94,王。
※涼目線に戻ります。
ヴァレンティンたちと会合を行った翌日、今度はエレノアとセシリアの三人で会議を行った。
セシリアの屋敷に着くと、すでにエレノアが来ていて、ふたりは古いワインを飲んでいた。
「来たか。少し状況を整理しようか。今後の私たちの方針も決めなくてはならない」
エレノアはかすかにアルコールの匂いを漂わせ、そう言う。
「私はその場にいなかったけれど、ヴァレンティンとユグリスは、本気でこの国にクーデターを起こす気でいるの?」
エレノアと同様に酒の匂いを漂わせ、セシリアがそう問う。
「本気のようでした。長年準備をして来たとのことです」
「ヴァレンティンと言ったら、この国の軍部のトップよ? まさかそんなことを、本気で考えているなんて」
「私の驚きだった」エレノアがそう口を挟む。「ヴァレンティンとは冒険者時代に何度も顔を合わしたことがあるが、まさかクーデターを企てているとは思わなかった。だが……」
「だが、なによ?」
「私は嬉しいと感じた」
「……どうして?」
「今の貴族社会に真剣に不満を抱いている人間が、ほかにもいるのだとわかったからだ」
「そうね」と、セシリアはその長い睫毛を伏せる。「軍部のトップをこちら側に引きこめたのは、正直に言って、大きいわね。これで革命の可能性はぐっと高まったわ」
「クーデターに関してもそうなのですが」と、俺が口を挟む。「日常生活の部分で大分助かるかも知れません」
「どうしてだ?」
「今後は危険が増すでしょうから、俺たちの仲間には護衛が必要になってきます。ヴァレンティンさんが、部下の兵隊たちを第四階級の人々の見回りに当ててくれるとのことです」
「それは……、朗報だな」
エレノアが腕組みをして、身を乗り出して言った。
「ええ。本当に助かります」
第四階級の仲間たちには、幾人かを選別して戦闘職のスキルを授けてある。
アレンとルナほどではないが、彼らもある程度は戦える技術を身に着けた状態にした。それなりに自分たちで身を守れるだろうが、それでも、限界はある。その限界の枠外を、ヴァレンティンの部下たちが埋めてくれるというわけだ。正直に言って、相当に助かる。
「ヴァレンティンだけではなく、ユグリスがこちら側に来てくれたのも大きいですよ」
「確かに、彼は司法のトップだ。ヴァレンティンほど完璧に部下をまとめ上げているという様子ではなかったが、それでも、彼の人脈の豊富さと、世間からの信頼には相当な価値がある。必ずなんらかの助けになってくれるだろう」
「あとは……、実は、シビラさんが私たちに賛同してくれたわ」
「解毒士の、シビラさんですか?」
「そうよ」と、セシリアがぐっとワインを飲み干し、続ける。
「このあいだの裁判のあと、シビラさんが個人的に私のもとを訪ねて来たの。きっとアニーが色々と話してくれたのでしょうね。なかなか独特な人だったけれど、はっきりと、“お前らの力になりたい”と言ってくれたわ。なんでも、涼、あなたのことをとても気に入ったと言っていたわ。……彼女、癖があるけど、面白い人ね」
「シビラさんがそんなことを……」
シビラは解毒士の世界でかなり高く評価されている。天才と呼ばれ、直属の弟子はいないものの、多くの生徒たちを業界内に抱えている。解毒士全体をまとめ上げてくれ、それが力になってくれれば、これもまた大きな助けになる。
「あとはロジャーさん、ヴィクターさん、セナさん、私の友人たちである“至高の美食会”の面々、……彼らがみんな、私たちの為に仲間を募ってくれているわ」
それから、一呼吸置いて、セシリアが続けた。
「みんな、あなたにほれ込んで集まってくれているのよ」
「俺に、ですか……? それは買い被りすぎじゃないですか」
「買い被りなんかではないわ。みんなあなたの才能と、そして優しさに、強く惹きつけられているのよ」
「自分では良くわかりません」
「これほどの人間をまとめ上げられるのは」と、エレノアが言う。「お前くらいのものだ。ほかの誰にも出来ないだろう。みんな、”トップがお前だから“、私たちの動きに賛同してくれているんだ」
ふたりのこの言葉に、ぐっと熱いものが、胃袋の底の方から湧き上がって来る。
正直に言って、自分にそれほどの魅力があるとは思えなかった。みんなの買い被りすぎだとも感じる。
だが、それと同時に、自分が行って来たことの自信も、多少なりとも身についていた。
「嬉しいです」
そんな素直な言葉が、自分の口から漏れたことに、自分でも驚く。
「ああ。それで良い。……喜べ」
「あなたは、自分に厳しすぎるのよ。誰もが認めているのよ? あなた自身が、もっと自分を認めて」
「本当に、嬉しいです」
そう言うと、さっきよりもさらに、嬉しい気持ちがぐっと込み上げて来た。思わず、涙が溢れそうになる。
