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7,アニーとの夕餉。



 アニーの母親が生まれたとされるフィヨル広原の小さな家。

 そこで夕飯を共にしながら、俺たちは今後のことを細かく話し合っていた。


 「……もう少しそこで座って待っていてください。今、美味しいサーモンが焼けますから」


 本日のメニューはサーモンの香草焼きだ。

 その香ばしい匂いが、すでにこの小さな家全体に溢れんばかりに満ちている。


 「料理していただけるのは嬉しいですが、手伝いもせずにこうして座っているだけというのは、少し申し訳ない気持ちになります」

 「良いんです。私、料理を作るのが好きなんです。でも、貴族であり聖女でもあるので、誰も私に料理を作らせてはくれないんですよ」

 「そうでしょうね。あなたほど身分の高い人に料理を作らせるなんて、普通には考えられないことです」

 「……それに、涼さんはこの世界の美味しいものを、まだ知らな過ぎます。あなたが知らないだけで、この世界は美味で満ちているのですよ? 」


 そう言いながら彼女は特大のサーモンをテーブルの上に置く。

 それは見るからに美味そうなサーモンで、身の表面から匂い立つように脂が滲み出ている。


 「では、一口いただきます……! 」

 「ぜひ……! 」


 この国のフォークでサーモンの身を刺し貫き、それを一口、頬張る。

 すると、口いっぱいに香草の香りが広がり、追撃するように、身の脂が口内に広がった。


 「美味い……! こんなに美味しい魚、食べたことありませんよ……! 」

 「美味しい……! 」と、彼女も一口頬張って、そう声をあげる。「わざわざ東の漁港まで自分の足で買いに行ったかいがありましたわ。素晴らしい味です……! 」

 

 「せっかくなので、俺からも振る舞わせてくれませんか」


 そう言って、俺は手荷物のなかから一本の瓶を取り出す。


 「それはなんですか? 」 

 「これはちょっとしたジュースのようなものです。“調合”スキルを手に入れたので、自製のジュースを作ってみたんです」


 使った素材はポーション草、それから満月の実、それからもうひとつ、夜光虫の涙。

 まずはポーション草を磨り潰しエキスを抽出し、そこに満月の実を絞って加える。すると全体に青味掛かった澄んだ液体が出来上がる。そこへ夜光虫の涙をエッセンスとして加えると……


 「美味しい……! 」

 と、ジュースを口に含んだアニーがそう感嘆する。

 「このジュースの良いところはそれだけじゃないんです」

 と、少し得意になって俺は、そう口にする。

 「……? 」

 「身体が少し軽くなった気がしませんか」

 「そう言えば、昨日の仕事が忙しくて身体が疲れていたのですが、少し軽くなったような気がします」

 「ポーション草が入っていますから、このジュースには疲労回復の効果があります。それに夜光虫の涙には魔力量回復の効果もありますから、魔力を多用したあとの疲労感も和らいでいるはずです」

 「だからですか。昨日は一日中ヒールを使っていたのですが、ずいぶん、肩の辺りが楽になりました

 「きっと知らず知らずのうちに、身体に疲れがたまっていたんでしょう。和らいだようで、良かったです」

 「ありがとうございます」

 と、アニーはにっこり笑って俺を見据えた。

 「おかげで、すっかり身体の疲れが取れてしまいました」


 アニーとは同じ共通の目的の為に活動しているに過ぎないとわかっていても、こうして同じものを食べ、同じものを飲んで談笑しているのは楽しかった。この時間が永久に続けば良いのにとさえ、思う。


 だが、


 「……涼さん、前も言ったことですが、装備品や回復薬に掛かる経費、宿の費用などはこちらで持ちます。今の計画を持ち掛けたのは私からなのですから、それくらいはさせて貰えないでしょうか」

