67,繋がり。
湖のそばで採れたフィオミントの葉。それを粉末状になるまで磨り潰し、そこへエレフルーツの果汁を加える。
また、アイテムボックスからミスティスプリングという特殊な泉の水を取り出し、そこへ加えてゆく。酒造りには酵母が欠かせないから、専用の酵母もそこへ加える。
「今回の主役はこれだ……」
俺はそう呟き、アイテムボックスからルーンハニーの入った壺を取り出す。
それは太陽のように黄金色に輝き、微かな魔力の波動を伴った極上の蜜だ。酒造りの素材として扱う前に、俺はこの蜜を一口だけ掬い、口へと運ぶ。
ほどなく濃密な甘さが口のなかに広がり、身体の隅々までいきいきとするような躍動が、込み上げる。力強い、大地の生命だ。
酒造用のガラス瓶にそれらの素材を入れると、俺は「”調合A“」とスキルを唱え、専用の攪拌棒を使って攪拌する。調合スキルはAランクまで行くと、発酵の時間をスキップできる。
酒造用のガラス瓶からはやがて青白い光が浮かび、ハニーと湧き水、それからミントの葉とエレフルーツの果汁が静かに調和する。酒の匂いが、ふわりと浮かぶ。
「こんなに簡単に、酒が造れるのですか」
俺の配合過程をそばで見ていた村長が、そう零す。
「エンチャントと違って一つずつ造るしかありませんから、手間はかかりますよ。簡単ではありません」
「そ、そうですが、我々には一瞬で造ったように見えたのですが……」
呆気に取られている村長をしり目に、俺は次の瓶へと取り掛かる。そのまま、村民と、ここに集まった人々全員分の酒を、用意する。
「出来ました。さあみなさん、試しに飲んでみてください」
俺がそう顔を上げるころには、村人全員が俺の周囲に集まっている。
「涼さん、私も、頂いてよろしいでしょうか……! 」
好奇心に目を輝かせたユリが、声を弾ませて、そう言う。
「もちろん。……ガブリエルさんも、治癒士のみなさんも、グラスを持って自分の分を注いでください。村の近くで上質なルーンハニーが採れたので、きっと美味しいはずです。保証します」
やがてグラスを片手に持った村人たちは、思い思いに自分のグラスに酒を注いでゆく。
オスカーと試験官のムッサもいつの間にか来ていて、グラスに酒を注ぐ列に並んでいた。もちろん、
「私は酒にうるさいですからね、ふん、きっと不味いに決まっています」
とムッサは毒を吐き、オスカーに至っては、
「不味かったらすぐに吐き出してやる」
と敵意を剥き出しにして憤っている。それほどに俺が憎いのなら、俺の造ったものなど飲まなければ良いと思うのだが……。
「では、村人の病が癒えたということで、乾杯! 」
ガブリエルのその一言で、集まった人々が一斉にグラスを掲げる。
すでに陽は落ちていて、村には松明の明かりがあちこちに灯っている。酒の匂いと人々の熱気も相まって、ちょっとした祭りの様相だ。
「待って……、美味しいというレベルなの、これ……? 」
口元で手を覆ってそう零したのは、俺の隣にいたユリだ。
「本当だな……、美味いというか、こんな素晴らしいもの、飲んだことがないぞ……」
と、ガブリエルも同様に半ば絶句している。
ふと辺りを見渡すと、村人や治癒士も同様の感想を抱いたようで、みな一口含んだあとで、グラスを睨むように凝視し、言葉を失っている。
それほどに美味いのか? と自分でも訝しくなり、グラスに酒を注いでそれを一口飲んだ。
美味い。
美味いなんてものではない……!
