付けられていた鍵を普段からやっているのか慣れた手つきで外してゆく
そしてガカッっと鈍い音を鳴らしながら扉が開く
中に入り、教室の中を見渡せば…やけに埃っぽくどんよりした空間、段ボールの山、積まれたイス、ほかにも年に一回しか使わないような行事用の品々が埃を被って積まれている…その光景は教室という倉庫と言った表現のほうが近いかもしれない
そんなことを思っていると、早速灯と有珠ちゃんは半分以上物置部屋とかしているこの部屋で子供のように積まれた物を物色し遊んでいる
私は、教室の窓を開け一人窓から外の景色を眺めていたひよりのほうに歩み寄る
…少し、お昼休みのときにはあまりにあわてふためいてしまい気がつかなかったが…
「ねぇ ひより?」
…気になったことがあった
「はぃ なんでしょうか?」
「さっき有珠ちゃん…普通にお膝に座らせてたけど…その」
「ぁぁ…はぃ 大丈夫でしたよ」
「あれは…大丈夫だったの?」
言葉が詰まる、口に出しては言いづらかった、…いや、ひよりの痛みを簡単に口にしては言えなかった
「わざわざ…気遣っていただいてありがとうございます」
空を見上げ、ひよりが一人呟くように話し始める
「前にもお話しましたが私は極度の接触障害を患っています」
「…ぅん」
「それは今この瞬間も同じことです…しかし 前にも言った通り さっきのように今は何とかこのくらいまでは回復しましたので」
「…それにお膝に座らせれたのは‘あの’有珠ちゃんだからということもありますね」
「私はこの異質な身体なので 分かるんです…安全な人間か そうでない人間か…」
「わかりやすく言うと触っても大丈夫な人かと言うことですね」
「しかし、たとえ安全な人間であっても 相手側からいきなり自分の思わない、想像しきれない、または反射しきれていない場合に接触されると…もしかしたら今でさえも 灯ちゃんでも有珠ちゃんでも …もちろんゆりちゃんでさえも私はパニックになるかもしれません」
「自分の意識の中ではたいてい大丈夫ですが、無理に相手から気安く触られることには… それが男性や大人の方ですと…自身の意識の内に触ったとしてもパニックになってしまうかもしれません …私の接触障害という病気はそういうものです」
他人事のようにあっさり語ったひよりはそう言うと、そっと私の頭を撫でた
まるで今話していた接触障害の恐怖を自分自身であざ笑うかのように…優しく
今もひよりのその身にまとうぶかぶかの紺色のカーディガン、それが本当に今もひよりを守っているような気がした…
その瞬間、夕暮れとともに気持ちのいい秋風がこの教室を通り過ぎてゆく、それと同時にひよりの綺麗な黒髪がなびいた
「ねぇ ゆり ひよりーっ 」
ひよりと話していると、物を物色するのが飽きたのか、灯とその後ろにすっかり灯とも打ち解けたのか仲良しそうに有珠ちゃんが近づいてきた
「来月のBUMP OF CHICKENのライブチケット あともう一枚余ってたじゃん? 」
「?? そういえばそうだったね」
「だったらさー 有珠も一緒に連れてってあげようよーっ」
灯が笑顔でそう私とひよりに尋ねる
(確かに私も有珠ちゃんとも行ってみたい)
「ぅん 私もチケット余っちゃうくらいなら有珠ちゃんと一緒に行きたいし 大賛成だよ 」
「でも有珠ちゃん本当にライブ 一緒に行きたいかな?」
ひよりが灯の後ろにいた有珠ちゃんにそう問いかける
「…ぅん 有珠も…一緒に行ってみたぃ」
目線を下におどおどしながら、不安げにそう答える有珠ちゃん
「そっか…はぃ わかりました 有珠ちゃんっ では皆で来月絶対一緒に行きましょうね」
「ぅんっ 」
そう言ってひよりは安心させるように優しく有珠ちゃんの銀色の頭を撫でた
…灯もひよりも、今の有珠ちゃんの痛みのことは知らないわけで、今もこんなに笑顔でいる有珠ちゃんにも決して私以上かもしれないほどの大きな痛みを抱えているわけで…
