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53,セナの大槌。

 先日、セナ・ハンマースミスに鍛冶職の修業をさせて貰えるという話になり、俺はその実演を受ける為に、彼女の工房へと来ていた。

 アニーとの約束があるから、彼女にはこのことは秘密にしてきたことが、若干の罪悪感ではあるが……。


 「もう一度聞かせて頂戴。いまいち、話が良く掴めなかったわ」

 

 ”チート“についてセナに話して聞かすと、彼女はゆったりとしたソファに腰掛け、手の甲を擦りながらそう言った。

  

 「……ですから、物乞い士のスキルの中に、ある日、“繋がり”というパッシブスキルが出て来たんです。それを使うと……」

 「物をくれた相手の経験値や、スキルや、魔術量をあなたも貰える、……そういうこと? 」

 「ええ、そうです。ただし注意点があって、俺が得られる経験値やスキルは、あくまでも相手との繋がりが出来た“あと”からのことです」

 「なるほど。過去に取得したスキルや魔術なんかは、あなたは得られないということね? 」

 「その通りです」


 彼女はしばし、親指の甘皮を歯の先で噛み、何ごとかを思案していた。


 「……それって、とんでもないスキルじゃない? 」


 と、眉根を寄せ、首を傾げてそう言った。


 「……自分で言うのもなんですが、まあ、便利なスキルだとは思います」

 「便利というか……。そんなスキルがあって良いのかしら。この世界の秩序を壊しかねない、ものすごい不正なスキルだと思うわ」


 確かにその通りだと思った。

 それに、セナのようにこのチート能力の存在について疑念を抱くのも致し方ないことだ。

 この世界では通常、職業は各人ひとつしか持てないし、スキルもそれに準ずるものしか持てない。

 なのに、やり方次第ではいくらでもスキルを増やせるというのは、いささか反則染みている。


 「ついて来てちょうだい」

 セナは突然、部屋の扉を開き、手招きをする。

 「どこへ行くんです」

 「あなたの話が本当だと仮定して、手っ取り早くことを済ませましょう」

 「手っ取り早くことを済ませる? 」

 「ええ」

 

 セナは部屋を出ると、工房で働く従業員全員に向けて大声を上げる。

 「みんな聞いてちょうだい。あなたたちが持っているものを一つ、……なんでも良いわ。服のボタンでも、靴紐でも、小銭でも。それをここにいる涼に渡してちょうだい」


 セナの号令を聞いた従業員たちが、訝しそうに顔を見合わせる。

 だがやがて、半信半疑ながらそれぞれの小物を携えて、俺の元へと歩いて来る。


 「これで手っ取り早くここの従業員全員とあなたとの間に“繋がり”が出来たことになるわ」

 「ずいぶん荒々しいことをしますね」

 「これぐらいこの辺りじゃ普通よ」

 「そうですか」

 「そうそう、最後に私のも渡しておくわ」

 

 彼女はそう言うとたくさんの物が乗った俺の手のうえに、首から下げていたネックレスを置いた。

 そのネックレスを外すときに、彼女の豊かな胸元が、成熟した葡萄のように静かに揺れる。


 「じゃあ一月後にでもまた来て。ことの真相はそのときに確かめましょう」

 

 そう言うと彼女はさっさと自分の仕事に戻ってしまった。




 ◇◇



 約束した通り、一月後、俺はひとりセナの工房を訪ねた。

 

 「待っていたわ。相変わらず綺麗な顔ね」

 「そうですか? ほかの人には言われませんよ」

 「私は好きな顔よ。私が好きな顔なら、それは美男子なのよ」

 「ずいぶん自分の審美眼に自信があるんですね」

 「ええ、当然。毎日毎日自分なりに美しいものを造っているんですもの」


 招かれて入ったセナの部屋には、女性らしい代物が溢れている。

 カーテンは薄いピンク、ベッドの飾りもレース模様でいかにも女の子らしい。

 それでいて彼女の口ぶりや言動は自信に溢れ、どことなく強い男性を思わせる。

 若い頃から天才鍛冶職と称された彼女だからこそ、このような強さと女性らしさのギャップが生まれるのかもしれない。


 「じゃああなたの“チート能力”とやらを確かめましょうか」

 「もしかして、疑ってます? 」

 「まさか。愉しんでいるのよ」

 「チート能力が“あったとしても”、“なかったとしても”、どちらでも愉しいと……? 」 

 「その通り」

 「良い性格していますね」

 「でしょう? 性格の悪い美女ってね、モテるのよ」


 性格の悪い美女がモテるかどうかは知らないが、セナはモテるだろうなと思う。

 髪を撫でる仕草、腰に手を当てる所作。そのひとつひとつに色気が籠り、男の好奇心を巧みに刺激する。


 彼女の部屋を出て、奥の空いた炉へと促される。

 “さあどうぞ、叩いてごらん”というわけだ。


 炉の前に座った俺は、火の色と温度をじっくりと確かめる。

 今がまさに鉄を叩くのに最適なタイミングだと分かると、鍛造トングで真っ赤に焼けた鉄を炉から引き出す。

 熱で歪む視界のなか、それを金床の上へと慎重に置く。


 鍛造ハンマーを手に取り、軽く息を整える。

 傍らに立ったセナが興味深げに工程のひとつひとつを観察する。

 ハンマーを振り下ろすたび、赤い鉄がみるみるうちに形を変えてゆく。叩くたびに鉄から火花が飛び散る。焼けた金属の匂いが辺りに漂う。

 金床の隣には水の張った水槽が用意されており、温度が下がり過ぎないうちに、鉄を水に漬けて冷やす。そして冷やしてはまた火に入れ、再び叩く。


 「もういいわ」

 セナがそう呟いたのは、ポインシックハンマーで丁寧に叩き出したときのことだ。

 「俺の腕前はどうですか」

 「どうもこうもないわ」

 「つまりどうなんですか? 」

 「信じられないという感じよ。驚愕しているわ」

 「やっと認めてくれました? 」

 「認めたなんてもんじゃないわ。こんなの奇跡じゃない。……なぜ先月まで素人だったあなたが、一月後には優秀な鍛冶職になっているのよ」


 しかし言葉とは裏腹にセナの顔は明るく輝いている。

 まるでこの不可思議な能力を見られて心から感動しているとでも言いたげだ。


 「武器がすぐに壊れてしまって困っていると言ったわね」

 

 セナはそう言うと、椅子に座った俺を押しのけ、自身がその椅子に腰を下ろす。

 

 「そうなんです。強いスキルを使うと、市販の武器ではすぐに壊れてしまう」


 それはこのところの俺の悩みの種だ。A級スキルは山ほどあっても、それに耐え得る武器がない。“神の急所刺し”にしても、その辺に落ちている小枝で弱小モンスター程度は倒すことが出来るが、C級クエストの魔獣ともなると、それでは通用しなくなってきている。

 A級スキルに耐え得る、硬い武器が必須なのだ。


 「この業界で私がなんて呼ばれているか知っている? 」

 鍛造ハンマーを握り締めて、セナがそう問う。

 「わかりません」

 「天才。鬼才。カリスマ。神」

 「とにかくすごいっていうのは伝わりました」

 「本来一年は待つのよ」

 「え? 」 

 「カリスマの私に武器を作ってもらうのに、普通は一年待つの」

 「はい」

 「特別にあなただけに作ってあげるわ」

 「良いんですか? ……でも、なぜ? 」 

 

 「惚れちゃったから」と言うと、セナはその顔を輝かせ、熱した鉄へと鍛造ハンマーを生き生きと振り下ろした。









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