 このことは以前にもアニーに言われたことがある。

 「前も言いましたが……」

 と、前置きして、俺は言った。

 「その提案はありがたいのですが、今までしてもらった分だけでも十分です。これ以上は出資してもらうつもりはありません」

 「ですが、私が今よりもお金を出せば、その分だけ涼さんの出世も早くなると思います。そうすれば、結果的に私の目的も早く叶うことになる。お金を出すのは、私にとってもメリットが多いんです」

 彼女が言いたいことは、わかる。

 アニーは第四階級である俺が出世をすることで、この世界で差別を受けている人間にも価値があることを証明したがっていた。

 だから、より多くのお金を俺に出資することで、俺の出世を早く実現させたいのだ。

 だが……、

 「おっしゃることはわかるのですが、俺の目標は単なる出世ではありません。もちろん出世もして第四階級の人間にもやれるんだ、価値はあるんだと証明したいですが、それにも増して、この世界で自立して生活したいんです。自分の足でしっかりと立って、自分の力でこの世界に一から挑んでみたいんです」

 黙って俺の話を聞いているアニーに、俺は席を立ち、深々とお辞儀しながら言った。

 「……申し出はすごくありがたいのですが、こんな俺を今のまま見守っていてくれませんか」



 言い過ぎたかも知れない。

 親切な申し出をしてくれている人の意見を、無下にし過ぎたかも知れない。

 俺にはこうした意固地なところがあって、元の世界にいたときも、それが原因で友人とトラブルになることもあった。

 もしかしたら、アニーもこんな俺の性格に引いてしまうかもしれない……。

 そんな危惧が浮かび掛けていると、


 「……ふふ」

 と、突然彼女が笑みを零した。

 「アニー、さん……? 」

 「わかりました」

 と、どういうわけか、彼女はすごく嬉しそうな笑みを浮かべて、俺を見上げる。

 「今のまま、私からはなにもせずに、涼さんを見守っていることにします」

 「アニーさん……」

 「でも、ひとつ約束してください」

 「は、はい、なんでも……! 」

 「本当に困ったら私を頼ること。そのときは、必ず手を貸します。だから、なんでもひとりでやろうとはしないで下さい」

 「わかりました。必ず……! 」


 そう言うと、彼女はまるで血の繋がった姉のような笑みを見せて笑った。

 もしかしたら、俺のことを我儘を言う少年のように感じたのかもしれない。

 でも、例えそうであったとしても、俺のことを最大限に尊重してくれていることが嬉しかった。

 そのような尊重は、この世界に来てから一度たりとも受けたことが無かったのだ。


 

 ◇◇



 翌日、朝からギルドに行き、Fランク冒険者向けのクエストを受注する。

 いよいよ魔物と直接相対する討伐クエストを受けるつもりだ。


 受注したのはグレイウルフの討伐クエストだ。

 オーデンブロック・ブリッジを渡りブルー広原を抜け、そこから南へ向かうと一つの集落がある。その集落の近辺で、最近グレイウルフの群れが目撃されたというのだ。クエストは、その群れを駆除することである。


 「では、グレイウルフはここからさらに南下したところに逃げて行ったのですね? 」

 集落の村長にそう確認すると、

 「そうです。群れは約十匹。恐らくはそれ以上はいないかと……」

 「わかりました。早速、今日のうちに討伐に向かいます」

 俺がそう言うと、村長は甲斐甲斐しく頭を下げ、俺を村の出口まで見送った。


 集落を出て二十分ほど南下すると、小さな湖にぶつかる。

 湖の周辺は密度の薄い林になっており、そのなかを歩いていると、木の陰にちらちらと怪しい影がちらつくのが見える。


 「グレイウルフだ……! 」

 

 グレイウルフは通常群れで行動し、特に先頭の一匹が見回りの役目をこなす。

 この一匹も、獲物としての俺がどのようなものか調査しに来たのだろう。

 この最初の一匹をあっさりと倒してしまうと、その背後に身を潜めている群れは林の奥に退いてしまう。群れ全体を引き寄せるには、ちょっとした子芝居が必要になる。


 「……くっ! 」 


 襲い掛かって来たグレイウルフに剣を振り、その牙を交わしながら、徐々に密林へと足を踏み入れる。グレイウルフの身体に剣を振るいながらも、殺してしまわないように注意をする。そうすると、背後に隠れている群れ全体が、少しずつ姿を見せ始める。

