99,式典。
※涼目線に戻ります。
B級ダンジョンの最奥でドラゴンをテイムしたあと、俺たちはオーヴェルニュの街に帰還していた。
オーデンブロック・ブリッジを越えて街の東側へ向けて歩いていたときのことだ。
「なにか騒がしいですね。お祭りですかね」
「この時期に祭りはないはずだ。多分、教会の式典だろう」
オーヴェルニュでは教会が頻繁に様々な式典を行っている。
教会関係者の役職の就任式や、新しく生まれた子供の命名式なども行われている。
この日は、年に一度の、現教会長であるエゼキエル・イエロニムスがこの街にやってきて、人々の前で顔見せをする会だった。
さすがにこの世界の超大物とあって、辺りにはかなりの数の人がつめかけ、登壇しているエゼキエルに手を合わせていた。
「初めて顔を見ましたが、結構怖い顔をしていますね」
「エゼキエルか。……悪い噂ばかり聞くが、まあ、そう簡単には倒せないだろうな」
「強いのですか? 」
「強いというか、“堅い”んだ」
「堅い……?」
エレノアは静かに頷く。
「教会がなぜこの世界で権力を持っているかというと、防御技術が高いからだ。この街も教会関係者の張っている障壁のおかげで、魔獣が入って来ないで済んでいる。彼らは攻撃力はさほど高くないが、とにかく防御系の魔術の効果が高い。街の平和もそうだが、単体で見ても、簡単には彼らを傷つけられないだろうな」
「なるほど……」
この世界で教会の地位が高いのも、そういうことなのか、と思う。
冒険者たちが外に出て魔獣を倒すよりも、街のなかにいてその街の平和を守ることのほうが、人々の生活にとっては重要なことかも知れない。
長年のそうした成果があって、今の教会の地位が出来上がったのかもしれない。
「あ、アニーさんが出てきましたよ」
「本当だ。……しかし、すごい人気だな」
手を振りながらアニーが登壇すると、詰めかけた群衆からひと際大きな声援が上がる。
かなり遠目から見ているのだが、その美貌は輝く宝石のようで、ハッと息を飲まずにいられない。
特にこの日は、全身に薄手の白いドレスを身に着けていたから、その美貌も際立っていた。
「こうして見ると、普段一緒にいることが夢みたいですね」
「まあ、超有名人だからな。国民のアイドルだ。本来なら、簡単には近づけん相手だ」
そんなことを話していると、次の瞬間、思わぬことが起こった。
「……涼さん!」
と、壇上にいるアニーが、遠くから、突然そう叫んだのだ。
かなりの距離が離れていて、しかも周りには大勢の人がいるのに、なぜ気が付くのか。
そして、なぜ厳粛な式典の最中に、声を挙げてしまうのか。
しかし意外なのはそれだけではなかった。
なんと、アニーはそのまま壇上から駆け足で降り、ドレスを両手で摘まんだまま、人の間を縫ってこちらへ向かってきてしまったのだ。
「なんだなんだ??」
「聖女様が、突然降りたぞ」
「おい、道を開けてやれ! なにかあったらしいぞ!」
群衆が、口々にそうざわめく。
そして目の前の人の群れがさっと開くと、軽く息を切らしたアニーが、かすかに涙ぐんだ顔で俺を見ている。
「……今、冒険から戻ったのですか」
「そうです。たった今戻りました」
「傷はありませんか。あるなら、私が癒してさしあげます」
「傷はありません。難しいクエストではありませんでした」
「……良かった」と言うと、アニーは胸に手を当て、絞り出すような吐息を吐く。
アニーの心配性はこのところ酷いものになっていて、特に俺がB級へ昇格してからは、歯止めが利かなくなっている。
確かにB級クエストはこれまでと比較にならないほど危険も多いが、冒険に出るたびに泣きそうになるほど心配されたのでは、こちらも心が休まらない。
「アニーさん、さすがに心配し過ぎですよ。そう簡単に死にはしませんから、もう少し自重してください。第一、今は式典の真っ最中ではないですか? みんなも見ていますし、早く壇上に戻ってもとの式典に……」
と苦言を呈していると、アニーは涙を零しながら俺のもとへ駆け寄ってきて、そのまま、抱きついた。
「良かったです。無事に帰って来てくれて、本当に良かった」
「アニーさん、ちょっと、みんなが見ています」
「涼さんに死なれたら、私はもう、生きていけません」
「そう簡単に死にませんって。アニーさん、離れて……! 噂になりますよ」
