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第10話

屋上に続く扉を開けたときだった


その瞬間、屋上に広がる夕焼け空の真っ赤な光が視界に注ぎ込み、眩しくて目を細めてしまう

微かな眼差しで辺りを見渡す


そして…

上を見上げればただ広い空が広がるこの場所の中心に涙をすする小さな少女はいた

(やっぱり… )

私は当たっていた、そこにはさっきの少女が屋上でたった一人立ち尽くしていた

さっきまであんなに綺麗だった大きな青い瞳からは涙が溢れ、もう私みたいな他人が話しかけてはいけないような重い雰囲気が漂う


向こうもこっちを見ている


(…どうしよぅ)

それでも扉を開けてしまった以上、ただ何をする何を言うことも考えず、ゆっくりと少しずつ少女に近付いていく


しかし、その過程でわかってしまった…

こんなにもあの子の涙の理由が


なぜなら、目の前の少女は頭から白いチョークの粉を肩にかかるほどまで被っていたからである


(…ぁ…っ! )

…自分の中で分かってしまう


もし私のこの仮説が当たっていたなら

机の救難メッセージ

チョークの粉


そして今の涙の訳

(もしかしたら、この子は…クラスで…)


「…大丈夫…? 」

少女の側に歩み寄り、自分でも何を言っているんだと思う一言を吐いてしまう

大丈夫な…わけないに決まっている

だからこんなにも泣いているのに


「………」

向こうからの応答はない

ただ、涙のすする声が屋上に広がるだけ

少女は乱れた銀色の髪で顔が隠れてしまうほど下を俯いてしまっている


………

……

時間は流れ…

もう何時だろう、空がだんだんと夜の空の色へと変わり始めようとしている

校庭からはすっかりソフトボール部や陸上部の活気のある声も聞こえなくなっていた


未だに屋上では、ぽつんと立ち尽くす二人


少女からの返事も全くなぃ


…………

「やっぱり、ごめんね… 邪魔だったよね… 」

誰に言っているだろうと、自分でもわからなくなってしまう


わからない…


でも気がつけば、彼女に背を向け、堕落した自分のなんと惨めに胸をしめつける気持ちを抱えながら、ドアに歩き出そうとしている自分がいた


そうだ…そうなんだ…

やっぱり、私には人を救うなどというほどの優しさなんて持ってなどいなかったんだ

鈍い足を扉へと一歩進めようとした


…そのときだった


「…ありがとぅ …ございます」


(…!? )

足がふらつく…

その声の発生源は後ろからだった

その子の声で確かに小さく途切れ途切れだが、そう聞こえた


しかし、…私に向けられたその声は、真上に広がる遠い遠い空にほうむられていく


なんと返せばいいのか考えすぎて言葉に詰まる…

思い、さ迷い声なき声が自分の喉に刺さる


(ねぇ、灯 …灯なら今どうするの?)

(ねぇ、ひより …ひよりなら今どうするの?)


わからない、でも違う…

諦めないから…諦めたくないから私

風に吹かれながら、情けないほど小さな勇気をまたもう一度振り絞り、一度は背を向けてしまった少女にまた一度振り返る


すると、驚くことにそこには、俯き涙をすする少女の姿はなく、あのとき私が初めて見た真っ白な綺麗な少女の姿があった

涙の笑顔を浮かべて


「ぁ…… っ!」

思わず、声を出すことを忘れてしまう


「ぁの… ありがとう…ございました 」

そう言うと、目の前の小さな少女は私に向けて深々とお辞儀をした


「…えっと 」

なぜだろう、私は何かこの子にお礼を言われるようなことができたのだろうか…

決心しと振り向いた瞬間だっただけに余計に驚いた


少女はまだ涙で潤んだ瞳で私を懸命に見つめている

一つの悪口でも今のこの子には重大な傷を与えてしまいそうに思う


「この学校で… 声をかけてくれたのはあなたが初めてでした…」

「それって…どういう意味で 」


それからお互い目を見て、そしてゆっくりと片言ながら話し始めた

「実は 有珠… 転校してきて 」

「アリス…? 」

「ぁ… 私の名前です…」

(ぁ…有珠ってアリスって読むんだ…、ちょっと不思議な名前)

