61,初めての譲渡。
※涼目線に戻ります。
ツルゲーネとパルサーとともに”生活の広場“にやってきたのは、まだ午前の早い時刻のことだ。
新しく発動した俺の“分け与える”というスキルを試す為に、広場には十数人の第四階級の仲間に集まって貰っていた。
「冒険に出られそうな若い連中にはあらかた声を掛けておいたよ」
ツルゲーネが言う。
「……だけど、僕はまだ半信半疑だな。本当に他人にスキルを与えられるのかな」
同行したパルサーが腕を組んで、言う。
「とにかく試すだけ試してみましょうよ。失敗して困るものでもないし」
そう言う俺自身もなにが起こるかはわかっていない。
失敗してもなにも困ることはないのは確かだが、若干の緊張が込み上げて来る。
だが、思わぬ問題がそのとき起こった。
「それじゃあ、冒険者になっても良いという人、いたら手を挙げてくれ」
ツルゲーネがそう声を上げても、そこにいる十数人の大人は誰も手を挙げなかったのだ。
彼はみな一様に困り果てた表情を浮かべ、足元の砂を蹴った。
思わぬ事態だ。
だが、考えて見ると当然の結果とも言えた。この世界では第四階級の人間は冒険には出られないのが常識とされてきた。“第四階級の人間はオーデンブロック・ブリッジは渡れない”というのが通説だったのだ。
俺が物乞いとして橋の下に住んでいた頃も、その現実に耐えられずに橋を渡って行った第四階級の人間はいた。
でも、誰一人冒険から戻って来る者はいなかった。
「涼がスキルを与えてくれると言うんだが、……みんな、駄目か? 」
ツルゲーネがそう繰り返す。しかし返ってくるのは、沈黙ばかり。
どうしたものだろうか。
長いあいだ“お前たちはなにも出来ない無能だ”と烙印を押され続けたせいで、彼らの魂の奥深くに、強い劣等感が根を下ろしている。
今更「冒険に出よう」と言っても、その勇気が出てこない。
そしてその気持ちは、俺にもツルゲーネにも痛いほど良く理解出来た。
「どうする……? 」
小さな円陣を組み、ツルゲーネとパルサーと耳うちをする。
「想定外だったな……。でも、彼らの気持ちも痛いほどわかる」
「まあな」と、ツルゲーネが言う。「でも、誰も冒険に出てくれないとなると……」
「あの」
と、どこかから声が聞こえたのは、そのときのことだ。
突然の呼び声に辺りを見渡すが、どこにも人の姿はない。
「あの」
と、もう一度呼び声がして、その声が足元から聞こえて来たと気づいたのは、ふっと目線を下におろしたときのことだ。
「あの、俺と妹のルナじゃダメですか」
そこに立っていたのは、今年十四歳になったばかりの双子の兄妹、アレンとルナだった。
「アレン、お前本気で言っているのか? 」
驚愕の表情を浮かべたツルゲーネが、そう零す。
「ツルゲーネさん。本気だよ。……誰も手を挙げないんだよね。じゃあ、俺たちが行くよ」
「行くよって……。お前ら、今年十四歳になったばかりじゃないか」
「なにが問題なの。俺たちも”成人の儀“を受けた立派な成人だよ」
「なにを言ってんだ。十四歳はまだ子供だ。……それに、ルナは納得しているのか? 」
「ルナも行くと言ってるよ。俺たち、やれるよ。やらせて欲しい」
思いもよらぬ提案ではある。
だが、彼らの眼は想像以上に覚悟が決まってもいる。弱腰の大人を冒険者にするより、彼らを選ぶ方がよっぽど可能性は高いのではないかとさえ、思う。
アレンは一歩前に出て、こう続ける。
「俺、悔しいんだよ。教会に勝手に職業認定されて、”お前らにはなにひとつ出来ない“って言われて。それで毎日橋の下で眠らされて……。最近は涼さんのおかげで多少は生活は改善されたけど……。それでも、自分たちの可能性を勝手に潰されたのが悔しいんだ。俺たちだってなにか出来るってことを、証明したいんだよ」
その言葉に触発されたのだろうか。
ルナがおずおずと、口を開いた。
「あの、私も、アレンと、冒険に出たい、です」
その声は震えているうえに掠れてもいた。
だが、その目は、アレンのものに勝るとも劣らない強さで、激しく燃えていた。
◇◇
パルサーとツルゲーネと協議を重ねたあと、ふたりに冒険に出て貰うことに決まる。
幾度も幾度も、ふたりには「決しては無理はしないこと」と念を押し、そしてクエスト達成ごとに報告するようにも釘を刺しておく。
そのうえで、いよいよふたりにスキルの譲渡を試してみることにした。
「他人にスキルを与えられたら、……本当にすごいことだぞ……! 」
パルサーが腕を組み、唾を飲む。
「なんだか神みたいな話だな……! 」
と、ツルゲーネが唸る。
「ええと、なんのスキルを与えようかな……」