アニーは俺の胸元から顔を離し、涙に潤んだ瞳で俺を上目遣いに見る。
間近で見るその顔は、この世のものとは思われないほど、整っている。
「今晩は空いていますか」
アニーが、鼻声でそう言う。ぐずぐずと、泣いている。
「ギルドに報告に行ったあとは、空いていますが……」
「では、ふたりきりで食事をしませんか。美味しいものを取りそろえておきますので」
「もちろん良いですが、アニーさんは、大丈夫なのですか……?」
式典の後は教会関係者同士で打ち合わせがあり、それが長引くことが多いとアニーからも聞いていた。俺と食事をしている暇などあるのだろうか。そう思ってそう聞いたのだが、アニーは違う受け取り方をした。
「……私と食事をするのは、お嫌ですか」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「こんな泣き虫な女、……涼さんは、嫌いですよね」
「そうじゃないんです、アニーさん。聞いてください」
もはや群衆は、ざわざわと俺たちについていろいろと話し始めている。
もはやこの状況をなかったことにするのは、恐らくは不可能だろう。
「アニーさん、良いですか、聞いてください。食事は一緒にしましょう。俺も楽しみにしています。それと、冒険は無事に終わりました。心配はしないでください。式典の真っ最中なので、戻られたらどうでしょうか。……ね、ほら、もう心配しないで」
最後には子供をあやすように、俺はそう言い、彼女の頭を撫でてやる。
アニーは目に指を当てて泣いていたが、まるで子供のように、黙ったままこくこくと頷く。
なんだか日増しに、アニーは俺に対して子供っぽくなっている。
「おい、貴様」
とそのとき、いつの間にか教会長のエゼキエルが傍にやってきていて、その従者らしき男が、そう声を荒げる。
「式典を壊しおって、どういうつもりだ!」
アニーを咎めずに俺を責めるのは不自然だが、こういった忖度があるのがこの世界だ。もうそれにも、俺も慣れている。
「申し訳ありません。今、ここを出て行くので」
「……お前、名を名乗れ。何者だ」
「……田村涼です」
「お前が田村涼か。……エゼキエル様、こいつが最近噂の田村涼という男です。なんでも、第四階級にも関わらず冒険者をやっているという、……まあ、新手の詐欺師ですよ」
従者がエゼキエルにそう耳打ちをすると、当のエゼキエルはいかにもつまらなそうに、鼻を鳴らす。俺になど興味はないといった風だ。
「詐欺師、ですか」
と、隣でこの状況を静観していたエレノアが、そのとき、口を開く。
「お言葉ですが、初対面の男にいきなり詐欺師呼ばわりするのはいかがなものかと。私たちは別に誰も騙してはいませんが」
「お前、”翡翠の魔女エレノア“か。……冒険者に復帰したと聞いていたが、こんな詐欺師とつるんでいるとはな。……いいか、はっきり言っておく。教会の行う”職業判定の儀“は絶対だ。第四階級の男が冒険者になどなれるはずがない! お前らは詐欺師だ!」
「では……」
と、エレノアがぐっと間を開けて、こう言う。
「この男がさっき討伐したドラゴンについては、どうお考えでしょうか」
「……ドラゴン?」
「そうです。この男は、先のB級ダンジョンに出没したドラゴンを、無力化しています」
すると、隣にいたエゼキエルが肩を震わせ始め、やがてそれは、辺り一帯に響く大笑いへと変わった。
「なにを言いだすかと思えば! ドラゴンの討伐だと!? ……まったく、冗談もいい加減にしろ」
一笑いしたあと、従者がそう言う。
「いえ、冗談ではありません」
「まだ言うか。……そこまで言うのなら、証拠はあるのだろうな」
「証拠ですか」
「ほら見ろ、そんなもの、出せはしないだろう。この大ぼら吹きどもが」
「証拠ならありますよ」
と、ようやく、俺はそう口を開く。
「証拠が、あるだと……?」
「ええ。見せましょうか?」
「……出せると言うなら、出してみろ!」
「ええ。では……」
大勢の人が注目しているなか、俺はアイテムボックスを開き、なかからヴォルカニック・ドラゴンを取り出す。
数百人はいる群衆の真ん中に突如ドラゴンが出現したのだから、さすがにとてつもない騒ぎが起こる。
群衆は一斉に後退りし、凍り付いたような静寂が、そのとき、辺り一帯を支配した。




