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98,ドラゴン。

 ※今回は「とある冒険者」目線の話です。


 自分には冒険者の才能があったのだと思う。

 Fランクから始めた冒険者稼業は、僅か二年の間にDランクに上がり、翌年にはCに、そしてさらに翌年には、Bへ昇格していた。

 

 特に苦労した記憶もない。多分俺の職業である“嵐槍士(テンペストランサー)”が希少なおかげもあっただろう。


 ラウザー家の長男に生まれた俺は、父親にかなり可愛がられた。

 父親は俺が生まれたときから教会へのお布施を始め、俺が成人したときに良い職業を貰えるようかなりの努力を支払って来た。父は、豪奢な家を数軒は買えるほどの多額の賄賂を、教会へ送り続けた。


 そのかいあって、成人の儀ではこの最高の希少職を授けて貰えた。

 なんでも、聖女や勇者と言ったごく一部の特殊職業を除けば、教会が用意出来る最高峰の職業のひとつなのだという。


 与えられたこの職業は、確かに強かった。

 そこいらの“戦士”や、“騎士”や、ただの”魔術師“とは次元が違う。瞬く間に俺は期待の新人と呼ばれ、冒険者の世界でちょっとした有名人になった。


 父はそんな俺の活躍を喜んでくれた。会うたびにこう零すようになった。


 「お前の活躍が見れて嬉しい。教会に大量の資金を援助して来た甲斐があった。……このまま行けばお前が“五英傑”入りするのも間違いはあるまい。どうかそのまま、くじけずに冒険を続けておくれ」


 逞しく、頼りになる父であったが、さすがに最近は老け込んでいる。

 そんな老い始めた父が、このように褒めてくれることが、俺は嬉しかった。そして自分が貴族として生まれ、金持ちであったことに深く感謝した。周りの貧乏人どもが、馬鹿の集まりにしか見えなかった。

 この世界は、“どれだけ教会に賄賂を送れるか”に掛かっているのだ。

 そして父は、そんなこの世界の秘密の仕組みを、良く理解していた。


 そのはずなのだが……。


 「なあ、このダンジョン、結構な数の魔獣が大量発生しているっていう話だったよな……?」


 B級ダンジョンの攻略にやってきた俺たちは、ある二人組のパーティーとダンジョン内で遭遇した。

 ダンジョンにはその二人組のパーティーが先に入り、俺たちは少し遅れて、その後を追いかける形となった。

 そのダンジョン内は、奥に進めども進めども、一向に魔獣の気配が見られなかったのだ。


 「もしかして、あの二人がすべて討伐して行ったのでしょうか」

 「嘘だろう? 一期匹残らずか……? あいつらが中に入って、そんなに時間も経っていないよな……?」

 「でも現に、一匹もいないですよ。静かすぎて、物音一つしません……」


 俺たちはさすがに恐怖を感じ始める。

 いくら凄腕の冒険者と言えども、ダンジョン内の魔獣を残らず討伐して行くなど、到底出来ることではない。

 そんなことが出来るのは、S級冒険者か、S級冒険者のなかでもさらに強い特殊な連中だけだろう。

 どうまかり間違っても、B級ダンジョンにそんなことを出来る連中がいるはずがない。


 「あ、もうダンジョンの最奥ですよ。ボス部屋のドアが向こうに見えます」

 「結局一匹も魔獣には会わなかったな……」

 「こんなの初めてです。……私、なんだか怖いです」

 

 かつて体験したことのない異常事態に、パーティーメンバーたちも怯え始めている。


 しかし俺たちは、ダンジョンの最奥でさらに不気味な光景を目撃することになる。


 「なんだこの状態……??」


 ボス部屋のドアを開くと、そこにはこのダンジョンのボスである“闇カラス”がいるはずだったのだが……、


 「ラウザー様、あれ、闇カラスじゃなくて、……どう見てもドラゴンですよね」

 「……俺にもそう見える」

 「なぜドラゴンが、こんなB級ダンジョンにいるのでしょうか……」

 「わからん。さっぱりわからん」


 さらにわからないのは、そのドラゴンがすでに完全に無力化され、魔術の鎖によって身体を固定化されていることだった。


 そのとき、そこにいた二人組のパーティーの声が聞こえて来た。


 「涼。まさかヴォルカニック・ドラゴンの住処になっていたとはな。この龍は希少種だ。冒険者ギルドも詳しい情報は持っていない。お前の“光縛の輪(ホーリー・バインド)”で拘束している隙に、詳しく調査して行こう」

 「この龍、そんなに希少種なんですか?」

 「ヴォルカニック・ドラゴンは棲み処を転々とする癖があってな。おまけにこのようにB級ダンジョンにも現れることがある。生態を追いかけるのが非常に難しいんだ。私の“影”を使って、全身を調べるとしよう」


 女はそう言うと、なにか術式を唱え、目の前に複数の影を生成し、それをドラゴン目掛けて走らせた。

 恐らくは彼女の職業は“シャドウマンサー”なのだろうが、……しかし、どう考えても、状況がおかしい。

 