「初めまして 桜月 有珠 (おうつき ありす)って言います」


「さっきは…ごめんなさぃ…その 有珠 人見知りだから 」


「そうだったんだ… ぁ でも私も人見知りだから大丈夫だよっ」

なんでだろう、自分だって人見知りのはずなのに、この子には全くそんなことが嘘かのように口が動き、言葉が届く


「初めまして 小林 ゆり って言います 」

自己紹介なんて自分からするのは何年ぶりだろう

「…よろしくお願いします」


「そういえばさっき 転校してきたって言ってなかったっけ? 」

そう問い掛けたときだった、有珠ちゃんはまた顔を曇らせてしまう

「はぃ… 今学期から転校してきて…でも」

有珠ちゃんはそう言うと、悲しげな目をしてチョークの粉のかかった荒れた髪を触る…


(ぁ…っ )

やっぱり私の推測は当たっていたのだろうか

私はそんな気持ちからなのか次の瞬間、自分でも驚くような言葉を発してしまう

「ぁの…もしよかったらなんだけど」

「…?? 」

「私の家ね 今家族も誰もいないからシャワーでその髪落とす?」

どうしてこんなことを言ったのか自分でもよくわからなかった、ただこれが私にできる、‘優しさ’だと信じて


「…でも 初対面でそんなご迷惑な…」

「迷惑なんかじゃないよ? …でもやっぱりおかしいかな」

今会った初対面同士、いきなり人の家のシャワーを貸してあげるなんて言った自分に、よくよく考えてみればおかしいと思ってしまう


「もし…有珠ちゃんがよければ なんだけど」

そう付け加えて…

「その髪のまま 家に帰ったら…だって」

「ぇっと…でも はぃ…もし ゆりさんがよければ有珠…」

「ぅん 」

「貸していただきたいです…」

不安そうな顔でも優しい声でそう答えてくれた

よかった…、自己満足かもしれない

でも自分なりの優しさを伝えてあげれた瞬間だった


「ぅん じゃぁ」


「ぁ… はぃっ 」

そして、このとき初めましてこの子の笑顔を見た


気休めにしかならないかもしれないけど、一応私は学生カバンに入っていたタオルで有珠ちゃんの頭のチョークの粉は落としてあげた

(誰が…こんなこと… )


見た目は多少よくなったものの、やはり触ってあげるとその綺麗な銀色の細い髪はガビガビに固まり粉っぽく触っていて私のほうが苦しく思う…

その間も有珠ちゃんはどこか寂しそうな顔をしていた


そしてそのあと私たちは屋上を後にして、私の家へと向かった


…………


その帰り道の最中も、まだ警察のパトカーのサイレンが鳴り響いている

その恐怖と不安を紛らすために、私は普段の人見知りのときとは思えないほど、灯やひよりのこと、クラスのこと、好きなアーティストのこと、そんな他愛もないことを有珠ちゃんに話していた

一つのきっかけでもあった教科書とノートも返して


そんなときも横で笑顔を見せている有珠ちゃんは、どこか裏では悲しそうな表情をしていた


(有珠ちゃんも、私とはまた違う痛みを抱えている人間なんだよね…)

ひよりのように痛みを克服もできず、灯のような平凡な日々でもなく


…今、この瞬間も消えない痛みを抱え生きている


でも、だからこそ

きっと有珠ちゃんは一人ぼっちじゃだめなんだと思う…

私は灯やひよりと一緒に過ごすことで今も痛みを和らげようとしている

有珠ちゃんだって、例え痛みの理由なんて知らなくても、例え言えない隠し事があったとしても、きっとあの二人にも仲間にも笑える友達にだってなれるはず

(今度、有珠ちゃんに二人を紹介しよう)



そんなことを思いながら、私たちは家に着いた

有珠ちゃんは私の二階の部屋に待っていてもらい

私はお風呂場へ向かい浴槽にお湯をおとしていた


そんなときだった、上の階からガタンッと物凄い音が響く

(…?? )

「有珠ちゃんー? 大丈夫ー? 」

………

二階からの返事はない…

(…?? )


不思議に思った私はお湯を止め、有珠ちゃんのいる二階の私の部屋に向かう


部屋のドアをガチャッと開ける

「有珠ちゃん何か物凄い音してたけど… 」

しかし、私は目の前に広がる光景に驚いた

そこには床にへこたれこみ、小刻みに震えている有珠ちゃんの姿があったからである


「有珠ちゃん…っ!? 大丈夫っ!? 」

へたりこんでいた有珠ちゃんに歩み寄る

「ぁ…っ ぁ… あれ…っ! 」

「…?? 」

有珠ちゃんが震える声で指さしたその先

そう…ちょうど‘あれ’がいる押し入れの場所を指さしていた

…その瞬間、私は頭を何かでおもいっきり叩かれたような衝撃が駆け巡る


なぜなら…

開いているはずのない

開いてはいけないはずの目の前の扉は完全に開いており、まぐろ…いや リリスの姿が有珠ちゃんにも私にもさらされていたからである


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