すると、エレノアが席から立ち上がり、思わぬことをした。
「……喜べ、涼。お前は私の自慢の弟子だ。強く、そして、誰よりも優しい。私はお前のことが誇りだ」
そう言って、まるで赤子を抱くように、優しく抱きしめてくれたのだ。
「エレノアさん……」
大人っぽい彼女の甘い匂いのなかで、俺はしばし至福の時間を味わう。
アニーとは違う、色気のある大人の匂いに、眩暈を起こしそうなほどだ。
「……そのままキスでもしたら?」
セシリアの言ったそのからかいの一言で、俺たちは慌てて身を引き離したのだった。
◇◇
夜になり、エレノアとふたりで帰路に着く。
さっきのことがあったからか、俺たちふたりの間に、なにか恋人同士のような甘い空気が漂っていた。
「あ、あの」
と、思わず、声が上擦る。
「な、なんだ」
と、エレノアの方でも、若干緊張しているような感じが、あった。
「……今後は俺たちはどうするのでしょうか。冒険はどうしますか」
「……冒険は、これまで通り行う。A級を目指すぞ」
「A級ですか」
「ああ。B級で良い成績を収めれば、恐らくは“五英傑”に選ばれる。“五英傑”に選ばれれば、王城に出入りが許される」
“五英傑”というのは、優れた新人冒険者に与えられる称号で、時期ごとに五人が選出される。
選出された冒険者は王に謁見が許され、そこで表彰され、以後は王城への出入りが許可される。
「王城に出入りして、クーデターの契機を探すのですね」
声を潜めて、エレノアの耳元でそう言う。
「……」
だが、エレノアは、なにも返さない。
ふと隣を見ると、エレノアの顔は真っ赤に染まっている。
「あの、……エレノアさん?」
「いや、……すまない。あんまり耳元で囁かれたものだから……」
「ご、ごめんなさい!」
「いや、良いんだ。……むしろ、ありがたいくらいだ」
「……ありがたい?」
しばしの間があったあと、エレノアが言った。
「……今のは忘れろ」
アニーとのことがあるから、エレノアとあまり距離を近くするのには、罪悪感があった。
だが、その罪悪感があっても、時々、エレノアの魅力に深く溺れそうになることがある。
冒険をするようになって分かったことだったが、エレノアは、若い頃に国を代表するほどの美女だったのだという。
少し上の世代の冒険者からは、口々にその評判を聞く。当時のエレノアが、いかに可愛く、絶世の美少女で、そしてまた、冒険者として強かったか……。
それは昔のことではあったが、今のエレノアも、少しも容姿が衰えていない。むしろ、大人としての色気が増した分、今の方が魅力的な可能性さえある。
気の強そうな美しい顔立ち。それでいて、驚くほど照れ屋なその姿に、男として、時々、俺はぐっと引き込まれそうになる。
「……私のことを“可愛い”と言ってくれたのは本当か」
「……え?」
エレノアが突如言ったその言葉に、思わず俺は、そう聞き返す。
「姉から聞いたんだが、お前が私をそう誉めてくれたと」
そんなことを言っただろうか、と思うが、記憶を巡らせると、確かに言った覚えがある。
「……確かに、言いました」
「嬉しかった」
ぽつりと、顔を真っ赤にさせて、俯いたままエレノアが言った。
あまりの赤面ぶりに、まるで十代の少女のようだな、と思う。
「……お世辞でも、嬉しかった」
「お世辞なんかじゃありません」
「……本当か?」
「本当です。……エレノアさんは、可愛いです」
「……嬉しい」
口元に手を当てて、エレノアが自分の赤面を、その手で隠している。
可愛い。……胸の中で、思わず、そんな言葉が漏れる。
「……私は、お前と冒険に出られることが、いつも本当に嬉しいんだ」
「俺もです。エレノアさんが師匠で、本当に良かった」
「そうじゃないんだ」
「……え?」
「師匠とか弟子とかそんなことじゃなくて、……お前と一緒にいられることが、ただ嬉しいんだ」
言ったあとで、エレノアがしまった、という顔をする。
額に大量の汗をかき、通りの反対を方向をじっと見据えている。
だが、その耳は、湯気を立てるほど赤く蒸気している。
俺の中で、エレノアを可愛いと思う気持ちが止まらなくなっていた。
誰もが憧れる大人っぽい美女なのに、こんなにも照れ屋なことが、あまりにも、可愛い。
「……駄目だ」
と、エレノアがそのとき、突然そう口走る。
「こんなことでは駄目だ。すまない、忘れてくれ!」
「どうしたのですか、急に?」
「忘れろ、今のは忘れてくれ! ……とにかく、ヴァレンティンたちと協力して、物事を進めるぞ!」
半ば強引に、エレノアはそう話題を変える。
そして最後に、こんな思わぬことを言うのだった。
「そしてお前は、この国の王になるんだ」
「俺が、この国の王に、ですか……?」
「ああ、クーデターを起こすとは、つまりそういうことなんだ」




