96,ヴォルカニック・ワームの身。
※涼目線に戻ります。
B級以上にならなければ進めない領域、通称”霧結の峡谷“に俺とエレノアは来ていた。
俺たちの十数メートル先を、同じB級冒険者たちのパーティーが歩いている。方角が同じなのでしばらく後ろを歩いていたのだが、
「さっきから、あいつら前に進んでいないな」
「妙ですね。なにかあったのでしょうか」
エレノアとそう訝しんで様子を見ていると、そのパーティーが徐々に後退りし、やがて振り返り、こちらへ向けて駆けだした。
そして彼らの背後に、砂埃を立てながらそのパーティーを追いかける巨大魔獣が窺い見えた。
「ヴォルカニック・ワームだ」
「初めて見る魔獣です。強いのですか?」
「本来B級エリアには出ない魔獣だ。しかし、珍しいな」
エレノアはそう言うと、腕組みをして首を捻った。
俺たちの方に駆けて来たパーティーは、目視できるすぐそばまで近づくと、
「逃げろ! お前らも逃げろ! A級魔獣だ!」
と叫ぶ。
「殺されるぞ! 俺たちB級冒険者じゃ歯が立たない!」
念のため、
「どうします?」
とエレノアに確認をすると、彼女は不思議そうに「なにがだ?」と言った。
「いや、ですから、あのA級魔獣、どうしますか」
「どうするって、戦わないのか?」
「……だって、目の前のB級冒険者たちが、逃げろって叫んでますよ」
「だからなんなんだ?」
と、エレノアは心底不思議そうに、そう問うてくる。
最近になって気づいたのだが、エレノアにはどうも常識というものが通じない。
彼女本人は、自分はS級には到達できなかった弱小冒険者だと口にするのだが、どうも実態はそうではない気がする。
彼女と同世代の冒険者に会うたびに、エレノアのことを誰もが天才と呼び、あの“最奥の探索者ヒュデル”と同列に語る。
もしかしたら、エレノアは自分が気が付いていないだけで、この国の二番目に強い冒険者なのではないか。
いずれにせよ、なにか常識というものがぶっ壊れている。
そのとき、いよいよ近くまで来たB級冒険者たちが、
「急げって! やられるぞ!」
と、俺たちの横を通り過ぎながら、そう叫ぶ。
「殺されたいのか!? 早く離れろ!」
前を向くと、背丈三メートルはあるヴォルカニック・ワームが、ほんの数メートルそばまで近づいている。
「どうしますか?」
再びそう尋ねると、
「涼。お前の魔術を、力任せにぶっ放したらどうだ。今更バック・フラッシュも起こさないだろう」
「良いですけど、なんの魔術にしますか?」
「そうだな。……ウィンド・カッターなんてどうだろうか」
「基礎的な風魔術ですね」
「あれなら破壊力が強くても周囲への影響は少ないだろう」
「そうですね」
すでに俺たちから大分離れている例の冒険者たちが、背後から大声で叫んだ。
「いい加減にしろ! 周りが見えないのか! 」
さらにこう続く。
「無謀と勇敢は違うぞ! 逃・げ・ろ! 聞こえないのか!?」
「“ウィンド・カッター”」
力任せに超高出力のその魔術をぶっ放すと、約一メートル先まで迫っていたヴォルカニック・ワームの胴体が真っ二つに裂けた。
その瞬間、周囲数キロメートルを真っ白な光が包み、そのさらに数キロメートル先にまで砂埃が舞った。
やがて砂埃が綺麗に晴れ、無力化したヴォルカニック・ワームの姿が顕わとなった。
ヴォルカニック・ワームは胴体を裂かれてもかろうじて生きているようで、仰向けのままぴくぴくと四肢を震わせている。
「ヴォルカニック・ワームってA級魔獣なんですか?」
「一応そうだ。まあA級の世界になると魔獣もピンキリだがな」
「じゃあこいつはキリってわけですか」
「まあ中級だろう。弱くも強くもないという感じだ」
「こいつなら何体出て来ても苦労しませんよ」
「まあ、そうだろうな」
エレノアとそう談笑していると、先程の冒険者たちが恐る恐る俺たちのもとに近づいて来た。
そのうちのひとりが、大声で言った。
「助かりました! 知りませんでした、あなたたちがS級冒険者だったなんて!」
俺はエレノアと顔を見合わせる。
「……私たちはS級ではないが」
「違いますね」と、俺も同意する。
「え?」と、冒険者が眉根を寄せる。「で、では、A級ですか……?? それにしては強すぎるような……」
俺とエレノアは再び顔を見合わせた。
「私はそうだ」と、エレノアが頷く。
「俺は違います。B級ですよ」
「A級と、……B級ですか!?!?」
と、冒険者がびっくりして、そう叫ぶ。
「B級冒険者が、ヴォルカニック・ワームを一撃で倒せるのですか???」
