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95,黒い本。

 ※今回は在りし日の(十数年前の)ヴァレンティン視点のお話です。



 その日、私は軍の最高司令官である大将軍に任命されたというのに、憂鬱な気分が掃えずにいた。

 

 この国を変える為に、私はずっと上だけを見て生きて来た。

 冒険者時代はS級を目指し続け、軍部に入ってからは昇進だけを目標に生活をして来た。


 だが、この国の上層に昇れば昇るほど、私の気分は滅入る一方だった。この国はあまりにも腐敗し、その腐敗が、着古した衣服のように国全体に覆い被さっている。



 軍部のトップに近づくにつれ、国の中枢にいる者しか知らない事実を、耳にするようになった。


 国民の大半が知らない事実のひとつは、”教会がいかにしてこの国をコントロールしているか“というものだ。

 国民のほぼ全員が、”職業判別の儀“によって職業が判別されていると考えているが、あれは教会のでっちあげたでたらめだ。現実はそれと大きく異なっている。


 オーヴェルニュの国では十四歳になると、“職業判別の儀”が行われ、その人物が生まれ持った職業を教会に調べて貰える。

 生まれ持って来る職業はたった一つであり、それは後から変更が利かないというのが、教会が流布した常識だが、《《事実はそうではない》》。


 そもそも、大半の人間は、”《《いくつもの職業の資質を持って産まれて来ている》》“のだ。

 教会はむしろ、それらの選択肢を、あの儀式の際に《《意図的に削除している》》。



 現教会長のエゼキエル・イエロニムスは、私が知り得たところでは、“書き換える”という特殊なスキルを持っている。

 このスキルこそが、今の教会の特権的な地位を盤石なものにしている。


 教会長のエゼキエルは、“成人の儀”が行われる日、その人物のステータスを覗き、複数ある職業のなかから、自分に都合の良い職業を残し、あとの職業をその”書き換え”スキルによって《《削除》》、《《変更をしている》》。



 このスキルの力により、貴族の息子たちには第一階級の教会職か、第二階級の冒険職が割り振られ、平民の息子たちには生活職が割り振られることになる。

 国の中枢に近い貴族たちはこの事実を暗黙に理解しており、その為、多額の賄賂を教会につぎ込んでいる。 

 賄賂を送れば送るほど、その貴族たちは次の息子世代も貴族であることが約束され、何世代にも渡ってこの国で特権階級であることが保障される。


 しかし、さほど稼ぎの多くない、またこの事実を知らない第三階級以下の平民たちは、教会に賄賂を贈ることも出来ず、次の息子世代も再び生活職が割り振られる。

 こうして、貴族たちは優遇され続け、平民たちは永久に優遇されない仕組みが出来上がる。さらに、教会はこの仕組みのおかげで、貴族たちから多額の賄賂を受け取り続けることが可能となる。


 そして、この不平等な仕組みから目を逸らすために、教会は平民のなかから無作為に、僅かな数だけ“浮浪者”や“家無し”や“物乞い”といったまったく役に立たない職業を割り振り、彼らを極端に役立たずな人間として取り扱っている。第四階級とはつまり、この不平等な社会システムから目を逸らさせるための、生贄のようなものだ。


 裕福な者たちはひたすら裕福さが持続し、貧しい者は永久に貧しいことが決定する。そのような最悪のクソなシステムだが、……私が気が滅入ってしまうのは、この仕組みを多くの貴族たちは変えようと望んでいないことだ。

 

 貴族たちからすれば、教会に尻尾を振り続けていれば、自分たち一族の地位は約束されたも同然だ。

 いやむしろ、自分たちの子どものことを思えば思うほど、むしろこのシステムが持続していた方が良い。なにしろ、教会に賄賂を送ってさえいれば、自分の息子が貴族になることは決定済みとなるのだから。

 