クラスに戻れば…現実に戻れば、また痛々しいほどに押し寄せてくる痛みと戦うことになる
答えようもない問題は今なお私たちの前に漠然と存在し苦しめている…
でも…
それでも…
ただ、今…ここにいる
ここに四人いる、偶然かもしれない…けれど、ここには笑えている仲間が確かにいる
それが、灯にとっても、ひよりにとっても、有珠ちゃんにとっても
…もちろん私にとっても
世界から見れば本当に小さなものかもしれない、でもそれでも…私が私でいれる、私が私として笑える
かけがえのない大切な場所だから
(来月のライブまでに犯人…捕まればいいな )
そんなことを秋の匂い漂うこの夕暮れ空に想ったりするのだった
…………
………
この教室も窓を開けっ放しにしていれば篭りっぽく空気を感じることもなく、この学校最上階の4階ということもあって窓から見える景色には遠くのほうに駅前が見え、辺りには多摩川や丘が見えるまでに高く、本当に綺麗に見える、確かにここがひよりの秘密の場所ということだけはある
ひよりは相変わらず窓に手をかけ外の景色や空を眺めていた
灯はそこらへんに置いてあったイスに座り、有珠ちゃんをお膝の上に乗せ、灯の携帯のワンセグで一緒に何か見ているようだった
学校という場所は家のような邪魔な電波や妨害もなく、ましてや高い位置にある建物なので学生がワンセグを見るには最高と言ってもいいほど適した場所である
家ならアンテナのマークが一本だが、ここならどこにいても三本にはなる
これもまた、学生の暇つぶしの知恵かもしれない
(でも…)
ふと私も携帯を開き時計の表示を見る、…5時2分
(私たちがこの時間にワンセグで一緒に見るような番組…あったっけ? )
そんなことを思っていた
「ねぇ 灯? 」
「なー? どうしたゆりー? 」
「さっきからなに見てるの? 有珠ちゃんと一緒に 」
「ぁー 実はね 有珠まだ知らないんだって 」
「…?? 何を? 」
「今この街最大の話題…例の通り魔事件さよーっ 」
(…っ!!? )
「…?? どうしたのゆり? 顔色悪いよ? 」
…っ!!?
「ぁっ…ぃ ぃや…っ なんでもなぃっ 」
鼓動がありえないほど早くなる、極度の動揺で心拍数が急激に上がる感覚が自分でもわかる…
「?? …そぅ? まぁいいや 」
そしてその間にも携帯からはニュースが流れ、有珠ちゃんが真剣な眼差しで携帯を見ている…
魚のことも…
体温のことも…
窓からの景色を眺めていたひよりもさっきから私のほうを心配そうにちらっと見ている
この中で…ひよりだけは私の真実を知っている…
そのときだったっ
外からパトカーのサイレンが物凄い音を街中に響かせながら学校の近くを通過してゆく
(…ドクンッ )
体中の血が冷たくなるような、凍り付くような冷や汗…
夕焼け空も、もう夜空へ日を落とそうとしていたときのことだった
パトカーが通り過ぎ一安心したときだった
…有珠ちゃんの次に発した言葉で私の心情に致命傷を与えた…
「ぁ そういえば ゆりさんのお家 まぐろさん置いてありましたよねー 」
…っ!!?
携帯を見ていた有珠ちゃんがふと呟く
「ぁ 有珠ちゃん…っっ」
私は、つい衝動で有珠ちゃんの口を手で塞いでしまった…
「きゃっ 冷たぃ…っ!? 」
(…っ!!?)
(し、しまった…っ 私は何を…っ ど、どうしよう…っ )
もう自分でもわけがわからない…っ
有珠ちゃんに自分から体温のことをばらしてしまうようなことを…
もう…完全なパニックになってしまっていた
………
灯の顔を恐る恐る見る…
「ゅ ゆり… あのさ… 」
「ち 違うんだよ…っ 私は通り魔となんて関係なくて…っっ」
「…あたしは別に まだゆりが通り魔だなんて一言も言ってないよ? 」
「…!! 」
…………
………
空気が…重い
できることなら…今すぐにでも逃げ出してしまいたぃ…