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72,聖槍の一撃。

 ※再び涼目線に戻ります。


 

 湖での調査を終えたあと、俺は荷物整理の為に一度自分の宿へと戻っていた。

 陽はすでに暮れ、湖からの冷たい風がシキ村の上部を猫の尾のように撫でていた。

 そこへ、その日の仕事を終えたユリが訪ねて来る。


 「あの、涼さん、ちょっと良いでしょうか」

 「ユリさん。どうしたのですか」

 彼女は言いにくそうに表情を曇らせる。

 「……余計なことだとは思うのですが、今の治癒院についてお伝えしておいた方が良いかと思いまして……」

 「今の、治癒院について、ですか」

 彼女はこくりと頷く。


 部屋のなかに彼女を招き入れ、セシリアさんから頂いた西側で採れる高級茶を淹れてやり、ユリに差し出す。

 日本茶に似た爽やかな苦味のある茶に、ユリは舌鼓を打ち、硬かったその身体が見るからにほぐれてゆく。


 「今の治癒院のついてというのは、どういう話なのでしょう」

 「涼さんはご存じないでしょうが、治癒院というのは、もともとは教会や国とは独立した機関として設立されたものです」

 そのことについては俺も知っていた。独立性の高い機関であり、傷ついた冒険者や病人を出来るだけ安価で治癒する目的で創られた組織なのだ、と。


 「創設された当初は高い理想に燃えていた組織だとは思います」

 「それは、今は違う、ということ?」

 「残念ながら……」と、ユリはこくり、と頷く。

 「なにが変わってしまったの?」

 「……詳しいことはわかりません。ただ、治癒院の上層部が入れ替わったあと、この組織はなにかが変わってしまいました。私たちは噂レベルのことしか知り得ません。教会や国の上層部と繋がりがあるとか、偉い人たち同士が甘い蜜を吸うための組織に変わってしまったとか……。ただ、少なくとも、昔のようなボランティア団体では無くなってきていると、私自身は実感しています」

 「いつの間にか腐敗してしまった、と」

 「そうです」とユリは頷くと、こう続ける。「でも、私が言いたいのは、そのことではありません」

 彼女の表情はより一層、深刻なものに変わる。

 「《《ムッサさんに気を付けてください》》。あの人はなにかを企んでいる気がします。……私たちの上司に当たる人なので本来はこんなことを言うべきではないのですが、……あの人は危険です」

 

 「涼くん、少しお話させていただいてもよろしいか」


 ユリが話し終わる前に部屋の扉をそうノックしたのは、まさにその話の当事者である、ムッサだった。


 思わず、ユリと顔を見合わせる。

 彼女の表情は青ミミズクの幼虫よりもさらに、真っ青に染まっている。


 「今行きます」と言って、俺は剣を手に取り戸口へと向かった。



 ◇◇


 ムッサに案内されて向かったのは、湖の畔だ。

 内密の話がしたいから人気(ひとけ)がないところで……という話だったが、露骨なほど俺を始末する気まんまんのシチュエーションだ。


 「先ほどの話では、俺の試験結果に関する話だ、ということでしたが」

 様子を窺う為に、俺はそう尋ねる。

 「そうだ」

 と、ムッサがそれに応ずる。

 「残念ながら試験は不合格だ」

 「……なぜです?」

 「この湖を調べたからだ。……村民たちの“沈黙の呪縛”を治癒したのもまずかったが、湖を調べられたのではもう、……始末するほかない」

 

 そのフレーズが合図だったのか、草むらからぞろぞろと武器を持った男たちが現れる。


 「あの、一応聞きますが、この人たちは強いのですか」

 「まあ、それなりにな」

 ムッサはそう言うと、にやりと笑みを零す。

 「……私の実力はA級冒険者クラス。ここに連中もB級の上部に位置する実力はある。B級クラスの昇格試験を受けに来た君では到底及ばない実力者たちだ」

 「では、俺では絶対にこの人数には勝てませんかね」

 「……君の治癒技術やエンチャント能力、酒造りの腕前には舌を巻いたが……、戦闘に関しては、まず我々には敵わんだろうね」

 「そうですか……」

 俺は自分の掌を見つめ、しばし思案する。


 エレノアとばかり冒険をしてきて、俺は自分の実力がどんなものか、良くわかっていない。

 エレノアは単なる二つの職業持ちというレベルを超えて、深い経験と戦闘センス、そして知性がある。彼女に対しては俺は本当に深い畏敬の念を懐いていた。

 だが、ほかの冒険者と比べるとどうなのか。……そこが俺はずっと気になっていた。


 「ちょうど俺も腕試ししたかったので、……戦いましょうか」

 「……かかれ!」

 

