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69,水質浄化。

「とりあえず、湖のほうへ行ってみるか……」


 ガブリエルとともに湖へ向けて歩き出したのはその日の正午ごろのことだ。

 ふたりで村長に聞き出しを行った結果、“なんらかの異変が湖に起こったのではないか”というのが、村長の見立てだった。


 「数か月前に、怪しい馬車と、大人数が湖の辺りでなにかをしているのを見た、という話だったな」

 「ええ。村長が言うには、その日から村民の体調が悪くなったということでした」

 

 この村に隣接する湖はかなり広く、水際まで近づいて対岸がやっと見えるほどだ。

 村長が言うにはかなり古くからある湖らしく、村民にとっては神聖で大切な湖なのだという。

 “孤立地帯”であるこの村から村民が退去したがらないのも、この湖から離れたくないという者が多いせいだと聞いた。それほどに村民にとって、神聖な場所だということだ。


 「見たところさして怪しいところはないが……」

 湖に着くと、ガブリエルが水面まで顔を近づけて、そう言う。

 「ええ、ですが、水は見ただけでは水質の良し悪しはわかりません。スキルで調査しましょう」

 「待て、水質を調査するスキルを持っているのか?? 」

 「ええ……。土魔導士のスキルをいくつか持っているので、水質については調査可能ですが……」

 「エレノアから聞いてはいたのだが、本当に多職業のスキルを扱えるのだな」

 

 ガブリエルは腕を組み、しみじみと驚愕の表情を浮かべる。その表情はなにか、見たことのない奇妙な動物でも見たかのようだ。

 

 「土魔導士は土とばかり関連付けて考えられますが、地質だけでなく、水質を対象とした調査スキルがいくつかあるんです」

 「土魔導自体が割と希少職だからな……。私も、あまり詳しいことは知らない」

 「まあ、レアな職業ですよね。戦闘面ではほかに優秀なスキルがあるので俺も今まで使わないで来たのですけど、やはり、いろんな職業のスキルは持っていて損はありませんね」

 「損はない、か……。我々一般人は複数の職を持つこと自体、出来はしないのだがな……」


 呆れ顔を浮かべっぱなしのガブリエルを尻目に、俺は村長に用意して貰っていた小舟をそっと水辺へ押し出す。俺のあとに続き、ガブリエルがそこへ乗り込む。

 小舟に備わっていたオールを漕いで湖の中心まで進み、そこから水のなかを覗きこむ。


 「かなり濁ってはいるが、素人目にはただの濁った湖にしか見えん。……村長の言うように、本当にこの湖に異変が起こったのだろうか」

 「確かにかなり濁りが激しいですね。ちょっと土魔導士のスキルを使って、とりあえず濁りだけでも除去しましょうか」

 「そんなことが出来るのか?? ……出来るのなら、ぜひやって貰おう」

 

 「“清浄術”」


 俺は掌を水面に翳してそう唱える。

 この魔術は水のなかの不純物を取り除いて“見た目だけ”水を綺麗にするものだ。

 

 俺の掌から広がった透明な膜が、少しずつ湖全体へと広がってゆく。そして膜が完全に湖全体を覆い尽くすと、湖全体は完璧に透明な水へと生まれ変わっていた。


 「物凄く綺麗になったな……」

 「一応、見た目だけなんです。細かな石とか砂が除去されただけです」

 「それだけでも、物凄いことに思えるのだが……、君にとっては大したことではないという感じだな……」

 「問題はこの水に毒性があるかどうかです。……毒性を検査するスキルはふたつあるので、念のため両方で行ってみましょう」 

 「ちょっと待て。そんな便利なスキルが二つもあるのか?」

 「ええ。片方は土魔導士の”毒性検出“で、もう一つは採取士の”高精度採取“です。採取士の方は本来毒性をチェックするためのものではありませんが、”採取”スキルの上位互換スキルで、毒性が含まれているものは警告を鳴らしてくれます」

 「要するに毒性チェックとしても使えるということか……」

 「そうです。早速、両方掛けてみましょう」

  

 湖の水を掌に掬い、“毒性検出”と“高精度採取”を同時に掛ける。

 まずは”高精度採取“の結果として、俺の脳内にブザー音が鳴る。……毒性アリだ。


 土魔導士のスキルである“毒性検出”によって、そこからさらに、より精密なデータが浮かび上がる。


「……毒性アリなのは両者で共通しています。今、”毒性検出“によってその毒性がどのようなものか調べたのですが……」

 「どのような毒なのだ?? 」

 「ダークヴァインという草を原材料とした毒性のようです」

 「ダークヴァイン……。“魔力抑制剤”の原材料となる素材だな。だが、本来、北部にしか生えない草で、こんな場所で検出されるはずはないのだが……」

 ガブリエルはそう言うと、腕を組み、長い唸り声をあげる。

 「とりあえず、この湖の毒性だけ除去しておきましょうか」

 「……なに?」

 「この湖の毒性の除去です」

 「……そんなことが、出来るのか???」

 「できますよ。錬金術師の“水質浄化”というスキルを使えば」

 ガブリエルは顔を上げ、湖全体を見渡す。

 「そのスキルの存在自体は知っている。だが、……とてつもない広さだぞ」

 「ええ、まあ、……それなりに広いですね」

 「水質浄化するにしても、莫大な魔術量が必要になると思うが……」

 「そうですね。かなりの魔術量は必要だと思います」

 「もう一度聞くが、……出来るのか???」

 「ええ、可能です」


 ガブリエルとの押し問答にも疲れ、俺は小舟から身を乗り出し、手首から下を湖のなかに潜り込ませる。


 まるで巨大な便器が水を流し始めたかのように、湖の水全体が渦を巻き始め、凄まじい音を立てて回転を始める。

 

 「お、おい、涼くん、い、いったい、なにをしているんだ……!! 」


 今や暴風雨となったそのなかで、必死に小舟にしがみつきながら、ガブリエルがそう叫ぶ。


 「“水質浄化”です!!」

 と俺も叫び返すと、

 「こ、こんなのは、俺の知っている水質浄化じゃない!!」

 と、半ば涙目となってガブリエルはそう叫んだ。





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