表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/119

84, 胸を撫で下ろす。

 

 食事を終えるころには、すでに陽は暮れていた。

 涼はアニーの片づけを手伝い、食後に紅茶をご馳走になって、荷物をまとめ始める。

 もう少しアニーと話をしたかったけれど、“一緒に夕食を取る”という用事はすでに済んでいる。これ以上いるのは、国民に大人気のこの絶世の美少女にとっては、迷惑かも知れない。


 しかも、セレスティアル大聖堂でのあの式典を見た後なのだ。

 公務で彼女は忙しくなるだろうし、多くの貴族が言い寄るのも目に見ている。

 “もしかしたらアニーさんとふたりで食事をするのはこれが最後かもしれない”とさえ、涼は思っていた。


「あ、あの……」

 と、玄関を出たところで、涼は言う。

 “また食事に誘ってください”と言いたいが、その言葉が、喉から出てこない。

 ほんの短いフレーズなのに、汗ばかりが額から流れてくる。

 自分でも、なぜこんなに緊張するのだろう、とすら思う。

「あ、あの、ほんとうに、ほんとうに、多分、迷惑だとは思うのですが、……それに、おれなんかが言うのは失礼かもしれませんが……」

 ここまで言っても、涼は“また食事に誘ってください”の一言が、どうしても口に出来ない。

 それで、

「……少し歩きませんか」

 と、ようやく、そう言葉を絞り出す。



 アニーの家を出たフィヨル広原の夜景は、遠い街の明かりのほかは特に明るいものもない。

 オーヴェルニュのひんやりとした冬の空気が広がっているだけで、人や動物の気配もしなかった。


 アニーと無言で草原の散歩道を歩きながら、涼は改めて“なぜこれまでアニーが自分に構ってくれたのか”不思議に感じていた。


 ”チート“能力があるだけで、自分にはなんら特別なものはない。

 アニーのように持って産まれた美貌もなければ、優れた冒険者のように勇ましいわけでもない。

 もともとの自分は、ただの高校生であり、平凡な人間に過ぎない。多分アニーも、長い付き合いのなかでそのことが分かってきているだろう。


 でも……、

 と涼は思う。

 会えなくなるのは、すごく寂しい。


 (自分はアニーさんのことが好きなんだな……)


 と、そのときやっと、涼はこの感情を正面から自覚したのだった。


「あの」

 と、そのとき無言を破ったのは、アニーの方だった。

「もし良かったら、手を繋いで歩きませんか」

「お、俺で良かったら!」

 涼はそう答えるが、思わず声が、裏返る。

 そっと手を差し出すと、アニーがそれを柔らかく握り返した。

 心臓が高く跳ね上がり、いつもよりもずっと身体が硬直する。


 無言を乗り越えて喋ってくれたのだ。

 今度は自分が勇気を出してなにかを言う番だった。

「……また食事に呼んでくれませんか」

 やっと、その言葉が言えた。

「……喜んで」

「食事だけじゃなくて、もっと一緒にいたいです」

「……私も、もっといろいろ一緒にしたいです」

「アニーさんは忙しくなるでしょうし、自分に構っている時間なんてないでしょうが……」

「……涼さんこそ、私を気に掛けている時間なんてないのではないでしょうか……」


 “好きです”と伝えたら、迷惑になるだろうかと涼は思う。

 でもせめて、自分はもっとアニーと一緒にいたいと誠意を持って伝えたかった。


「自分は……、多分今よりももっと忙しくなるし、時間も取れなくなるとは思います。でも、アニーさんと一緒に過ごすこの時間が《《好きです》》し、大切です。どんなに時間がなくても、呼ばれれば、必ず時間を空けて、会いに来ます」

「私も……」と、アニーが話し出す。「公務に正式に復帰したので時間はないですし、忙しいとも思いますが、……涼さんと過ごす時間が、なにより《《好きです》》し、私には必要です。私も、どれだけ時間がなくても、必ず時間を空けますから、どうか、どうかまた、夕飯を食べに来てください。お願いします……!」


 ふたりでなにを恐縮し合っているのだろうと、そのとき、ふいに二人は笑い合う。

 それまでずっとわだかまっていたものが、急にほぐれたようだった。


「では、また食事会をするということでよろしいでしょうか」

 と、アニーが微笑みながら言い、

「そうですね。……ぜひ、また」

 と、涼が微笑みをアニーに向ける。


 今やふたりは、向かい合って両手で手を繋いでいた。


 前進したのか、もとの位置に戻ったのか。

 少なくともふたりは、自分の不安が和らいだように感じ、ほっと胸を撫で下ろしていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