  

 (姿さえ見せなかった仲間たちが、木の背後に見え始めた……! このまま躱していれば、群れの全体が姿を見せそうだ……! )


 だが、その五分後、ようやく姿を見せた群れの総数を見て、俺はさっと青褪めた。


 「お、多くないか……!? 」


 そこに姿を見せたグレイウルフは、ざっと数えても四十は下らなかったのだ。


 ”剣術“スキルに関しては、俺のチートスキル“繋がり”によって、複数のAランク冒険者から経験を得ていた。そのなかでも特に有能なのが“神の急所突き”。本来Aクラスの剣術士しか持ちえない必中の攻撃スキルだが、グレイウルフ程度の雑魚魔獣なら、その辺に落ちている木片でも必殺出来る。


 「“神の急所突き”」


 ズプシュッ!

 

 という音とともに、俺の握った剣がグレイウルフの額に突き刺さる。

 瞬く間に血飛沫が上がり、グレイウルフの肉体は陸に落ちた魚のように、地面を跳ねまわる。そして、間もなく静止する。


 (いける……! 物乞い時代、戦闘するなんて想像もつかなかったグレイウルフだけど、今なら倒せる……! それも、軽々と……! )


 そう確信した俺は、襲い掛かって来るグレイウルフを次々と“神の急所突き”によって刺し殺していく。

 文字通りばったばったと倒していき、辺りはグレイウルフの死体でいっぱいとなってゆく。


 ……だが、三十数匹倒したところで、



 クラリ……



 と来るものがある。

 バック・フラッシュだ。

 Aランク冒険者のスキルを多用したことにより、さっきまで澄み切っていた意識が、濁りだす。

 (でも、まだなんとか、行ける……! )

 意識を失いかけながらもなんとか戦闘を続け、群れの数は今や残り三匹にまで減っていた。倒したグレイウルフの数は、ざっと四十といったところだろうか。


 だが、不運は重なるというか、討伐クエストとはこういった予期せぬものなのか、残り三匹にまで減ったグレイウルフの背後から、予想もしなかった魔獣が姿を現した。


 ヌッ、と姿を見せたのは、体長三メートルはあろうかという、グレイウルフの”特殊個体“だった。本来であればD級クエストに値する、かなりの強敵だ。この特殊個体の傍らに生まれたばかりの小さなグレイウルフが震えながら立っている。恐らく、生まれたばかりの幼体だろう。子育てを邪魔されたと思い、この特殊個体のグレイウルフは滅多に姿を見せないこんな場所に現れたのだ。


 ヒュウッ


 という凄まじい風音とともに、グレイウルフの爪が俺の頬を掠める。

 当たればさすがにただでは済まないが、低ランク冒険者との”繋がり“で手に入れた”身躱し”スキルが発動し、なんなくその攻撃を見切る。

 だが、一度始まったバック・フラッシュにより、意識の混濁が強まりつつある。このまま長期戦にもつれれば、いずれあの爪に絡めとられるのは目に見えていた。


 (駄目だ……! 気を失いそうだ……! )

 と、思わず胸のうちで、そう弱音を吐く。

 (使うしかない、あの魔術を……! )


 今まさに意識を失いそうになりながら、俺はぎりぎりのところで、ヒュデルから授かったあの超上級魔術を唱えた。


 「“黒の雷光”……! 」


 凄まじい轟音と共に空から黒い雷が降り注ぎ、グレイウルフの身体を真っ二つに引き裂く。恐らく、正確には直撃しなかったのだろう。ただ、その肩から足元に向けて雷光が突き刺さり、しっかりと命を奪ったのは見えた。


