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82/119

82,握手。

 ※涼目線に戻ります。


 裁判が始まったのは月曜の夕方のことだった。

 超大企業であるフレッシャー商会の不祥事事件とあって、裁判所には多くの記者や、やじ馬がつめかけていた。


 被告であるセオドア・フレッシャーは脅迫、殺人未遂、業務上過失致死罪、その他数点の罪で起訴されていたが、これらすべてを否認。「一切やっていない」と口にしたまま、多くを語ろうとはしなかった。


 だが、裁判の後半で出て来たムッサ・ハピオールがフレッシャー商会との関係を独白。さらには商会が不法投棄した薬品や、常日頃の杜撰な管理体制まですべてを暴露し、法廷は騒然となる。

 言うまでもないが、“法の守護者会”の執政大法官であるユグリスと協議をして、ムッサには事前にチャームを掛けてある。命令の内容は“すべての真実を話せ”というもの。


 まさか仲間であるムッサがぺらぺらと真実を独白すると思っていなかったのか、フレッシャーは蒼白となり、その場ですべての罪を認めた。


 こうして、フレッシャーと副商会長であるハロルド、その他数名が裁判で有罪となり、特にフレッシャーとハロルドは禁固二十年を言い渡された。

 父の代から続いていた大企業フレッシャー商会は、こうして、ついに倒産となった。



 ◇◇


 裁判とその後の手続きや話し合いが終わる頃には、時刻は真夜中となっていた。

 裁判の後半から、街中ではすさまじい騒ぎが起こっていた。この国の誰もが知る大企業の不祥事騒ぎ、そして、そこからの倒産。騒ぎにならないはずがなかった。


 国民たちは特に、フレッシャー商会が口止めの為に殺しを目論んでいたことに、ショックを受けた様子だった。“貴族社会はここまで腐敗しているのか”と、その腐った内実を目撃し、国民全員が蒼ざめたのだ。


 一方で、聖女アニーの名声はうなぎのぼりだ。

 いわばフレッシャー商会がばらまいとも言える“沈黙の呪縛”という不治の病、それをあの絶世の美女が完全治癒してまわっている。その見た目の麗しさも相まって、国民の人気が上がらないはずがなかった。

 

 とにかくすべてが凄まじい騒ぎのなかで進行し、俺は裁判所を出て、へとへととなった足取りで宿に向かって歩いていた。


 ふと、通りがかったロジャー商会の繊維工場に明かりが灯っているのに気が付いたのは、そのときのことだ。

 誰かいるのかと思ってなかを覗くと、

 「涼」

 と、思わぬ声がする。

 「こんな時間になにをしているんだ。裁判は終わったのか?」

 その声はツルゲーネのものだった。

 彼は作業机にたくさんの紙を広げ、なにか作業を続けている。


 「裁判は終わった。もうへとへとだよ。それより、お前こそ、こんな時間になにをしているんだ」

 「ちょっとした仕事を片付けているんだ。ロジャーさんにこの工場を任されちまったからな」


 ツルゲーネの顔は疲労感でくたびれて見える。

 だが、それと同時に、生き生きとした躍動が、彼の眼の奥で明るく輝いてもいた。


 「忙しいは忙しいんだが、この仕事が好きなんだ」

 「俺にもわかる。橋の下にいた頃では、考えられない好待遇だ」

 「あの頃は、まさか自分が工場長になるとは思ってもいなかった。やれるとも思っていなかったしな」

 「でも、お前は立派にそれをこなしている」


 ロジャーさんから伝え聞く話だと、ツルゲーネは立派に工場を取り仕切っているという話だ。

 数多くの従業員を束ね、ひとりひとりに仕事を振り、期日までに製品を形づくって行く。それは口で言うほど簡単な仕事ではない。

 そのうえ、ツルゲーネはひとりひとりの従業員を大切にケアし、決して無理はさせず、それでいて期限遅れは一度も起こしていないとのことだ。

 それもこれも、第四階級の人々がツルゲーネを、橋の下にいた頃から信頼していた、という下地あってのものだ。ツルゲーネは、案外人望が厚い。


 「お前には感謝している。ロジャーさんに引き合わせてくれて……」

 「それより、その机の上の紙はなんなんだ」

 「これか……。見せるのは恥ずかしいんだが、お前になら良いだろう」


 ツルゲーネが摘まみ上げた紙を一枚、手に取って眺める。

 そこには鉛筆を使って描かれたなんらかのデッサンがあった。


 「……これ、服のデザインか」

 「実はそうなんだ。恥ずかしいんだがな」

 「恥ずかしがることなんてないだろ。……そっちの紙もそうか? ちょっと見せてくれ」

 「あんまりじろじろ見るなよ? あくまでも趣味みたいなもんだ」


 紙は、驚くことに五十枚ほどある。

 そのすべてが、ツルゲーネが自分の頭で考えた新しい衣服のデザインだ。

 絵は拙く、横に書かれた文字も乱文と呼べるほど汚かったが、……その熱意に、俺は思わず胸を打たれる。


 「お前みたいに才能があるわけじゃないけどな、俺にもなにか出来ることはないかなって、そう考えてたんだ。工場を取り仕切るだけじゃなく、自分でもなにか出来るんじゃないかと思ってさ。……気が付いたら、ペンを取って、紙にいろんなデザインを書きつけてた。……下手だろ? 自分でもわかってるんだ」

