64,初めてのクエスト。
「ありったけのポーションだ。持っていけ」
「……ちょっと待て。なぜお前、アイテムボックスを使える!? 」
ヴォルドにポーションを渡そうとするが、そう驚かれる。
「なぜもこうもあるか。とにかく使えるんだ」
俺は嘘をつけない。考えるのも得意じゃない。ごまかすのも下手だ。そのせいでヴォルドは困惑しているが、知ったことか。
「ほら、持って行けよ。俺たちは洞窟の奥まで行く」
「ここに来るまでの魔獣は殲滅して来た。多分、安全に、帰れる」
ルナもそう頷く。
「……ついて行って良いか」
と、ヴォルドが言う。
「なぜだ」
「……このままじゃ帰れない。父さんに怒られる」
「知るか。一度死にかけたんだ。戦力にもならん。帰れ」
「……頼む」
もう一度帰れと言いかけるが、ルナが制す。
「なぜ、なの? 」
「……強くなりたい」
ヴォルドはそう呟く。いやいやながらやっと言ったという感じだ。
「……俺の職業は”虫使い“だ。ご存じの通り不遇職だよ。ろくに冒険の役にも立たない。それで、父さんにも叱られた。……でも、俺は強くなりたい。自分でもやれるんだということを、証明したい。……なあ、頼む」
ヴォルドは深々と頭を下げる。第四階級の俺たちに頭を下げる貴族なんて初めてだ。こいつ、バカか。
「なぜ一人で倒れていたんだ」
「……裏切られたんだ。“虫使い”の俺と冒険に出てくれる冒険者なんていない。あいつらは街のごろつきだった。金だけが欲しかったんだろう。洞窟の中腹で、いきなりおきざりにされた。……そこに魔獣が現れて、なんとか撃破出来たが、……あのざまだ」
よほど悔しいんだろう。ヴォルドは下唇を噛みしめている。そこから、血が滲んでいる。
「……見返したいか」
ヴォルドが顔を上げる。「……ああ」
「……俺もだ」と俺は言う。「俺も、第四階級の俺たちでもやれると証明したい。……その気持ちがお前にわかるか」
ヴォルドはハッとする。微かに蒼ざめた。
「……今なら、良くわかる」
「じゃあついて来い。自分で証明しろ。お前にもやれるんだって言うことを」
ヴォルドはぐっと拳を握り締める。目には涙が溜まっている。第四階級の俺にここまで言われて腹が立つんだろう。知ったことか。
「ああ、そうする。お前に、俺にもやれるんだってことを、証明してやる……! 」
「勝手にしろ」
◇◇
洞窟内の様子が変だということには気づいていた。
涼さんから聞いたことがある。低ランクダンジョンでも、ごく稀にレア魔獣が発生して強敵と遭遇することがあるって。冒険にはいつでも未知の危険が潜んでいて、決して油断してはならないのだと。
洞窟の最奥に辿り着いたときのことだ。
「なにかいる」とルナが言う。
「……止まろう」
「あれは……」とヴォルドが言う。「シャドウスコルピオンと、ポイズンクラックゴーレムだ……! 」
「倒そう」
「ば、バカを言え! どちらもB級魔獣だ。俺たちの手に負えるもんか! 」
「俺たちのあとにFランクのパーティーがこの洞窟に入って来るのが見えた。放っておけばあいつらがやられる」
「そ、そんなの……! 」
「放って、おくと、言うの? 」と、ルナが咎める。
「……! 」
「俺たちでやるしかない。覚悟を決めろ」
俺は物陰から一歩前に出た。
俺の合図でルナが”フラッシュバースト“を唱え、眩い光が洞窟内に満ちる。数匹いたシャドウスコルピオンの足が止まる。さらにルナは”アイスシャード“を唱えてシャドウスコルピオンの身体を固定し、そこへ一気に、俺が駆け寄る。剣に炎のエンチャントを纏わせ、「”フレイムスラッシュ“」を放つ。……瞬く間に、シャドウスコーピオンの群れが粉々になる。
問題はポイズンクラックゴーレムだ。このゴーレムはこの空洞一帯に濃度の濃い毒素をばら撒いている。まずはこの毒素をどうにかしなくちゃいけない。
「ルナ、“ウィンドブレード”だ! 」
ルナが頷く。「“ウィンドブレード”! 」
この広い窪み一帯の空気が、一気に循環する。次第に濃くなっていた霧が、一瞬ではあるが、晴れ渡る。
「“ビュリフィケーションオーラ”! 」
これは涼さんから貰ったスキルのひとつで、本来は生活職の人々が使うものだ。
空気清浄を目的としたスキルだから、冒険にはあまり役立たない。それを一か八か使ったのだが、……効果ありだ。霧の奥に隠れていたゴーレムの姿が、くっきりと見える。
その隙を俺は見逃さない。即座に背中の弓を取り、矢を引いた。
「“ブレイクショット”! 」
ゴーレムは必ず胸の中心に核がある。そこをピンポイントで撃ち抜けば、動きは止まる。……見事に真ん中を打ち抜いたはずだが、動きは止まらない。俺は立て続けに弓を放つ。
「“ブレイクショット”、”ブレイクショット“! 」
七発も撃ったところで、激しい眩暈を覚える。
涼さんが心配していたバックフラッシュだ。本来適性のないスキルを多用したせいで、身体が悲鳴を上げている。だが……、ここで撃つのをやめたら、このパーティーは全滅してしまう。
俺は弓を捨て、再び剣を抜く。激しい眩暈で足元はおぼつかないが、なんとかゴーレムに近寄る。
ゴーレムも必死だ。核を打ち抜かれた固くなった動きで、大きく振りかぶり、その拳を俺に振り下ろす。
……と、そのとき、