 「ここまでか……、意識を、失って、しまう……! 」


 そう呟きながら、俺は間もなく地面に触れ伏し、意識を失った。



 目覚めたのは一時間ほど時間が経ってからのことだ。

 ガバリと身を起こすと、周囲には先程と同様にグレイウルフの死体が転がり、数メートル先に身体の半分が消し炭となった特殊個体のグレイウルフも転がっている。

 “繋がり”スキルによって手に入れた“剥ぎ取り”スキルを駆使しながら、俺は「果たしてこのクエストは成功だったのだろうか」と考える。

 すべての魔獣を討伐はしたものの、最後は意識を失ってしまった。

 このようなやり方を続けていれば、いつかは命を落とす。そうなることは、目に見えていた。



 

 「こ、こんなにも、グレイウルフを倒したの……!? 」

 

 ギルドに戻ってヒッデに今回のクエスト成果である素材を渡すと、彼女は畏怖とも呆れともつかない複雑な表情を浮かべた。


 「ポーション草採取のときもそうだけど、あんた、毎回けた外れの素材を持ってくるの、なんなの……?? ちょっと待って、D級ランク相当の、“特殊個体”の素材まで混ざっているじゃないの……!?? 」


 彼女はそう誉めて(?)くれるが、俺の気分に張った暗い雲は晴れてはくれない。

 このやり方では上手く行かない、という想いが、ずっと胸のうちをぐるぐると回っている。



 「魔獣討伐クエストの初受注、お疲れ様」

 

 ギルドを出てすぐのところでそう声を掛けてくれたのは、シスターのアニーだ。


 「アニーさん。もしかして、待っていてくれたのですか? 」

 彼女は首を振って言う。

 「……たまたま、仕事が終わったのがちょうどさっきなんです」

 彼女の耳が赤く染まって見えるのは、気のせいだろうか。

 彼女は心配そうな、例の姉のような表情に変えて、こう続ける。

 「クエストはどうでしたか。上手く行きましたか」

 「わかりません。クエスト自体は成功しましたが、課題ばかりで、成功と言えるのかどうか……」

 「でも、少なくとも無事に戻ってこれたじゃありませんか」

 「今回無事だったのは、完全に運です。次回はそう上手く行かないかもしれない。なにか、根本的に解決する道を探さないと……」

 俺がそう弱音を吐くと、アニーが心配そうな顔をより深めて、俺を見つめた。

 前のときに、「もっと支援させて下さい」と彼女に申し出されたことを、俺は思い出す。そしてそれを、俺は「自立したい」という想いから、丁重に断ったのだ。

 多分この瞬間も、彼女の脳裏では頼りない俺をもっと支援したいという気持ちがよぎっていたのだろう。

 「あの、涼さん……」

 と、彼女はなにかを言いかけた。

 だが、その先を言わさず、俺は彼女に言った。

 「アニーさん。いくらチートスキルを手に入れたとしても、俺はまだまだ駆け出しの冒険者です。ときどき、疲れてしまって心が折れそうになります。そんなとき、誰かに支えて欲しい、と思うことがあります」

 「……わかります」

 と、彼女は優しい微笑を浮かべて、頷く。

 「良かったら、こんな俺に、また夕食をご馳走してくれませんか。あのフィヨル広原のお家で。それが俺にとってなによりの支えになるんです」

 すると、一瞬びっくりした顔をしたあと、暖かい、歓喜の光が彼女の顔全面に広がって行った。

 「はい! いつでも、よろこんで」

 「助かります。今の俺には、戻れる場所が必要なんです」

 「涼さんがそう思うのなら、私はあの家でいつでもあなたを待っています」


 帰る場所があるのが、こんなにも嬉しいことなのか、と思う。

 なにより嬉しいのは、彼女が決して俺を裏切ったりしない、と感じられることだ。

 この差別だらけの世界で確固たる意志の感じられるアニーの俺への信頼が、今はとにかく嬉しいのだった。


 


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