65,村長の治療。
※涼目線に戻ります。
※登場人物のガブリエルは講師になるよう薦めたエレノアの友人です。(19話参照)
B級に上がるための試験はとある村での問題に対処するというものだった。
オーデンブロック・ブリッジを渡り南東へ数十キロ進んだところ、そこにシキ村という湖に隣接する小さな部落があった。老人ばかりがたった数十人住む寒村だ。
「村周辺は滅多に魔獣が出ることもなく、危険は少ない。採れる作物も豊富ではないが、村人たちの胃袋を満たすには充分なものだ」
「そのシキ村にどんな問題が起こったのですか」
そう聞いたのは、俺と同様にこの試験に参加した、貴族のオスカー・ヴェルネッティだ。時期的にも昇級試験を受ける者は少ないのか、今回の参加者は、このオスカーと俺だけだ。
「少し前からこの村に“沈黙の呪縛”が蔓延しだした。原因はわからん。今も蔓延し続けている」
「沈黙の呪縛……」
「今では村人のほぼ全員がこの病に冒されている」
「ほぼ全員!? それは、異常事態ですね……」
「では、口を利ける者がほぼいない、……そういうことですね? 」
俺がそう口を挟むと、オスカーがじろりと、こちらを向く。明らかに敵意剥き出しで、まるで”第四階級の人間は黙っていろ“とでも言いたげだ。
「その通りだ。……非常に異常事態で、ギルドも本格的な調査に乗り出したいが、今は人員が裂けない。そこで昇級試験も兼ねてこの村の調査を行ってもらう。もっとも、事件を解決してほしいとは思っておらん。あくまでも調査方法をこちらが観察して、B級に相応しいかどうか検討するということだ。そう気負わずにやってくれ」
オーデンブロック・ブリッジの先は、基本的には人間の棲息出来ない危険地域だ。
だが、その危険地域にもぽつぽつと人が住んでいる集落がある。その集落は教会が結解を張ることで防衛し、定期的に物資も送り届けている。通称、“孤立地帯”だ。
教会や国は村民に孤立地帯からの撤退を促しているが、多くの場合、老人たちはそこに居残ろうとする。それで、老人ばかりの“孤立地帯”があちこちに点在したまま残るという事態が起こる。
シキ村もそんな孤立地帯のひとつだった。
シキ村に着いたのは夕暮れのことだった。試験官のガブリエル、同じく試験官であり治癒士のムッサ・ハピオール、それから、俺とオスカーの四人は馬車を降りた。
広い湖の真横に、せいぜい三十人ばかりが住む小さな村がある。全員が“沈黙の呪縛”に掛かっているという異常事態もあって、村には数人の治癒士が治癒院から派遣されてきていた。ここで、自分たちの力量を示せ、という試験だ。
「宿はこちらで用意してある。ひとり一部屋だ」
村の隅に建てられた簡易施設を指差し、ガブリエルがそう言う。
「良かった。この第四階級の物乞いと一緒の部屋にされたんじゃ、試験どころじゃありませんからね」
オスカーが悪びれる様子もなく、そう毒を吐く。
「まあ、そう言うな。……とにかく、さっきも言ったように、君らに事件の解決までは望んでおらん。こういった異常事態に対してどう対処するか、自分なりにやってみてくれ。我々はその動きを見て評価をする。とにかくまあ、治癒院もギルドも国も頭を抱えている難問だ。こう言ってはなんだが……、やれることはそうない。気楽に挑んでくれ」
ひとまず宿に荷物を置きに行こうとしたときのことだ。
試験官のガブリエルに呼び止められた。
「君は、田村涼くんだね?」
「ええ、そうですが……」
「エレノアから君の話は聞いているよ」
「師匠のことを、知っているのですか?」
「知っているもなにも、古い友人なんだ。……実は、あまり大きな声では言えないのだが」
ガブリエルはそう声を落すと、馬車のそばに立っている試験官の治癒士、ムッサをさっと盗み見る。
「この試験は結果がもう決まっている。オスカーはなにもしなくとも、合格。君は……不合格だ」
「なぜですか」
と言いかけるが、すぐに事情は察せられた。
要するに第四階級の俺に対してB級に昇格させないよう圧力が加わったということだろう。
エレノアやセシリアが普段から口を酸っぱくして話しているように、いよいよ、俺に対するこの国の上層部の風当たりが強くなってきたということだ。
「事情がわかったようだな……。気の毒ではあるが、ここはそういう世界だ」
「でも、なぜ俺に教えてくれたのですか」
「……そこなんだ」ガブリエルは再度、ムッサの方を振り返る。「私としては、こんなやらせの試験になんて加担したくはない。だから……」
ガブリエルは一呼吸置いて続けた。
「君には全力で結果を出して欲しい。誰も文句が付けられないような結果を。……そうすれば、私も君のB級昇格を後押しできる」
「結果を、ですか」
「そうだ。エレノアから、君は物凄い才能の持ち主だと聞いている。君にならやれると思う。エレノアの期待に応えてくれ」