 「あの人、多分、シャドウマンサーですよね。……でも、“影”って、あんなにいっぱい出せるんですかね」

 「俺もそう思う。……普通はせいぜい五体だよな」

 「あの人、どう見ても100体は出していますよ……」

 「ああ。俺の幻覚かと思ったが、やはりそう見えるか」

 「しかも、普通、シャドウマンサーの出す“影”って、なんていうか、こう漠然としているというか、のっぺりとした紙みたいな影じゃないですか。でも、あの人が出している影って、もっと遥かに緻密というか、ほとんどあの人の分身にしか見えないですよ」

 「あれほど精度の高い影を100体……。どんな魔術量をしているんだろうな……」

 「……ラウザー様、ここ、本当にB級ダンジョンですよね……」

 「俺もそう信じたいんだが……」


 父親にS級冒険者の話を聞かせて貰ったことがある。

 父親が言うには、S級の連中は本物の化け物であり、俺たちの生きる世界とは次元が違うという話だった。常識から、発想から、なにもかもが別世界なのだ、と。

 今俺が目にしているのは、まさにそんな状況に似ている。問題は、それを、なぜB級冒険者がやれているかということだ……。


 再び、二人組の声が聞こえてくる。


 「エレノアさん、調査は終わりました? もう倒しちゃいますか?」

 「倒しても良いが、お前がテイムしても良いかと思うのだが、どうだ?」

 男の方はビーストテイマーだったのか。さっき“光縛の輪”を唱えていたから鎖術士だと思っていたのだが……。しかし、ドラゴンをテイムするなど、聞いたこともない話だ。

 「テイムは難しくないですが、少し弱らせる必要がありますね。エレノアさんの方でダメージは与えられますか?」

 「ああ、可能だ。では、“影”を使って弱らせるとしよう」


 女はそう言うと、


 「“陽炎(ミラージュ・フレイム)”」


 と唱え、……あり得ないことに、約100体の影すべての手から、この炎魔術をドラゴンに向けて放出した。なぜシャドウマンサーが魔術を唱えているのかは、俺にはわからん……。


 「かなり弱く魔術を唱えているから、ドラゴンは少しずつ弱っていくはずだ。お前のちょうど良いところで、テイムしてくれ」


 全方向からとろ火の魔術を放たれ、当のドラゴンは、ダンジョンが壊れるほどの大声で奇声を上げている。


 「ラウザー様! 怖いです! あの鎖が解けて、ドラゴンが暴れないでしょうか!?」

 「わからん……。逃げた方が良いだろうか……。もう、なにもわからん……」


 しかしあの二人だけが、平然と、淡々と作業を続けていた。

 

 「大分弱って来ましたね。もう少しでテイムできそうです」

 「そうか。しかしこんな巨大魔獣を捕えても、使い勝手に困るな」

 「第四階級の仲間の宿舎に常駐させるのはどうでしょうか。見張りにもなりますし」

 「番犬にするということか。良い良いアイデアだ」

 

 ドラゴンの番犬がいる世界などあってたまるか、と俺は思う。しかし、こいつらには常識など通用しないのだろう。


 「あ、テイムできます。“テイム”」


 男がそう言うと、さっきまで割れんばかりの悲鳴を上げていたドラゴンが、ぴたりと静まる。

 そして、まるで子猫のように、男の肩にすりすりと頭を擦りつけ、甘えた。


 「可愛いですね。もう懐いていますよ」

 「しかし、ビーストテイマーのスキルでドラゴンをテイムするなんて、なかなか離れ業だな。確か術師のレベルが相当に高くなければ、希少種の魔獣はテイム出来ないはずだったが……」

 「バフを重ね掛けしてテイムを唱えたので、それで可能だったのでしょうね」

 「いくつのバフを重ね掛けしたんだ?」

 「えーっと、エンチャント士のものと、聖騎士のもの、詠唱士のリフレインもつけているし……、ざっと五十は重ねています」

 「そうか。最近またスキルが増えたんだな。良いことだ。さあ、もう帰ろうか」


 そう言うとふたりは、さっさとダンジョンから出て行ってしまった。

 出際に男の方が、ドラゴンをアイテムボックスに収納していたが、そのことにはもはや驚きもしなかった。


 「私、自信なくしました」

 と、メンバーのひとりがそう呟く。

 「B級って、あんなに強い人がごろごろいるんですかね」

 「いるはずないだろう。いたら、俺もこんなところではやっていけない」

 「なんであんなにいろんな職業のスキルをぽんぽん使えるんですかね。私、ひとつの職業のスキルしか使えないんですけど」

 「俺もだ。普通そうだと聞いているんだが」

 

 メンバー全員と顔を合わし、俺たちはある結論を引き出すことに成功した。

 それは、“今日のことは綺麗さっぱり忘れよう”というものだった。こんな悪夢のようなものを見てしまったら、自信を無くして、冒険者を続けられなくなってしまう。


 「……では、なにも見なかったということで、帰って美味しいものでも食べましょうか」


 メンバーの一人がそう言うと、俺たちは一斉ににっこりと笑い、「そうしよう」と手を掲げた。


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