 「これは……新しい防寒着のデザインか?」

 俺は紙の一枚を指差して、そう尋ねる。

 「ああ、そうだ。オーヴェルニュの街は冬の寒さが厳しいだろう? 特に首回りが冷え込んで辛いんだ。その寒さを少しでも緩和できる服が造れないかなと思ってさ」

 「……優しい考え方だと思う」

 しかし優しいだけではない。

 そこに描かれていたデザインは、もとの世界で言うところの、“タートルネック”のような形なのだ。

 絵は拙いが、そのデザイン・センスにはなにか光るものがある。


 だが、問題は、このデザインの衣服をどうやって造るかだ。

 デザインしたものをいかに製品化するか、ツルゲーネにはまだ、その意識が足りない。


 「……このデッサンもお前がしたものか?」

 「ああ、それか。……一昨日考えたもんだ。まあ、笑えよ。それに至っては服ですらない」

 「いや、悪くないよ、これは」

 「……そうか?」

 ツルゲーネがまんざらも無さそうに、口にかすかな笑みを浮かべる。。


 そこに書かれていたデザインは、どう見ても”マフラー“と呼べる代物だった。

 この世界に“マフラー”は存在しないから、ツルゲーネは自力でそのデザインを独創したことになる。


 「お前が“セーター”に使った素材で首に巻く布を造ったら暖かいんじゃないかと思ってさ。その布にも模様を描けば、ファッション的にも見栄えのするものになるかも知れない。単なる布を首に巻くなんて馬鹿げてると思ったんだが、案外、悪くないと思うんだ。……どうかな」


 ツルゲーネの寝不足気味な虚ろな眼の奥に、燃えるような興奮が光っている。


 「ツルゲーネ。お前、本気で服を造ってみる気はないか」

 「本気で……? それは、どういうことだ?」

 「俺の持っている”織力(しょくりょく)“というスキル。もともとは加工士のスキルだが……、これをお前に授ける。そうすれば、布を使ってお前は好きに服を造れるようになる」

 「……でも、スキルを使うにはわずかにでも魔術量が必要なんだろ? 俺の魔術量はゼロだぜ」

 「俺が魔術量も授けられることを忘れたのか?」

 「そういえばそうだったな……。まったく、お前は神様みたいなやつだよ」

 「ただ……」

 「ただ?」

 ツルゲーネの眉間にぐっと、不安の皺が寄る。

 「”織力“を使うにも魔力コントロールの技術が必要になる。……それは、結構難しい。お前にその訓練が出来るか?」

 「……どうかな。自信はないが……」

 「どうだ?」

 「やってみたいとは思う。お前に遠く及ばなくても、少しでもお前のように生きたい」


 「じゃあやってみよう」

 俺がそう言うと、ツルゲーネは緊張と期待で、すうっと深く息を吸う。

 俺はツルゲーネに手を翳し、”織力“と魔術量を送り込む。

 神秘的な間のあと、ツルゲーネの身体にスキルと魔術量がゆっくりと馴染んでゆく。

 

 作業が終わると、ツルゲーネが胸に手を当ててこう言った。

 

 「橋の隅で物乞いをしてた頃から、お前は俺たちとはなにかが違っているような気がしてた。俺たちはとっくに人生を諦めていたのに、お前だけはそうじゃなかった。……今俺たちが味わっている”普通の暮らし“は、すべてお前が”諦めなかったから“、手に入ったものだ。みんなお前に引っ張られて、少しずつ人生に前向きになって来たんだ」


 ツルゲーネにそう言われ、俺は橋の隅にいた頃のことを思い出す。

 暗くて寒い、そして不潔な橋周辺での生活。でも、自分が一生そこにいるのだとはどうしても思えなかった。足掻き続けていれば、いつかなにかが変わると信じていた。

 そう思えたのは、あの頃、常に隣にこの男がいてくれたからだ。


 「いや、俺一人じゃ希望は持ち続けられなかった。お前や、ゴーゴや、第四階級のみんながいなかったら……」

 

 ふと、ツルゲーネの目からぽろぽろと涙が溢れていることに、気がつく。

 大の男が、目から涙を溢れさせ、それを隠そうともしない。その姿に、ぐっと胸が熱くなる。


 「涼、ありがとう。俺たちにすべてを与えてくれて。俺たちは、心の底からお前には感謝している」


 大勢の仲間が出来ても、橋周辺での生活を共にしたのは、ツルゲーネや第四階級の連中だけだ。

 そんな彼らとだけしか味わえない、喜びというものがある。俺たちはあの薄暗い社会の底で一緒に飯を食い、隣で眠り、街にある食いものを漁りあったのだ。

 そして、その全員で、今社会の上層へと食い込みつつある。


 「でも、まだだ、これからだ、俺たちはもっともっと、上へ行くぞ……!」


 俺がそう言うと、俺たちはどちらともなく掌を差し出し、それを握り合う。

 硬く握り締めた掌から、ツルゲーネの強い情熱が、流れ込む。


 それから数週間後、オーヴェルニュの街では物珍しい防寒着が発売され、“セーター”に次ぐヒット商品となる。

 ロジャー商会の運営する繊維工場でデザインされたその商品は、“マフラー”と呼ばれ、その後、長くこの世界で愛されることとなる。






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