68,酒の評価。
翌朝、宿泊している簡易施設にユリが訪ねてきたことで、俺は目を覚ます。
「昨日いただいたあのお酒、いったいなんなのですか??」
昨夜は俺もだいぶ酒を飲んだから、彼女の叫ぶような金切り声が、少々頭に響く。
「なんなのとは、……なんのことですか?」
「味が美味しかったのは昨夜も言いましたが、それより、目を覚ましたときあまりの身体の軽さに驚いたのですが」
「確かに俺も身体は軽いですね。体内の魔力循環を整える成分を入れたので、その影響かと思いますが……」
「それだけのことなのですか? まるで十代の頃に若返ったみたいに、身体がものすごく元気なのですけど……」
「みんな意外と、魔力循環が乱れているんですよ。それが整うと、実は驚くほど身体の調子が良くなるんです」
「そういうものですかね……。こんなに気持ち良く目覚めたのはいつぶりだろうという感じで、驚いてしまったのですが」
言われてみれば確かに身体の調子が良い、と思う。
たった今ベッドから起き上がったばかりだというのに、軽いジョギングをした後で搾りたてのグレープフルーツジュースを飲んだ後のように、身体が軽い。全身にフレッシュなエネルギーが満ち満ちている。
「あの、涼さん、起きていますでしょうか」
ユリの背後からそう顔を出したのは、ユリ同様にやや興奮した様子の、村長だ。
「起きています。というか、今、ユリさんに起こされたのですが……」
「あの、昨夜頂いたお酒なのですが、あれはいったい、なんなのでしょう……? 」
ついさっき聞いたばかりの言葉を、村長が繰り返す。
「なんなの、とは、……どういう意味でしょう」
「信じられないほど身体の調子が良いというか……。まるで十代の頃に若返ったみたいなのですが」
「ええ、ついさっき、ユリさんにも同じことを言われました」
村長とユリが「あなたも?」と言った様子で、顔を見合わせる。
ふたりは互いの気持ちを確かめ合うように、こくこくと頷いた。
「魔力循環は案外誰もが乱れているものなのです。昨日の酒はそれを整えてくれるので、それで、だいぶ調子が良くなっているのだと思います」
と、ついさっきユリに言ったのと同じことを、俺は村長にも言う。
「魔力循環が整ったという感じは確かにしますね。でも、それだけでしょうか。とてつもなく調子が良いので、驚いてしまっているのですが」
「もしかしたら」
と、俺はふと思いついて、こう口にする。
「採れたてのルーンハニーを使ったのが良かったのかもしれません。確かにあの素材は、極上品だったのですから」
「極上品の素材を使った酒だから効果が高いというのはわかります。でも、今私が感じている身体の調子はそんなものではない気がするのですが……」
と、いくら説明しても、村長の困惑はますます深まってゆく。
どうしたものかなと思う。
だが、村長やユリが驚くのも無理はないと思う。昨晩俺が造った酒は極上のルーンハニー、それからいくつかの上質な素材、そして配合Aという上級スキル、それらが半ば奇跡的に集まって出来た品だから、その効果も信じられないほど、高い。それほど高品質の酒――というか、ここまで来るともはや薬品だが、それほどのものは村長もユリも味わったことはないだろう。
「涼くん、起きているだろうか」
と、そのときもうひとり客がこの集まりに加わる。
ガブリエルだ。
「起きています。というか、ついさっき、起こされたのですが……」
「昨日いただいた酒についてなんだが……」
と、なにかの夢だろうか。三度、さっきと同じ言葉が繰り返される。
「あの効果はいったいなんなんだ?? まるで十代の頃に若返ったかのように身体の調子が良いのだが……」
「ええ」と、少々うんざりとしつつ、言葉を返す。「偶然の力も手伝って、かなり良質な酒を造るのに成功したようです。……みなさん喜ばれたようで、なによりです」
だが、そこからの言葉が、ガブリエルと残り二人とでは違った。
「あの酒についてなのだが、一般販売するつもりはないのか」
「一般販売、ですか。どうですかね……」
「正直に言って、あれほど美味しい酒は人生で飲んだことがない。あの酒に比べれば、我々が普段飲んでいるエーテルなど、泥水のようなものだ」
「実はそのことを私も言いに来たのです」
と、村長がこの話に加わる。
「あのあと、涼さんが眠ってしまったあとですが、村民たちとあの酒について話し合いになりましてな。みんな口を揃えて言うのです。これほど美味い酒は飲んだことがない。信じられないほどの美味さだ、と。涼さん、あの酒を一般販売されるおつもりはないのですか?」
ガブリエルが再び、口を挟む。
「実は私はかなりの酒好きでね。古今東西、美味い酒はかなりの量を飲んできた。だが、昨夜飲んだあの酒を越えるものは、私の長い人生でもそう味わったことはない。……もし一般発売するとなると、相当なファンが付くと思うのだが……」
「一般販売ですか……」
と、俺は零す。
もし一般的に売るとなると、毎度のことながらセシリアを介すことになるだろう。
だが、売る前からこれほどの熱狂ぶりを見るのは、初めてのことだ。ガブリエルとユリ、それから村長の迫り来るような熱気が、俺としては、少し怖いくらいだ。
「もし売る伝手がないのなら、私の方で紹介することも出来るのだが」
ガブリエルはそう言うと、紙とペンを取り出し、早速そこへ住所を書き始めようとする。
「いえ、大丈夫です。もし売るのなら、ローゼ商会のセシリアさんを頼ると思うので。一応、そういう約束になっているのです」
「なんだ、すでに契約を交わした商会があったのか」
ガブリエルはそう言うと、取り出した紙を仕舞う。
「では、近いうちにまたあの酒を飲める、……そう考えてよろしいのですね?」
村長はにやりと笑い、いかにも“その日が楽しみ”と言いたげに、俺の手を握った。