「……そんなことより、涼、ヴォルカニック・ワームは素材としては貴重なんだ。綺麗に剥いで衣服の素材にしたらどうだ」
と、すでに興味を失っているエレノアが、魔獣の死体を見ながらそう呟く。
「確かに……、かなり特殊な皮膚をしていますね。ダウンコートに出来たりするかもしれないな」
「ダウンコート? ……知らない衣服だな」
「元の世界で良く着られていた衣服なんですよ。暖かくて、風を通さないんです」
「防風効果があるのか」
「防風効果と言っても、エンチャントみたいなことではないですよ。一般人が着る風を通さない防寒着です。とにかく暖かいんです」
「面白そうだな。ぜひ皮を剥いで、ツルゲーネのところに持ち込んでみよう」
“皮剥ぎ”スキルを使い、手捌き良くヴォルカニック・ワームの皮を素材化してゆく。
その手際が良かったのか、今や見物客と化している先程の冒険者が唖然としているのが伝わった。
皮を剥いでしまうと、ヴォルカニック・ワームの中身は白いゼリー状の物体となり、まるで巨大な巨峰の中身のように見えた。
「中身は巨峰に似ていますね」と言うと、
「巨峰? なんだそれは」と、エレノアが問う。
「この世界にはないのですか? 果実の一種です」
「聞いたことはないな」
「美味しいんですよ。食べても美味しいし、ワインの原材料にもなります」
「……この世界ではワインの原材料はウルシカの実というものを磨り潰したものを用いる。やや酸味のある甘い果実だ」
ウルシカの実については俺も口にしたことがある。
だが、お世辞にも美味い果実とは言えなかった。実がぼそぼそとして、酸味も甘みも酷いものだった。
そのときふと、
「……だからこの世界のワインは不味いのか」
と、俺はそのことに思い至る。
高級なワインになるとそれなりに飲めるのだが、それでも、どう考えても元の世界のものより遥かにグレードが低いのだ。
「またなにか思いついたのか」
「ええ。このヴォルカニック・ワームの身で、美味しいワインが造れるかもしれません」
「これを酒にするのか。信じられん発想だが……」
「やってみないと分かりませんがね。でも、上手く行く気がします。……そうだ」
と言い、俺はヴォルカニック・ワームの身を少しだけ、ナイフで切り取った。
アイテムボックスを開いて中から一リットルほどの瓶を取り出し、その横に木製のボウルを置く。
ボウルに先程のヴォルカニック・ワームの身を置いて、それを簡単に粉砕し、
「調合A」と唱える。
「……調合スキルを使ったぞ」
「なあ、この人、さっき風魔術を唱えていたよな」
「魔術師なのに、調合が使えるって、どうなってるんだ??」
「というか、アイテムボックスも使っていたよな」
と、見物客たちがひそひそとうるさい。
それを尻目に、作業を続ける。
「調合Aはアルコール発酵する工程を省けるのです。なので、調合Aを使っただけで、一応ワインとしては出来ているはずです。……ただ、醸成していないので、味はそれほど深くはないと思いますが……」
出来上がったワインを一リットルの瓶に移し替え、今度はそれを、グラスに注いでエレノアに渡した。
ついでなので、辺りに居た人数分、グラスにワインを注ぎ、彼らにも配る。
「なかなかに美味いな、これは」
と、エレノアがそう言ったそのとき、
「これ、美味いなんてもんじゃないですよ!」
と、見物客のひとりが、そう叫んだ。
「そうですか?」
「美味すぎますよ……! こんな美味しいワイン、飲んだことありません……!」
「そう言ってくれると、嬉しいですね」
また別のひとりが言った。
「これ、どこかで売ったりしないのですか」
「いや、売る気ではいますよ。持ち帰って、セシリアさんのところで販売するつもりです」
「お願いです!」
と、その男が言った。
「売る場所を教えてください! 絶対にまた飲みたいので!」
「ええ、まあ、良いですよ」
その剣幕に若干気圧され、俺はそう答える。
「絶対ですよ! 売りに出たら、真っ先に買いに行きますから!」
このやり取りが可笑しかったのか、ワインを口に含みながら、エレノアがほくそ笑んでいるのが、少しムカついた。
なにより、彼女は酒があまり強くないので、そのたった一杯の赤ワインですっかり顔が赤くなり、そのせいで目が離せないほど色っぽく火照っているのが、……なによりムカついた。
「確かに美味いワインだ。涼、野営のときにこの酒を飲もう。……ふたりきりでな」
エレノアはとろりとした目で、なにか誘うようにそう言った。