「“ライトニングランス”」
と、ルナの声が聞こえ、光の槍が背後から飛んでくる。そして、ゴーレムの核にヒットする。
再び動きを止めたゴーレムに、俺は最後に一撃を加える。……もう力は残っていないから、最も初歩的なこのスキルだ。
「“ソードスラッシュ”! 」
自分でも、驚くほど弱々しい攻撃だった。
だが、死にかけのゴーレムを倒すのには充分だったようだ。
膝をついていたゴーレムは、ゆっくりとその頭を地面につけ、突然岩同士の連結を失い、粉々に崩れた。
俺もまた剣を地面に突き立て、それでも自分の身体を支えられず、地面に突っ伏す。
限界だ。
今にも気を失いそうになりながら、ルナのほうを振り返る。
……とそのとき、天井付近に蠢くものを見つける。生き残っていたシャドウスコーピオンだ。”絶対に油断するな“と涼さんに口を酸っぱく言われていたのに。今、俺たちは、完全に油断している。こういうときこそ最も危険なのだと、何度も言われたのに。
「ルナ……! 」
と、かろうじて声を絞り出したそのとき、……想像もしていないことが起こった。
ヴォルドが天井の魔獣に気づき、……ルナを突き飛ばしたのだ。そして今ヴォルドの身体にシャドウスコーピオンが降って来る。
「毒針の召喚」
という声が聞こえたのはそのときのことだ。
いつの間にかヴォルドの周囲に凄まじい数の蜜蜂が飛んでいる。ぶんぶんと、羽音がうるさい。
そしてその膨大な蜜蜂が、一斉にシャドウスコーピオンに遅いかかかる。
数百匹の蜜蜂に襲い掛かられ、シャドウスコーピオンはあっという間に粉々に打ち砕かれた。
まるで、深い影がひとつの命を食いつくしたかのようだ。恐ろしいスキルだ。
「ヴォルド……。助かった。妹をありがとう」
突っ伏したままそう言うが、ヴォルドはなにも言わない。シャドウスコーピオンの針を食らったせいで、立ち上がれないようだ。ルナもさすがにバックフラッシュ気味で、眩暈を起こしている。
……数分経ってルナが快復し、俺に”ヒール“を掛けてくれる。続けてヴォルドにも”ヒール“を掛けるが、完全には快復しない。
俺とルナは熱を持ち始めたヴォルドの身体を担いで、生まれて初めて入ったダンジョンを出て行った。
◇◇
「目を覚ましたか。クエストは終わりだ。クリアした」
「……アレンか。俺は、どうなったんだ」
ベッドの上で目を覚ましたヴォルドがそう言った。
「自分が術を唱えたのを覚えていないのか」
「……今やっと、思い出せた。あんなに上手く虫を召喚出来たのは初めてだ」
「礼を言う。妹を助けてくれて感謝している」
「……礼を言うのはこっちだ。お前がいなければ俺は生きて戻ってこれなかった」
「じゃあおあいこだな。互いに貸しはなしだ」
ヴォルドは頷き、しばらく考えごとをした後で言った。
「……すごかった。あれだけたくさんのスキルを使って、しかも、連携も上手く取れていた。あんな冒険者は見たことがない。お前らは本当に強い。……すごいよ」
「まだまだだ。途中バックフラッシュも起こしてしまった。でもまあ、初めての冒険にしては上出来だったと思う」
「初めての冒険!? 嘘だろう……?? 」
「本当だ。冒険者登録したのも昨日のことだ」
「初めての冒険であれだけ動けるのか?? お前ら、天才じゃないか……?? 」
「いや、まだまだだ。俺なんて全然だ」
俺は涼さんのことを思い浮かべる。冒険者としても、人間としても、俺はあの人の足元にも及ばない。
だが、よほどショックだったのか、ヴォルドは絶句している。さすがに少し気分が良い。
「……なあ、頼みがある」
ヴォルドが思わぬことを口にしたのは、そのときのことだ。
「なんだ」
「……俺を、お前らのパーティーに加えてくれないか」
「なぜだ」
「……俺は痛感したんだ。自分がいかに弱かったかを。冒険者としての力量だけじゃない。人間的にも、俺は本当に弱いやつだった」
俺は黙っている。口を挟むのは、野暮だ。
「……でも、お前らと一緒にいて、少しだけ自分が強くなれた気がした。あのとき、お前らのようになりたいと思って、初めて勇気を出せたんだ」
「あの動きは勇敢だったと俺も思う」
ヴォルドが頷く。「連れて行ってくれ。頼む……!」
俺は少し考えてから言った。
「……俺たちは第四階級だぞ。そのことがわかっているのか」
「関係ない」ヴォルドは即答した。「あの制度はクソだ。俺はそう思う」
「じゃあ俺たちは対等だ。それで良いか」
「それで良い」
「じゃあお前は仲間だ。ヴォルド。どんなときも俺たちは助け合うんだ。分かったか」
「誓おう。アレン。……俺たちは仲間だ」
第二階級の冒険者どもなんてずっとクソだと思って来た。
貴族もみんなクソだと思って来た。
でも、今回のことで分かったこともある。
クソだらけのなかにも話が分かる奴はいるし、この世界は俺たちの手で変えられるということだ。
そしてそれを教えてくれたのは、涼さんだ。
「行くぞ、ヴォルド。妹が酒場で待ってる」
「酒場? なぜ酒場なんだ」
「歓迎会だ。お前がパーティーに加わりたいと言い出すと思ってた」
「アレン……!」
「悪いが、今日はお前のおごりだ。俺たちは金がない。第四階級だからな」
「俺の歓迎会なのにか?」
ヴォルドは涙ぐんだ目端を拭い、この日初めて笑った。