 そしてごく稀に現れる革命思想を持った貴族たちは、教会によって、容赦なくその子供が生活職や第四階級の職へと割り振られる。

 ”反逆の意志あり“と見做されれば、自分の子どもが”浮浪者“にされてしまうのだ。……これでは、誰も革命を起こそうなどとは考えない。



 ◇◇


 この日、私は大将軍となる就任式を終えたあと、ユグリスと合流し、教会の運営する国会図書館へと赴いた。

 この国会図書館は国のトップ官僚しか入れない、超厳重体制の秘密図書館だ。


 「大将軍になった気分はどうだ」と、ユグリスが言う。

 「最悪だ。……いや、気分はずっと最悪だ。私はもう心が折れ掛かっている」

 「私も似たようなものだ。この国を変える希望は、もうないかもしれない。……あれを除けば」

 「あれか。……私も同じ気持ちだ」


 ユグリスと国会図書館に入り浸り、国の禁書を読み漁るようになったのは、二年前のことだ。

 教会が不都合な事実として隠蔽しているこの国の秘密情報が、この図書館には収められていた。


 とある本のなかに、“特殊因子(とくしゅいんし)”という文言を見つけたのは、つい一月前のことだ。


 「“特殊因子”。この要素こそが、私たちの唯一の希望だ」

 ユグリスが言う。

 「まさか教会の“書き換え”が利かない人間がいるとはな」

 私もそう頷く。


 教会が行う“書き換え”というスキルは、大半の人間に効果を発揮する。

 しかし、ごく少数の者にだけ、この力が利かない。つまりこの世界には、”生まれ付き特殊な職業に就くことが決まっている人間がいる“のだ。

 そうした存在のことを、全書は“特殊因子”と名付けていた。


 「恐らくは君の聖霊闘士という職業も特殊因子なのだろう」ユグリスが言う。

 「ああ、そうだろうな。私の両親は第三階級の生活職だ。……なぜ第三階級から私のような冒険職が出て来るのか、不思議だった。滅多にあることではない」

 「教会は書き換えたくても、君のその職業は変えられなかったのだろうな」


 “特殊因子”という、教会にはコントロールできない存在。

 それがいると分かったことが、私たちにとっての大きな希望だった。


 だが、この希望も、今やそれほど私たちを喜ばせなくなっていた。

 “特殊因子”がいたからと言って、それが何だと言うのだ。

 聖女や、聖霊闘士や、ほかのレアな職業がみんな”特殊因子”だったからと言って、それがなんなのか……。

 依然として莫大な数の貴族たちは教会に賄賂を贈り、教会から自分の子どもたちに第一、第二階級の職業を授かっている。

 自分が“特殊因子”だからと言って、この巨大な不正構造は、変えようがない。

 

 

 ……しかしその日、私たちは”特殊因子“を遥かに超える、まさに太陽のように眩しい希望を、別の全書から見つけることになる。

 

「ヴァレンティン、この本を見てくれ」


 興奮したユグリスにそう話しかけられたのは、その日の深夜のことだった。


 「……なんだその本は、どこにあった?」

 「通路のずっと奥で埃を被っていた。長いあいだ、誰も読まなかったのだろう」

 「……見せてくれ」


 すっかり埃を被ったその黒い本は、ほかの多くの本とは明らかに異質な雰囲気を纏っていた。

 持つと本はずっしりと重く、なにか得体の知れない魔術を秘めていた。

 “超一級禁書”、本の表紙にはそうラベルリングされていた。今思えば、このような超一級の禁書がそこにあったこと自体、なにか不可解な超自然的出来事だ。


 そこには様々なこの世界の秘密が書かれていた。

 いかにして教会が発足したか、また、いかにして今の世界が出来上がったか。

 かつて魔獣が全盛だった頃、どのような存在がこの世界に平和をもたらしたか……。

 そして本の最終盤、いくつかの重大な予言が書かれていた。


 「“終焉因子”。……すべてを変える存在、そう書かれている」

 「そうだ」ユグリスが頷く。「隣に予言が書かれているのが見えるか。ユフリス歴三千十四年、四月三日、“彼方人”としてその存在がこの世界にやってくる、と」

 「……十年後の、明々後日(あさって)だ」

 ユグリスが目を見開き、静かに頷く。

 

 私たちは興奮を抑えきれず、ふたりで身を乗り出すようにして、その本のそのページを読んだ。


 


 ユフリス歴三千十四年、四月三日。“終焉因子”であるその人物が、”彼方人“として流れ星のようにこの世界に到来する。

 彼は世界の最底辺としてこの世界に所属し、やがて、この世界のすべてを根底から覆す。




 この文言は、私たちの胸に巨大な火を灯した。

 完璧に閉ざされていた世界に、大きな風穴を開いた。


 「すべてを変える人物が、十年後の明後日、この世界にやってくるのだ……! 」


 私たちは同時に、声を震わせて、そう囁いた。


 ほとんど折れ掛かっていた心が、そのとき、限界ぎりぎりで踏みとどまった。

 私とユグリスは自分たちがすべきことを自覚した。この“終焉因子”がやってくるその日まで、革命の礎を築くこと。――それこそが、私たちに課せられた使命なのだ。

 

 本を閉じると、まるでその機会を待っていたかのように、教会の監視員たちが私たちのいる図書館に踏み入って来た。禁書については、長時間の読書は暗黙の不法とされていた。ましてや、“超一級禁書”など、手に取ることさえ懲罰の対象になりかねない。


 私たちは慌てて本を無作為に本棚に仕舞い、逃げるように図書館をあとにした。

 そして奇妙なことに、その後いくら本棚を隅から隅まで探しても、あの黒い本を見つけることは二度と出来なかった。



 外へ出ると、真夜中のオーヴェルニュには真冬の冷気が張っていた。

 だが、私たちはさっきまでの興奮で、少しも寒さを感じなかった。


 「“終焉因子”、あの予言を君は信じるか」

 口元から白い吐息を漏らしながら、ユグリスが聞いた。

 「……お前はどうなんだ」

 探るような間が、互いの間に流れた。

 そして次の瞬間、私たちは同時にこう答えた。


 「私は信じる」と。







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