もとの世界のジュースはこちらの世界の飲料とは比較にならないほどレベルが高く、そういう意味では俺も散々美味しいジュースは飲んできたが、この酒は、それでも別格の美味さだ。
なにが美味いかというと、とにかく、甘みの豊潤さが段違いだ。砂糖や果汁の甘さとも違う。濃厚でいて、甘みに棘がまったくない。暖かで優しい聖母に、ふんわりと抱きしめられているような、そんな味。
文句をつける為にやってきていたはずのオスカーもムッサも、一口飲んだまま驚きの顔を浮かべて固まっている。
まるで、村全体の時が停止したかのようだ。
「美味しいものを造る気ではいたのですが、どうやら想像以上に上手く行ったみたいです。……ただ、この酒を造った目的は、もうひとつあります。ルーンハニーには二つの効能があって、ひとつは“体内の魔力の流れを安定化させる”というものです。みなさん、病が癒えたばかりですから、体内魔力がまだ不安定だと思います。これは薬だと思って、どうか多めに飲んでください」
そう説明したものの、みんな聞いているのか聞いていないのか、未だに絶句したまま固まっている。
「それから……」
と、俺は続ける。
「ルーンハニーのもうひとつの効能は、“不安を取り除く”というものです。精神安定剤の効果があるのです。まだまだ病が完全に癒えたわけではないですから、みなさん不安でしょう。この酒を飲んで、ぜひリラックスして行ってください」
◇◇
宴がひと段落したあと、ガブリエルが近づいて来てふたりきりになる。
俺のところに来るまでに相当酒を飲んだようで、その顔はかなり赤く蒸気している。
「涼くん。改めてお礼を言おう。君は想像以上だ。思っていたより遥かにすごかった」
「よして下さい。大したことはしていません」
「先ほどの酒だが、村長が金を払おうと村民と相談し始めている。これほどの極上品をただで貰うわけにはいかないと……」
「それこそよして下さい。売るために造ったものではありませんから」
「……だが、本当に良いのか? 私自身もあれほどの極上品はかつて飲んだこともないのだが……」
「ジュースを造ったらセシリアさんにまずまっさきに飲ませることになっていますから、もしかしたら彼女に怒られるかもしれませんが、……でも、別に良いですよ。偶然美味しい蜜が採れただけで、俺の手柄ばかりというわけでもありません」
「君は驚くほど謙虚だな。……せめて、全員を代表して、私からお礼させてもらおう。ほんとう、ほんとうにありがとう……! 」
そう言うとガブリエルは、貴族らしい佇まいで直立し、深々と頭を下げる。さすがに身の引き締まるような本物の感謝だ。
俺自身も酒を飲んだせいで、それなりに酔っていた。自分で自分の造ったものを誉めるのも変な話だが、この酒はほんとうに美味い。この世界のアルコールはあまり美味しいものがないから、これを市販したらまた大騒ぎになるかも知れない。もっとも、さすがにこれほどの極上品を造るには最上級のルーンハニーが必須になるから、そうしょっちゅうは造れそうもないが……。
「実は君に謝りたいことがあるんだ」
ガブリエルがそんな思わぬことを口にしたのは、そのときのことだ。
「謝りたいこと……。俺に、ですか?」
ガブリエルは静かに頷く。
「エレノアが講師の仕事を蹴って君の師匠になると聞いたとき、……正直に言うと、かなり君を恨んだ」
ガブリエルは真っすぐに俺を見据えている。その目は真剣そのもので、この男が正直さを絵にかいたような男なのだと、びりびりと感じられる。
「無理はありません。俺のせいで講師の話がなくなったのですから」
ガブリエルは首を振り、こう続ける。
「だが、その考えは間違っていた。……彼女があのあと、しばらく経ってから私のもとにやってきた。ふたりで酒を飲み、君との冒険について聞かせてくれた。そのとき、彼女が君のことをなんて話していたか、わかるか」
今度は俺が首を振る。エレノアが俺のことをなんて話しているのか、想像もつかない。
「“私がなぜ生まれて来たか、その意味が分かった”と言ったんだ。……その言葉を聞いたときは、私には意味がわからなかった。それほどの経験があったとも、正直に言って思えなかった」
ガブリエルは酒を口に含み、それを一気に飲み干す。まるで、過去の遺恨をすべてその酒で洗い流そうとするかのように。
「……彼女はずっと孤高だった。それと同時に、天才でもあった。この世界で職業をふたつ持って産まれて来たのは彼女しかいない。そのおかげで彼女は魔力に対する独特のノウハウを抱いている。私は彼女が講師になることによって、そのノウハウを後進に薦めて欲しいと考えていた。……だが、彼女が言うには、それは間違っていた、と言うのだ」
「間違っていた……」と、俺は思わず、そう零す。
「ああ。エレノアが言うには、“私は涼に教える為に、ふたつの職業を神から授かったんだ”というのだ。“そのために私は生まれて来たのだ”と。“大勢に教える為じゃない。ただたったひとり、涼に教える為に、私はふたつの職業を持ってこの世に生を授かったのだ”と」
それほどの想いをエレノアが抱いていたのかと、驚愕せずにはいられない。
ガブリエルはさらに続ける。
「……今日君の活躍を見て、その言葉の意味が私にもわかった。頭でわかったんじゃない。全身で感じ取れたんだ。エレノアが言うように、彼女は“《《君に教える為にこの世に生まれたのだ》》”と。“すべてを君に繋ぐ為に、彼女は苦労してふたつの職業をものにしてきたのだ”と」
「《《すべてを繋ぐ》》……」
“繋ぐ”という言葉が、なにか重大なキーワードのように、そのとき金色に浮かび上がって見える。
繋ぐ、……繋がり。それは俺が発現したチートスキルでもある……。
なにか、すべてが俺に繋がって来るかのような、そんな錯覚がそのとき湧いた。
「……どうやら話し過ぎてしまったね。酔っぱらったせいだろう。明日も早い。今日はもう帰って眠ると良い」
ガブリエルはそう言うと、人の良さそうな笑みを浮かべて尻を上げた。
「そうですね。……貴重な話を聞けて、今日は嬉しかったです」
「明日も頑張ろう。なにか手がかりが見つかるかはわからないが、”沈黙の呪縛“になぜ大勢の村人が掛かったのか、その調査をせねばならん。涼くん、明日も期待しているよ」
ガブリエルはそう言うと、機嫌良さそうに手を振ってその場を後にした。




