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86、手紙の束。

 ※涼目線に戻ります。


 「涼くん、あなた宛ての手紙が溜まっているから、時間があるときに見ておいてちょうだい」


 セシリアにそう言われたのは、彼女の屋敷で、ふたりだけの軽い祝賀会をしているときのことだった。


 「手紙……? なんの手紙ですか」

 「主に商会からの手紙と、それから、ぜひ一度会って話がしたいという手紙ね。まあそれも、結局はビジネス絡みでしょうけれど。結構多いのよ、あなたと一緒になにかを共同開発したいとか、なにか新しい製品が造れるのでは、と思って手紙を送って来る人が。……あなたは宿暮らしだから、みんな私に送って来るのだけれどね」

 「そうでしたか。知りませんでした」

 

 ふたりで飲んでいる小さなテーブルに、セシリアは奥から持ってきた手紙をどさりと重ねる。

 少なく見積もっても五十枚ほどはありそうだが、いったい、いつの間にこんなに送られて来たのだろう。


 「なかにはB級昇格へのお祝いの手紙も含まれていたわね。貴族たちは早速敏感に情勢を察知して、今のうちにあなたと懇意になっておきたいと考えているのでしょうね。そういう、目端の効く貴族は結構多いものよ」

 「まだB級に過ぎない俺と親しくなって、彼らになにかメリットがあるんですか」

 「今のところはないわよ。でも、あなたは異例の出世速度だもの。今後、間違いなくこの世界の上位に名乗りを挙げると、多くの貴族がそう踏んでいるのでしょうね。そういう人たちが、あなたに手紙を送ってきているのよ」

 

 料理を並べたテーブルの隅に、ふたりで一枚一枚、手紙を開いていく。

 この世界の貴族たちに詳しくない俺は、名前を見たところで、誰が誰だかわからない。それが有力貴族なのか、田舎貴族なのか、それすらも、わからない。

 

 「どうやら貴族のパーティーにあなたを招待したがっている人も多いわね」

 「パーティー?」

 「あなたを仲間に引き込みたいのだと思うわ。涼くんは下らないお遊びや、些末なビジネスには関与しないと私が触れこんでいるから、これでも随分手紙は減ったのだけれどね。それでも、まだこれだけ手紙は届くわ」

 「これで、減った状態なんですか」

 

 減る前はどれだけあったのだろう。

 しかし、いつの間に自分がこれほどこの世界で注目されるようになったのかが、わからない。

 確かに衣類や、酒や、冒険や、裁判等で世間を騒がした自覚はあるが、自分としては目の前のトラブルやアイディアを処理して来ただけという意識が強い。そんなにも、名を挙げるような実績を成しただろうか。

 

 「それから……、あなたと懇意になりたいという、“女性貴族”からもたくさん手紙が来ているわね。というか、ここにある手紙の半分以上はその手のお手紙なのだけれど。会って話がしたい、デートをしたい、結婚を前提にお見合いをしたい。……そんなことがたくさん書いてあるわ。中には情熱たっぷりに恋文をしたためているものもあるわね」

 セシリアはさほど関心も無さそうに俺を見ると、

 「どうする? 行くのなら返事を書いておくけど」と言う。

 「誰にも会うつもりはありませんよ」

 「じゃあ断っておくわね。貴族からの誘いは無下に断ると角が立ってあとで面倒なケースもあるのだけれど、私の方から贈り物をしておくわ。特に若い女性は手紙を無視されると傷つけられたと感じて、根に持つケースもあるから」

 「そんなに面倒なことになるのですか?」

 「面倒なことになるわよ。ましてやあなたは第四階級なのよ。プライドの高い貴族女性が第四階級の男に振られたなんて、想像するだけで厄介なことになるでしょう。そういう相手には、私の方から丁重に贈り物とお手紙を書いて断るようにしているのよ」 

 

 貴族の世界はいろいろと厄介なしがらみが多いとは聞いていたが、いつの間にかセシリアの世話になっていたとは知らなかった。

 確かに、言われた通り、貴族女性を下手に敵に回すと、どこかで大変なことになりそうな気もする。


 自分は好きに冒険して好きにものを造っているだけだから、セシリアのように周囲に気を配ってくれる人が仲間にいると、とにかく心強い。


 セシリアはワインを口に含みながら、頬杖をついてはあっと深く嘆息する。


 「でも、今後もこうした手紙は増えるでしょうね。このあいだ、街の雑誌社が発行しているゴシップ誌を読んだら、“結婚相手に最適な有能な若手冒険者ランキング”に、あなたがランクインしていたわ。若い貴族女性にとって、今のあなたは憧れの若手冒険者なのよ。誰か、断りの手紙を書く者を、専用で雇おうかしら」

 「人を雇うほどですか……?」

  

 エレノアにも似たような話をされたことがあるが、この世界では冒険者の人気はかなり高いのだという。

 俺たちが思っている以上に、貴族女性の間で若い冒険者たちの情報は交換され、話題にされ、恋の対象として憧れられているという。この世界にゴシップ誌があって、そこに猥雑なランキングまで掲載されているとは知らなかったが、聞いてみれば、そんなものが、あってもおかしくない。


 しかし、最近、街を歩いていると、若い女性たちがちらちらこちらを見ているような気はしていたのだ。

 第四階級の男が当たり前のように街を歩いていることに不信感を抱かれているのだと思っていたが、まさか、逆の感情を持たれていたとは。

 それ以前に、世間に顔を知られるほど、自分が有名になったことに、驚きを禁じ得ない。


 「そう言えば、ユグリスからも連絡が来ていたわ」

 「ユグリス? “法の守護者”の、ユグリス・ヴァンデルですか?」

 「ええ、そうよ。“法の守護者”の執政大法官の、ユグリス・ヴァンデル」

 「いったい、なんの用なのでしょう?」 

 「あなたを気に入ったから、是非一度、ゆっくり話したい、とのことね」


 セシリアはそう言うと、ユグリスからの手紙らしきものをひらひらと振る。

 ユグリスとは裁判でも顔を合わし、その後も少し話をしたが、気に入られたとは思っていなかった。

 

 だが、思い当たる点がないわけでもない。


 あれは裁判が終わったその夜のことだ。すでに陽は暮れ、やっと裁判が終わって家路に帰ろうと言うとき、裁判所の廊下をユグリスが追いかけて来て、こんなことを口にしたのだ。


 「旧友のヴィクターや、セナが君を気に入っていたわけがわかった」と。

 「どこらへんが、そう思うのでしょうか」

 恐る恐るそう尋ねると、

 「《《賭けてみたくなるんだ》》」とユグリスは言ったのだ。「君に賭けてみたくなる。私は”法の守護者“のトップだからね。賭け事は普段しないんだが、……でも、君にはすべてを賭けてみたくなる。なぜだろうな。なぜか、期待してしまう」


 ユグリスはそれ以上語らなかったから、俺になにを期待しているかはわからなかった。

 ただ、その目はヴィクターやセナが俺に向ける目に良く似ていた。


 「分かる気がするわ」

 セシリアにその話をすると、彼女は頬に手を当てて、頷く。

 「私たちは世代交代を感じているのよ。自分たち世代が成し遂げられなかったこと、……そのことに後悔を感じながら、“《《もしかしたらこの男ならそれを成し遂げてくれるのでは》》”と思って、期待してしまうのよ」


 「私もそうだもの」と結ぶと、セシリアは椅子から立ち上がり、「さあ、直近の売り上げの話に入りましょうか。今日はその為に集まったのだもの」

 

 そう言って、奥から帳簿と書類の束を持って来てそれを卓に積んだ。






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