「そう言えば、他人にスキルを与えてしまって涼くんは困らないのか? 」
「被っているスキルがかなりたくさんあるんですよ。被っているものを優先的に与えようと思います」
他人からは俺のステータス画面は見えないから、なんのスキルが被っているかはパルサーにはわかりようがない。
膨大な数並んだスキルを眺めながら、俺はふたりに与えるスキルを思案する。
「これと、これと……、これもつけておくか……」
アレンには戦闘系、そしてルナには、魔術系を与えることにする。アレンは見るからに直情系だし、ルナは臆病そうだから遠方支援職の方が向いているだろうという判断だ。
「アレン、じゃあ君から譲渡するよ」
アレンの頭のうえに掌を翳す。“分け与える”と頭のなかでイメージする。
「……与えるスキルはブレード・ヒューリー、フロストエッジ、ソードダンス、シャドウスラッシュ、ブレイブガード、それから……」
「待て待て待て……! 」
と、パルサーが口を挟む。
「そんなにも与えるのか??? 」
「今のは戦士系のスキルだけなので、まだ与えますよ……? 」
「嘘だろう……? 私の想像を、遥かに超えているんだが……?? 」
俺は気にせず、続きを行う。
「弓系のスキル、スウィフトアロー、イーグルアイ、クイックステップ、サイレントストライク、チェーンショット……、それからエンチャントスキルも与えるか……。フレイムエンチャント、フロストエンチャント、サンダーとダークとライトとディスペルエンチャントも与えよう……、武道家系のスキルは……、気孔波、鉄残鋼、爆裂拳、耐久の構え、重力崩し、闘気纏い……、盗賊系のスキルもあったほうが良いな……、シャドウステップ、ピッキングマスターB、スナッチハンド、ポイズンダガー、スリープボム、バックスタブ……採取スキルはたくさん余っているから譲渡して……、アイテムボックスもひとつ与えよう……、あとはA級スキルの……」
「てっきりひとつかふたつ与えて様子を見るという話になると思っていたんだが……」
パルサーが少し後方でそう零す。
「俺もそう思っていました……。涼のやつ、基準がおかしくなってませんかね……」
「彼の師匠はあの”翡翠の魔女“だからな……。彼女も最初から基準がおかしいんだ」
「喋り過ぎて念仏みたいになってますよ、涼……。まだ終わらない」
一通りスキルを選択したあと、俺はアレンに与える魔術量を設定する。
膨大な量の魔術量を与えても良いのだが、潤沢する魔術量はかえって術士を戸惑わせることになる。
師匠のエレノアも俺も、“魔術量が多すぎる”為にそのコントロールに苦心してきたのだ。
「……魔術量は100にしとこう。アレン」
「……はい」
「100って、この国のトップ魔術師の数値なんだが……」
掌に籠った力が、すうっとアレンに流れてゆく。まるで俺の身体から湧き上がった電気がアレンに伝わっていくかのようだ。
アレンもその奇妙な感覚を味わったようで、目をぱちくりさせながら、自分の掌を交互に見遣っている。
「……上手く行ったと思う」
「……」
アレンは自分の身体に起こった変化を、じっと確かめている。
「……試してみても良いですか」
と、アレンが囁く。
「もちろん」
パルサー、ツルゲーネ、それから集まっていた十数人の第四階級の人々が、唖然とした表情でアレンを見る。
俺の渡した小刀を手に、クイックステップやフロストエンチャントを使いこなし、その場を縦横無尽にアレンが駆け回る。
その姿は、まさか数秒前までスキルなしの第四階級だったとは思えない素早さだ。
「本当に譲渡出来たのか……! 」
目を丸くして、パルサーが声を上げた。
「とんでもないことだぞ、これは……! 」
と、ツルゲーネも腕を組んで言う。
「これで大分前進できそうですね」
と、俺は言った。
「アレン。頼んだよ。君は俺に続くふたり目の“第四階級の冒険者”だ。……頑張ってくれ」
額に汗を浮かべたアレンが、力強く頷く。その目は俺を安心させるに十分なものだ。
そしてその表情は、もはや十四歳とは思えない、大人びたものに変わっている。勇気を出して踏み出した一歩が、彼を瞬く間に成長させた。
「じゃあ次はルナだが……」
と俺は言う。
「魔術系のファイアボルト、ウォータースプラッシュ、ウィンドカッター、アースショック、ライトニングショック、アイスニードル、フレイムバースト、アクアウェーブ、ストームスラッシュ、ロックバインド、チェインサンダー、フリーズウォール、ヒールライト、マナリチャージ、シールドブレス……」
「涼のやつ、また念仏みたいなの始めやがった……」
呆れたように、ツルゲーネがそう零した。




