78,解毒士の声明。
※今回はフレッシャー商会目線の話です。
「いったい、なにが起こっているんだ」
商会の奥の小部屋に入り、先に来ていた副商会長のハロルドに、そう尋ねる。
「わかりません。私も、なにがなんだか……」
「ムッサに命じて村人ともども皆殺しにする話ではなかったのか」
「それが、ムッサが相手側に倒され、拘束されたと聞きました。そこからは、連絡が途絶えています」
「相手はB級昇格試験に来た若手冒険者という話ではなかったのか。ムッサはA級並みの強さだぞ。それに、街で雇ったごろつきどももそれなりの強さだ。それが、なぜそんな若手冒険者に敗れてしまう?」
「わかりません。とにかく異常に強いC級冒険者だったということは、確かです」
「なぜそんな奴がC級に留まっていたんだ」
事態の不可解さと、なにも上手く行かない苛立たしさで、思い切り机を叩いてしまう。
亡くなった父の商会を引き継ぎ、その腐敗した商会を一から建て直そうと思ってところなのに、これでは再建どころではない。
「私たちの行った不祥事はどこまでバレている?」
「……先程、”法の守護者“から通達があり、近いうちに裁判が開かれるとのことです。恐らくは、かなりのところまではすでにバレているかと……」
「湖に大量の薬品を投棄したこともか」
「恐らくは……」
「クソッ……! 」
ムッサが拘束されていることを考えると、奴を口止めの為に派遣したことも、“法の守護者”は把握しているだろう。
湖への不法投棄と、殺意を持った差し金を送ったこと、このふたつでも相当の罪になるだろうが……。
「……だが、質の悪い“魔力抑制剤”を販売していたことは、まだバレていないな……?」
「幸いなことに、そこまでの調査は及んでいないようです」
「なら良い。まだ挽回は出来る」
ハロルドと話し合い、この事件の首謀者として若手役員の一人を生贄として差し出すことは決定していた。
その若手役員もそのことには承諾済みで、今回のすべての罪はその男に被って貰う。私とハロルドはなにも知らなかったことにし、商会の再建に意識を集中させる。
「若手役員は良いと言ったんだな?」
「ええ。数年は投獄されるでしょうが、構わないとのことです」
「良く了承したな」
「さすがにすぐに頷きはしませんでした。ですが、奴には家族がいましたので……」
「……脅したのか」
「……やむなく」と、ハロルドは目を伏せる。「彼には妹がおりましたので、こちらで拘束、監禁しております。もちろん、囚人生活が終わったあとは、多額の報奨金と、この会社での地位を約束しております。妹の生活ももちろん、それまではこちらで面倒を見ます」
「……そうか」とだけ、私は呟く。この商会の悪しき膿を吐き出すどころか、どういうわけか、自分自身の手がますます汚れていく。
ひとつ建て直しているあいだに、また別のなにかが倒れ、収拾がつかないほど辺りが散らかっていく。
しかも、そうした窮地へと自分を追い込んでいるのが、謎に包まれた“第四階級の冒険者”だというのが、余計に腹立たしい。
「第四階級など、社会のゴミクズではないか。街の景観を汚し、橋の下を寝床にし、汚いドブネズミのように街の暗闇を駆け回る。……薄汚い被差別階級ではないか」
「おっしゃる通り、彼らはこの国のゴミです。私ども貴族たちが脅かされるなど、あってはならないことです。……今が踏ん張りどきです。必ずや、あの薄汚いゴミどもを叩きのめしましょう」
フレッシャー商会を興した父は、生前、私に良くこんなことを話して聞かせた。
“この国の社会は貴族同士による繋がりで出来ている。人間関係さえ上手く構築出来ていれば、貴族はなにをしても許される。とにかく、腐敗を共有できる仲間を持て”と。
我が父親ながら最低の助言だとは思うが、商会を運営してみて、父の言わんとすることが良く分かった。
この国の上流は完全に腐敗しており、貴族同士はその腐敗を互いに補助し合っている。
だから、フレッシャー商会のような杜撰な経営でも、どうにか建て直せる、そう思っていたのだ。
だが、……今の私は崖から滑り落ちそうなほど、窮地に追いやられている。
「なぜ私なんだ。なぜ私だけが、こんな目に遭わされる……!」
胸中で囁いたつもりだったが、声に出ていたのだろう。
「落ち着いてください。まだ建て直せるはずです。必ずこの窮地は脱せるはずです。諦めずに、ふたりで乗り越えましょう」
常に冷静で従順なハロルドだが、今はその従順さが、妙に気に障る。
「なにを言う。……父の代から役員に名を連ねるお前がしっかりしていないから、こんなことになったのだろう……!」
「そ、そんな、私はずっと、この商会を建て直そうと一生懸命に……」
「うるさい! お前がどれほど努力していたかなど興味がない。今興味があるのは、どうやったらこの境地を脱せるか、それだけだ」
「と、とにかく、今、フレッシャー商会の売り上げを支えているのは、“魔力抑制剤”と、“月影の雫”のふたつです。このふたつの売り上げを今のまま維持し、そこから、商会再建の足掛かりとしましょう……!」
「分かっているわ、そんなこと……!」
ハロルドに命じて、今日の昼間には多くの貴族仲間に通達は送ってある。
この窮地を脱するために、私はどんな汚い手も使う気でいた。自分の持つあらゆる人脈を駆使して、この巨大不祥事を揉み消そうと画策している。
だが、相手はあの“法の守護者”だ。あの機関の長官を務めるユグリス・ヴァンデルは、こと法に関しては誰よりも厳しく、融通が利かないことで名を知られている。あの男には、いや、《《あの男にだけは》》、どんな裏手口も通用しないだろう……。
クソ、クソ、クソ、クソ……!
なぜこうも、すべてが私にとって悪い方向悪い方向へと進んで行くのか!
「失礼します!」
と、大慌てで役員の末席の男が部屋に入って来たのは、そのときのことだ。
「……どうした」
苛立ちを隠す気にもなれずそう問うと、男は蒼白となった顔で、こう呟いた。
「解毒士で著名なシビラ・ナイトレムが、先程、聖女アニーと連名で、国全体に異例の発表を行いました」
「異例の発表? ……なにについてだ」
嫌な予感が、まるで死神のように、私の顔の辺りにまとわりつく。
「”沈黙の呪縛“の原因は、”魔力抑制剤“の長年の投薬に依るもので、この病は、フレッシャー商会が原因の公害病だ、という発表です。……ふたりはフレッシャー商会の”魔力抑制剤“を綿密に分析した結果、そう結論付けざるを得ない、と先程声明を出しました……」
「クソ……!」
あまりの怒りで窓の前にあった花瓶を掴むが、すぐに怒りよりも深い無力感に襲われ、その花瓶は虚しく地面へと落ちてゆき、音を立てて割れた。