 ムッサのその号令で、ごろつきどもが一斉に俺に飛びかかって来る。



 ◇◇


 まず驚いたのは、B級の上部クラスというのは、“こんなにも弱いのか”というものだ。

 彼らの動きはトロく、剣筋は露骨で、足運びは稚拙としか言いようがない。

 なにより驚きなのは、彼らには戦術というものが微塵も見られないことだ。ただただ、自分の職業のスキルを連発するだけの戦い方なのだ。


 エレノアは、冒険の合間に剣術の訓練をしてくれる。

 そこでは彼女の持つ二つの職業のスキルを複雑に組み合わせた攻撃が放たれ、想像もしていない角度から技が当てられる。……目の前のごろつきのように、正面から“ソードラッシュ”を連発されるなどということは、まずあり得ない。


 一分も立たずに六人のごろつきを地面に伏し終え、俺はムッサにこう尋ねる。


 「……この人たち、本当にB級上部の実力があるんですか……?」

 

 このような弱小冒険者を倒すのに、俺はスキルすら必要としない。

 だが、俺のしたことがよほど驚愕だったらしい。

 ムッサは顎が外れんばかりに口をあんぐりと開け、「な、なぜ?」を繰り返している。


 「ど、どうなってる?? お前、B級試験を受けに来た冒険者じゃないのか??」

 「そうですが……」

 「その剣の実力、B級どころじゃない。間違いなくA級はあるだろう……!」

 「そうなのですか? エレノアさんとばかり冒険していたので、ほかの冒険者の実力を知らないんですよ」

 「エレノア!?? あの”翡翠の魔女“のことか……??」

 「そうです。元A級冒険者の、”翡翠の魔女“のことです」

 「元A級冒険者?? お前知らないのか?? あの天才がなぜ冒険者を辞めたのか。あまりに強すぎて冒険者の上部組織に疎まれたからだ。あいつはA級どころか、……ほとんど伝説の生き物だぞ……!?」


 そうなのか……?

 エレノアがなぜ冒険者を辞めたか、俺は良く知らない。冒険者として天性の才能があったとも聞いているが、”伝説の生き物“と呼ばれるほどなのだろうか……。

 今度会ったら確かめようと思いつつ、


 「もういいから、決着をつけましょう」と俺は言う。

 「……剣の腕前は確かなようだが、魔術ならそうはいくまい。聖魔術の攻撃の恐ろしさを、お前に味合わせてやる」

 

 ムッサはそう言うと、持っていた杖を眼前に翳し、俺へと向ける。


 「“聖槍の一撃”!!」

 

 ムッサがそう唱えると、ちょうど一本の木ほどの大きさの槍が、ムッサの頭上に出現する。槍は光の性質を帯び、それが電流のようにばちばちと音を立てている。


 「その魔術だったら、……俺も使えるんですよ」

 「……なにを言っている?? これは治癒士だけが使える専用魔術だぞ……!」

 「治癒士からも何度も”物乞い“しましたからね。そのなかにこの聖魔術を新たに習得した治癒士がいたんです」

 「??? なにを言っている??」

 「……ただ、この魔術を使うなら、もっと有効なやり方があるんです」

 

 そう言うと俺は、エレノアに教わった技法を用いて、”方向性の違う魔術“を、この魔術に当て込んでいく。

 直進性のものに、拡散性の魔術を混ぜる。……すると魔術同士が内部矛盾を起こし、魔術そのものが爆発的にエネルギーを増大させる。

 掌に魔術を集中させ、そのあいだにもう一方の掌で聖騎士の“聖者の共鳴”を唱える。そこへ直進性の魔術を当て込み、”聖者の共鳴“の効果も、さらに底上げする。バフ効果が”聖槍の一撃“に乗っかるから、……魔術の効果はさらに増大する。


 「“聖槍の一撃”」


 俺がそう唱えると、ムッサが口を開き、ゆっくりと頭上を見上げる。

  

 そこには、巨大なビルほどの大きさの槍が、雲のようにゆったりと浮かんでいる。


 「治癒をしたり酒を造ったり湖の水質改善をしたり……」

 まるで気を失う寸前の男が思わず独り言を零した、と言った様子で、ムッサが呟く。

 「剣士のように剣を振るったり信じられない大きさの“聖槍の一撃”を唱えたり……」

 ついに、ムッサは尻もちをついてしまう。

 「いったい、この規格外の男はなんなんだ……?? こんな奴がいたら、我々の世界は丸ごとひっくり返ってしまうじゃないか……??」

 

 “丸ごとひっくり返すつもりなんです”と言おうとしたまさにそのとき、ムッサは白眼を向いてそのまま後ろに倒れ込んでしまう。


 そこへユリがガブリエルを引き連れて草むらからやってきて、

 「大丈夫ですか、涼さん!」

 と、声を掛けて来る。

 「ええ」と、答えようとするのだが、そう答える間もなくガブリエルが俺の前にやってきて、こう言った。


 「心配をするとしたら、ここにいるごろつきどものほうだろう。涼くん、頼むからその馬鹿げた大きさの魔術を仕舞ってくれ。……そんなものを放たれたら、村民の大切にしているこの湖の半分が、消し飛んでしまう」







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