”これ以上話して疑われるわけにはいかない“とでも言いたげに、ガブリエルは手を振ってその場を後にした。
その後はしばらく、試験官のムッサが挑むような目で遠くから俺を睨んでいた。
◇◇
陽が完全に暮れ切るまでに村全体を見て回ったが、特別怪しいものはなにもない。わずかな農地と、いくつかの井戸と、そして広々とした湖があるだけだ。
陽が完全に暮れたあと、治癒士たちの集まっている村長の家に入った。
中では治癒士たちによる村長の治療が行われている。
「やはり、私たちの”浄化“では、”沈黙の呪縛“を治すことは出来ません……! 」
「でも、愚痴っていても、仕方ありません。我々は、アニー様ではないのですから……! 」
「アニー様がいれば、完全治癒の一歩手前まで治癒できますのに……」
村長らしき男は汗をかいて俯いている。試験官のムッサと、冒険者のオスカーはそれぞれ離れたところでこの様子を見ている。
オスカーはにやにやと薄ら笑いを浮かべ、腕を組んでいる。まるで、自分の合格をすでに確信しているかのようだ。
「とりあえず、声が出せるところまで治療すれば良いのですよね」
彼女たちのやり取りにそう割って入ると、
「あ、あれ、あなたは……」
と、俺に気づいて驚く者がいる。
完全に偶然ではあるが、彼女は依然、俺を“第四階級の冒険者など存在しない”と言って治癒院から追い出した治癒士だった。確か、名前をユリという。
「お久しぶりです。ユリさん。お元気ですか」
「涼さんこそ、お元気ですか? え、でも、どうしてここに?? 」
「B級昇格試験の為にこの村に来たんです。ユリさんは、治癒士として派遣されてきたのですか? 」
「そうなんです。……と言っても、私たちの”浄化”スキルでは、ほとんど碌に治療にはならないのですけど……」
「声を出せるところまで持っていけば良いのですよね」
俺はそう言うと、村長の首元に掛かっていたスカーフを、丁重にお断りしてその首から外した。
そしてみんなが見守るなか、そのスカーフに“浄化”のエンチャントを掛ける。
「少し前にエンチャントAを取得しました。それに、エレノアさんのおかげで魔力コントロールもだいぶ上手くなりましたし、バフ効果のある“聖者の共鳴”もエレノアさんに教わった”反発技術“を用いることでさらに効果があがったので……」
そんなことを話していると、部屋の隅から大きな笑い声が上がった。
オスカーだ。
「くはは! 馬鹿らしい! 第四階級の物乞いが冒険者をやっているだけでも笑い草なのに、そのうえ、お前がスカーフに”浄化“のエンチャントを掛けるだと!? ……前々からお前の噂は聞いている! とんだ詐欺師がいたものだと思っていたが、わざわざ自分から正体を明かすようなことをするとはな! さあ、そこまで言うならやってみろ! 」
「言われなくてもやるんだが……」
と、俺はぼそりと呟き、続きを行う。
「もし、出来なかったら、その首を切り落としてやる! 」
と、オスカーは物騒なことを言っている。
おかげでユリもほかの治癒士も、怯えて震えあがっている。
……エレノアが教えてくれた魔術の上級技術は、攻撃魔術だけに使えるものではない。
”聖者の共鳴“のようなバフスキルにも、適応できる。”聖者の共鳴“の方向性は”拡散性“だから、”直進性“の魔術を意図的にそこへ当て込むと、効果が一気に増大する。この場合、”ヒール“がそれにあたる。
俺の掌のなかで、”聖者の共鳴“が小さな竜巻のように渦巻く。最後に、それをもとの拡散性のものに戻し、自分に付与する。……バフ効果はどのくらいだろう。5,60%はあるだろうか。
そして、「”浄化“のエンチャント……」と、俺はスカーフに静かにそのスキルを付与する。
「終わりました」
と言うと、
「さあ、茶番は終わりだ。それを村長の首に掛けてみろ」
と、オスカーが声を荒らげる。
「涼さん、大丈夫なのですか……? 」
と、ユリが心配そうに俺を見上げる。
全員が息を飲むなか、俺は村長のもとに戻り、その首にそっとスカーフを掛ける。
村長もこのやり取りにビクビクした様子で、若干、身体が震える。
だが……、
「……声が出る」
と、キレイな一言とともに、村長は顔を上げた。
「痛くも、辛くもない……!! 」
「馬鹿な!! 」
とオスカーがすぐさま叫ぶが、いつの間に来ていたのかガブリエルがその声にこう被せる。
「嘘もなにも目の前で私たちはこの奇跡を目の当たりにしただろう。……涼くん、噂通りものすごい技術だ。私はしかとこの眼でその業績を確かめた。本部も、この一歩を必ずや評価するだろう」
治癒士やユリが歓声を上げるなか、ただ試験官のムッサだけが、「くそっ」と呻くように呟き、村長の家を苛立たし気に出て行った。




