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55,森の解毒士。

 ※前回に続きアニー目線の話です。


 「この辺りのはずだけれど……」


 父に渡されたメモを頼りに、オーヴェルニュの街の西側にある森林へと足を踏み入れる。

 父が言うには、「腕は立つが偏屈な女性だ」ということらしい。普通は街に住むところをわざわざ森に住まいを構えるところからも、すでに偏屈さの片鱗が感じられる。


 獣道染みた細道を進むと、森林のなかにぽつんと、魔女が住んでいそうな平屋が一軒建っている。


 「すいません、こちらはシビラさんのお宅でしょうか」

 「あんたは? 」

 平屋の前で掃き掃除をしていた女性が、そう問い返す。

 「私はアニー・ヒュイ=フランダルスと申します」

 「なんの用だ? 」

 「解毒術の応用について教わりに来たのですが。シビラさんはいらっしゃいますか」

 「私がシビラ・ナイトレムだよ」

 「失礼しました」

 「失礼過ぎるよ。私を家政婦かなにかだとでも思ったんだろう。違うか? 」

 「いえ、その……」


 急所を突かれたような想いだ。天然パーマの髪はぼさぼさのまま。身に着けたエプロンも年季が感じられる古びたもので、まさか、この女性が解毒術のエキスパートであるシビラ・ナイトレムだとは想像もしていない。失礼だ、と言われれば、まさにその通りだ。


 「失礼はお詫びします。ですが、今日はどうしても解毒術を体得したくてここに来ました。お話だけでも聞いて貰えませんか」

 「……なぜ解毒術を体得したいんだ? 」

 「え? 」

 「あんたは聖女だろう。知っているよ」

 「……恐れ入ります」

 「聖女なら教会のマスコットをやっていれば、食い扶持には困らないだろう」

 「聖女の仕事は教会のマスコットだけではありません」

 「マスコットであることは認めるんだね? 」 

 「それは……」

 

 と言いかけて、私は口を噤む。

 聖女の仕事はそればかりではないという想いと、聖女とは確かに教会のマスコット役でもあるのだという私の認識が、胸のうちで密かに葛藤する。


 「帰りな。ここは小奇麗な貴族の小娘が来るところじゃないよ」

 「“沈黙の呪縛”を完治させたいんです」と、私は言った。

 「なんだって? 」

 「”沈黙の呪縛“の完治です。その手掛かりを探しに来ました」

 「あれは老人病だ。歳を食うとみんななるんだ」

 「あなたはそう思っていても、私はそうは思いません」

 「生意気を言うじゃないか。小娘になにがわかる」


 シビラとのあいだに、ヒリヒリとした緊張が走る。髪はぼさぼさだが、その目は少女のように屈託がない。今はその目が、怒りの炎を宿し私を見据えている。


 「これを見てごらん。私が解毒術の研究を始めたばかりの頃に出来た傷だ」


 シビラはその袖をじっくりとまくり上げる。

 思わず私は、ちいさく息を飲む。彼女の腕には真っ黒な痣が肩の辺りまでびっしりと張り付いていて、しかも、その痣はかすかに今も脈動している。


 「解毒にしくじってこうなったんだ」

 「解毒は出来ないのですか」

 「やろうと思えば出来る。今の私ならね」

 「なぜそうしないのでしょうか」

 「戒めの為だ。毒を舐めたらこうなるということを、自分に言い聞かすためだよ」


 “沈黙の呪縛”は正確には毒ではないが、解毒術の応用によって、あの病気への理解が深まると私は睨んでいた。どうにかその技術をものにしたい。

 でも、今この目の前にあるどす黒い毒素を前にして、私の魂が震えあがり、怯えを起こしている。


 「震えているじゃないか」

 「いえ……」と言い、私は再び、ぐっと息を飲んだ。

 こんなとき、私の頭に涼さんが浮かぶことに、私は最近では慣れ始めていた。

 “勇気が欲しい”、”勇気を出さなければ“、そう思うとき、自分でも意図せずに彼の姿が思い浮かんで、私の足を一歩前へ歩ませてくれる。


 確かに、シビラさんの言うように、聖女としてそれなりの仕事をこなしていれば、私の一生は安泰と言っても良い。彼女が言いたいことはこういうことだ。

 “大人しくしていればお前は安全で贅沢な暮らしができるじゃないか。わざわざ危険なんて冒さず自分の領分で大人しくしていろ”。

 その言い分は正しいのかもしれない。でも今の私は“馬鹿な小娘”と笑われても、少しでも強くなって、涼さんに少しでも近づきたい。でなければ多分、私はいずれ彼に置いて行かれてしまう。


 “勇気が欲しい”と思いながら涼さんのくれたブレスレットを擦っていたのは、無意識のことだ。


 「なんだそれは。面白いものを着けているな」

 「このブレスレットのことですか? 」

 「エンチャントが掛かっているだろう。見せてみろ」


 シビラは低い唸り声をあげた。その目は驚きの為に大きく見開かれている。


 「魔術アップのエンチャントか。誰に貰った? 」

 「田村涼という方ですが」

 「凄まじい魔術量の持ち主だ」

 「分かるのですか? 」

 「分かるとも。化け物クラスだな」

 

 なにが可笑しいのか、シビラさんは満足げな笑みを浮かべている。なにか魅入られたように、私の腕を掴んでもう一方の手でブレスレットを撫でまわす。


 「魔術力アップのエンチャントか。それも、かなり効果は高い。国宝級とまでは言わないが、A級品なのは間違いない」

 「このブレスレットと私の“浄化”スキルを使うと、”沈黙の呪縛“がかなりのところまで快癒出来たのです」

 「あんたは”浄化“持ちか。……かなりのところと言うのは、どのくらいのことだ? 」

 

 この日、初めてシビラさんが私に興味の眼差しを向ける。


 「痣が消えるまではいかないものの、声は滞りなく出せるところまでは快復しました。再発の恐れは依然、あるとは思います」

 「“沈黙の呪縛”を声が出せるところまで治癒出来た例は、私もほとんど聞かない」

 「みんなは奇跡的だと言ってくれます」

 「まあ奇跡だろうな。……完全治療のメドは立っているのか? 」

 「私は可能だと考えています」

 「解毒の技法を応用すれば解決しそうなんだな? 」 

 「その通りです」


 「素晴らしい仲間を持っているね」

 思わぬ、優しい声で、シビラさんはそう微笑む。その手は相変わらず、涼さんの造ったブレスレットを擦り続けている。


 「小娘と言って悪かったね」

 さきほどとは打って変わった親し気な声で、シビラさんが私に言った。


 「アニー。中にお入り。”沈黙の呪縛“をとっちめる計画を、ふたりで練ろうじゃないか」









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