59,若い治癒士の誤解。
※今回はアニー目線の話です。
シビラの指導を受けたあと、私は沈黙の呪縛に苦しむ患者のひとりと向き合っていた。
目の前には患者用の椅子があり、その椅子に座った患者が苦し気な表情を浮かべて目を瞑っている。
「アニーさん。準備が整いました」
治癒院の作業員の一人が、そう案内してくれる。
「ありがとう」
私は深呼吸をし、目を閉じて魔力感知法に従い、患者の体内に意識を集中させる。
私の手には「魔導触石」が握られている。それはシビラが貸してくれたもので、体内の魔力の流れを感知し、その動きを可視化するための道具だ。
石を通じて見えたのは、患者の喉元にある異様な「魔術だまり」。
渦を巻くように停滞している魔力の塊が、まるで黒い影のように不気味に漂っている。
「これは……? 」
傍らの女性作業員が、そう呻く。
「これが”沈黙の呪縛“の核心よ。喉に魔力が停滞してしまうことで、体内全体の循環が乱れ、最終的に魔力の毒化が始まるの」
そこまでは分かっていたことだ。でも、魔力感知法を使えば、それよりももっと奥のことが理解出来る。
「この黒い筋……魔力が腐っているのですかね」
「そうね。……でも、なぜなのかしら」
私はそこに可視化された魔力の流れに、じっと目を凝らす。
指で触れられそうなほどはっきりと見えているその流れは、どこかで感じたことのあるものに似ている。
この世界では、魔術を多用する人々は、常に魔力が暴発する危険に晒されている。魔力とはそれだけコントロールが難しく、制御に危険の伴うものなのだ。
そんな危険な魔力に対して、“魔力抑制剤”と呼ばれる市販薬があり、この薬が魔力の暴走を抑え込んでくれる。そのため、この市販薬は大勢の人々に昔から愛飲されていた。
今、目の前で可視化された魔力の流れは、この“魔力抑制剤”を使用したときのものに、良く似ている。
「……魔力抑制剤を使用したときの流れに良く似ているわ」
「……じゃあ、あの薬が原因ということですかね」
「……わからないけれど、可能性はあるわ」
「でも、あの薬を作っているのは、超大企業のフレッシャー商会ですよ。あの薬に問題があると分かったら、それこそ、大問題です」
「そうよね……」
と、私は呟く。フレッシャー商会の販売している魔力抑制剤が、まさか”沈黙の呪縛“の原因なのだとは、誰も思ってはいない。もしそんなことが公になれば、大騒ぎどころの話ではない。
「……とにかく、一度シビラさんのもとに持ち帰って、再度話し合ってみるわ」
私はそう零し、この場の検証を終えた。
◇◇
患者の検査を終えて治癒院の広場に出たときのことだ。
顔馴染みの治癒院の治療師が、ひとり声を掛けて来る。
「アニーさん、治療は終わったのですか? 」
「ええ。今、ひと段落着いたところよ」
「今日はお暇ですか。良かったら、このあと夕飯でも一緒にどうでしょう」
「実は、このあと用があるの。ごめんね」
せっかくの誘いを断るのは心苦しかったが、このあとは涼さんとディナーを共にする予定を取っていた。
「それは残念です。もしかして、彼氏ですか? 」
「違うわ。でも、大切な友人よ」
「アニーさんがそんなこと言うなんて珍しいですね」
「……とても尊敬できる方なの。第四階級で、冒険者をやっていて……」
そう言いかけたとき、並んで歩く彼女の様子がおかしいことに、私は気が付く。
「……どうしたの? 」
「……私、とんでもないことをしてしまったかもしれません」
「……どういうこと? 」
「……私、すごい勘違いをして、アニーさんの大切なひとを傷つけてしまったかもしれません……」
彼女のその一言で、針で貫かれたように、私の心臓がぎゅっと痛みを持つ。
「どういうことか、一から説明して」
「……ごめんなさい、私、なんにも知らなくて。必ずこのお詫びはしますから……! 」
「誰に、なにを言ったの? お願い、説明して」
「さっき、冒険中に毒素に冒されたとのことで、冒険者が治癒院を訪ねてきたのです」
「……それで? 」
「彼が自分で言ったのです。“自分は第四階級の冒険者だ”と」
涼さんだ、と私は思う。
「……それで? 」
「……私は言いました。“第四階級の人間は冒険者にはなれない。嘘をつくような人を治癒出来る余裕はここにはない。さっさと帰りなさい”って……」
なんてことを……。そう思ったときには、私の目から涙が溢れていた。
ぽろぽろと零れる涙を、自分でも抑える術がわからない。
「なぜ、そんなことを言ったのですか」
突然泣き出した私に狼狽する目の前の女性に、私は怒りを抑えることが出来ない。
なぜ、彼女が涼さんにそんな辛辣なことを言うのか、なぜ、私の大切なひとをそんなにも厳しい言葉で傷つけられるのか。彼女の素朴な攻撃性に、抑えようのない感情が込み上げる。
「すいません、……なにがあったのですか? 」
年輩の別の治癒院の治癒士が異変に気付いて私たちのもとに駆け寄って来た。
せめて愛想良くこの場を取り繕おうと思うが、露骨に不機嫌になり顔の前で手を振ってしまう。
「私の友人の第四階級の冒険者を、彼女が追い払ってしまったのです」
「あの、田村涼様のことをですか……? 」
涼さんの名前はある程度の人々には行き渡っているのだろう。年輩のこの女性はその情報を知っており、訝しそうに若い治癒士に視線を向ける。
その冒険者については若い治癒士も耳にしたことはあったのか、今更、事態の重さに蒼ざめてゆく。
「……本当に、本当に申し訳ありませんでした、アニーさん……! 」
あまりにも真っ青な顔となって俯いている目の前の女性に気づいて、私は息を飲む。
彼女がしたことは良くないことではあるけれど、こうまで苦しめてしまっては私も悪者になる。
「……ごめんなさい、感情的になってしまいました」
「いえ、私が悪かったのです。彼の噂は知っていたのに、第四階級の冒険者なんているはずがないと思ってしまって」
「……彼は私の、とても大切な人なのです」
「……本当に、本当にごめんなさい」
涙を流しながら話し込んでいる私に気づき、治癒院の人々がまばらに集まり始めていた。
なにがあったのかと聞かれた私は、とても悲しいことがあったのだとだけ答えた。
「涼さんが来たのはついさっきのことですか」
「ええ、ついさっきのことです」
「今から謝りに行ってきます。彼を傷つけたままにはしておけません」
「そんな、アニーさんのせいではありませんのに」
「きちんと説明していなかった私の不手際もあったと思います。ごめんなさい」
「もし行くのなら、私も連れて行ってください」
隣にいた年輩の治癒士も“自分も行く”と言ってくれた。大勢で詰めかけて謝罪したところで、涼さんが受けた心の傷が癒えるとも思えない。でも、私の足はもう動き出している。
「……繰り返しますが、失礼のないようにお願いします。私の、とてもとても大切な人なのです」
ふたりは息を飲んだように棒立ちとなり、ゆっくりと頷く。




