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57,解毒士の技。

 シビラの部屋からは、饐えた木の根のような匂いが、膨らむ。

 天井からはレイドスピアの牙が吊り下げられ、その隣には、ハルキオンの羽が飾られている。どちらも毒素を浄化させる効能があるとされる貴重素材だ。

 

 「あれは、毒草図鑑・影の巻ですか」

 得体の知れない謎の茶を淹れてくれているシビラに、そう尋ねる。

 「そうだ。知っているのか」

 「名前だけは聞いたことがあります。見たのは初めてです」

 「砂漠の行商人から買ったんだ。読みたければ読むと良い」

 「良いのですか」

 「……本気で解毒に興味があるんだな」


 彼女の問いかけるような眼差しに、私は静かに頷く。

 私の持っているすべての魔術、アイテムを駆使しても、“沈黙の呪縛”を完全治癒することは出来ない。

 他業種である”解毒“を会得しなければ、私はもうこれ以上前には進めない。

 どんな些細な情報も、私は残さず吸収して帰るつもりだ。



 「私の両親も死ぬ間際に“沈黙の呪縛”に掛かったんだ」

 茶を私の前に置いたシビラが、言う。

 「両親とも、ですか」

 「そうだ。私なりに当時はかなり研究した」

 「なにか分かりましたか」

 彼女は首を振る。

 「私の結論は老人病だ。あれは治せるものではない。……だが、お前はそう思ってはいない。そうだな? 」

 「そうです」

 

 と言うが、自分の声がかすかに、震える。

 相変わらず私は臆病で、少しのことで緊張し、すぐにその場から逃げ出したくなってしまう。

 ”箱入り娘“という嫌な言葉が、脳裏に浮かぶ。誰に投げかけられわけでもないその言葉を、私は必死に、自分の頭から叩き出す。こんなときに涼さんの顔が思い浮かぶのは、もはやセットだ。


 「聖女には“浄化”というスキルがあります」

 咳ばらいをして、私は言った。

 「知っているよ。解毒の関係で私たちも学ぶことになる」

 「先ほども言いましたが、ここ数週間で幾人かの”沈黙の呪縛“の患者に浄化を当ててみました」

 「結果はどうだったんだっけ? 」

 「相当の改善が見られました。ほとんどの患者が声を出せるようになったのです」

 「信じられんな。私も聖者が浄化を当てているところは見たことがある」

 「そのときは、どうなりましたか」

 「気休め程度だよ。苦しみを和らげる程度の治療だ」

 「このブレスレットのエンチャント効果のおかげなのは、間違いありません」

 「……凄まじい魔力を感じるブレスレットだ。エンチャント効果はどれくらいだ? 」

 

 よほど興味深いのか、シビラは顎を擦りながら、私の腕のブレスレットを覗き込む。


 「魔術力30パーセントアップです」

 「……そんなにもあるのか? 嘘じゃないだろうな」

 「いえ、本当です」

 「……効果の持続期間はどれくらいだ」

 「約三年です」

 「……田村涼とかいう男が造ったんだったか? 」

 「そうです。私の、大切な友人です」

 「化け物め」

 シビラはそう吐き捨てると、その背中を震わせて笑いだす。変人に違いはないのだとは思うが、その変人に、どうやら涼さんは気に入られたようだ。

 

 ひとしきり笑ったあとで、シビラが言った。

 「話が飲み込めて来た。その化け物染みたエンチャント武具をつけてお前は“浄化”を使った。その結果、かつてないほど”沈黙の呪縛“に治癒効果が見られた。……だが、完全治療までは行けない。あと一歩のところまでは行けるが、なにか、足りていないピースがある。そのピースを求めて、私のところへやってきた、という具合か」


 見るからに偏屈で、頑固でもある。でも、シビラは誰がどう見ても知能が高い。

 出会ってからわずかに話した程度だけれど、すでに私のなかで彼女の知性に対する信頼が出来上がっている。


 「その通りです」

 「原因の追究の為にもっと詳しい話を聞かせてくれ。恐らくは”浄化“では取り切れない毒素があるのだと思う。……紙とペンがそこにあるから取ってくれ。あと、さっき淹れた茶は好きに飲んでくれ。味は不味いが、癖になる」


 シビラはそう言うと、ペンの背中でこめかみをとんとんと叩き、すでに思索の深みへとひとり潜り込んでいた。


 

 ◇◇


 

 ふたりで散々話し合い、軽い夕食を挟んでの休憩のあと、シビラがある仮説を唱えたときには、すでに陽はとっぷりと暮れ切っている。

 深い森のなかにあるこの小屋の窓のなかは、紙を貼り付けたような暗闇が降りている。


 「……これは仮説だが」

 シビラがそう口にしたのは、そのときのことだ。

 「はい」

 「“沈黙の呪縛”が長年の魔術使用による副作用だと言うのは知っているな」

 「ええ、もちろん知っています」

 「長年魔術を使うことにより、魔術の“溜まり”が出来、それが喉の奥の溝へと行き着く。すると喉が毒に冒された状態となり、声が出なくなる」

 「今のところそれが定説かと思います」

 「その説が間違っているわけではない。だが、説明に不足がある、と思う」

 「不足、ですか」

 シビラは静かに頷く。

 それから、広げた紙に書かれた文字を、とんとん、と指で叩く。


 「喉に出来上がった毒素は二種類あるのではないか」 

 「二種類……」

 「ひとつは魔力溜まりであり、お前が”浄化“によって除去したものだ。だが、その奥にはもうひとつ別の種類の毒素が沈殿しており、それが取り切れていない」

 「……可能性としては、あり得そうです」

 「つまり、”沈黙の呪縛“を完全に治癒するには、お前が”浄化“を掛けたあとにもうひと作業が必要になるんだ。いずれにせよ……」


 シビラは佇まいを正して、私へと向き直る。


 「原因を解明するには実際に患者に接して確かめるしかない」

 「そうなのですが、私の腕前では、これ以上なにもわからないのです」

 「それはわかっている」

 と、シビラは頷く。

 「“魔力感知法”という技が解毒士たちの間にはある。これは患者の毒性を調べるための簡単な魔術のようなものだ。と言っても、魔術コントロールを応用したものだから、スキルと呼べるほどのものではない。……それのやり方を教えるから、再び街に戻って患者の容態を詳しく調べてくれ。私も行きたいのだが、解毒士はこれでも忙しいのでね」


 “魔力感知法”。

 それこそが私が知りたかった技法のひとつだ。解毒士は容易にはそれを他者に教えないと言うが……。

 

 「……教えていただけるのですね」

 思わず、微笑んでそう口にする。

 「面白いものが見れたからな」

 と、シビラは顎を上げ、私の腕のブレスレットを指し示す。

 「……それに、お前の熱意も、本物だと分かったからな」

 「シビラさん……」


 

 父に紹介して貰った森の解毒士。名前はシビラ・ナイトレム。

 この腕の立つ偏屈な解毒士は、滅多に他人と関わらないと言う。どんな人間が来ても皮肉と毒の強い言葉ですぐに追い返してしまうと言うのだ。

 

 だが、その解毒士がもしも相手を気に入ったら、彼女は必ずこう口にするという。


 「《《名前は覚えたよ》》。アニー・ヒュイ=フランダルス。続けて作業報告を行ってくれ。……それと、気が向いたら、その《《田村涼》》とかいう男も、ここへ連れて来ると良い」








 


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